武史くんと三松くん
増田朋美
武史くんと三松くん
夏は少しずつ遠ざかっていき、秋が近づいて来たかなと思われる日であった。のんびりした夕焼けのもと、小学生たちが、たのしく帰っていく風景も見られるようになってきたが。
「また呼び出してしまいまして、申し訳ありませんが、武史くんの素行の悪さを改善していただけないかと思いましてね。」
担任教師は、田沼ジャックさんに言った。
「今度はなんですか?」
ジャックさんは、本当に学校から呼び出されるなあと思いながら、そういった。
「また授業でやじをとばすとか、余計なことをいうとか、そういうことでしたか?」
ジャックさんは言った。
「いえ、違います。今回は、不正行為を働いたんです。」
と、担任教師はいう。
「不正行為ってなんですかね?それは、なにをしたのでしょうか。」
ジャックさんがきくと、
「はい。男子生徒の三松直美さんに、試験前にノートをだして、答えを教えてしまいました。これでは、不正行為も甚だしい。ぜひ、ご家庭でしかっていただければと。」
と、担任教師はいうのだった。
「答えを教えてしまったって、なにをしたのですか?」
ジャックさんは思わず言ってしまう。
「イギリスから見えて、日本の教育事情のことをよく分からないのはわかりますがね。でも、こういうことは悪いことなんだと、ちゃんと伝えて欲しいですね。武史くんは、不正行為を平気でやってしまって、自分は得点を得たいという気持ちがないのかなあ。」
確かにそうなんだろうなと思うが、ジャックさんは、よくわからなかった。
とりあえず失礼しますと言って、担任教師に頭を下げて、学校を出たのであるが、いつも学校のことは、よく分からないのである。こうして学校から呼び出されることはよくあるが、いつも、よく分からないことで呼び出されるのだ。授業態度が悪いとか、そういうことで。
とりあえず、武史くんがいる製鉄所にジャックさんは向かった。
製鉄所に行ってみると、武史くんは、水穂さんの弾いている、ショパンのワルツ7番を楽しそうに聴いていた。こんな重たいワルツのどこがいいんだと思われることもあるが、武史くんはとても楽しそうに聞いている。弾き終れば、もう1回やって、と、にこやかにいうのである。
「いいよ武史くん。ちょっと待ってて。」
水穂さんは、そういって、ピアノを弾き始めた。こんな楽しそうな武史くんを見て、不正行為を本当にしたのか、疑い深くなってしまうのであった。
「武史。」
ジャックさんは、終わると武史くんに言った。
「同級生に、試験の答えを教えたんだってね。」
「うん。だって、三松くんは、本当に困っていたから。」
と、武史くんは言った。
「何が困ってたの?」
ジャックさんがきくと、
「だって、試験でいい点数取らないと、また叱られるっていってたから。それじゃあ、かわいそうだから。」
武史くんはそう答えたのであった。
「そうか、じゃあ、三松くんは、試験でいい点数を取らないと、誰かに叱られてつらい思いをするんだね。武史くんはそれをかわいそうだと思ったんだ。優しいね、武史くんは。」
水穂さんが、優しく武史くんにいった。こういうふうに、わかりやすく通訳してくれる人がいてくれれば、ジャックさんもなんとか、理解できるのである。
「だけど、試験というのは、それぞれの人がそれぞれの、点数を求めてするものだよね?」
ジャックさんが言った。
「でも自分だけいい格好しているのは、辞めたほうがいいって、いつもいってるじゃないか。」
と、武史くんはいうのである。
「まあ確かに、イギリスではそうだった。だけど、」
「武史くん、そうやって他の子のことを気にかけて上げられるのは、すごく良いことでもあるけれど。」
ジャックさんの次に水穂さんが言った。
それと同時に、製鉄所の玄関扉がガラッとあく。
「失礼いたします。こちらに田沼さんは、いらっしゃいますか、隣のお宅に聞きましたら、こちらにいると言われたものですから。」
と、中年の女性の声がした。
「どうぞ、お入りください。」
水穂さんがそういうと、
「失礼いたします。私三松と申しますが、この度はうちの直美が、武史くんに、試験の答えを、教えろと言ったそうで。本当に申し訳ありません。」
といいながら、女性は入ってきた。つまりこの人が、三松直美くんのお母さんだろう。一緒にやって来た小さな男の子が、武史くんに向かって、
「ごめんなさい。」
と、頭を下げた。
「三松くんが謝ることないよ。だって、三松くんは中学校の受験勉強をいまからしなくちゃならないんだって、いつも言ってたじゃないか。受験勉強が忙しくて、遊ぶ暇もないって、言ってたじゃない。本当はすごく、苦しいのでしょう?」
武史くんは子供らしくそういったのであった。
日本の小学生は、1年生から受験勉強するのか、とジャックさんはまた驚いてしまう。
「そんなこと、直美が自分の意思で決めたことですから?」
三松くんのお母さんはそういうが、
「違うでしょ?」
と、武史くんは言った。
「本当は、無理やりやらせているだけなんじゃないの?」
三松くんのお母さんは、たじろいで何もいえなかったようだ。よく6歳の小学生が、こんなことをわかってしまうのか、よく分からないという顔をしていた。
武史くんと三松くん 増田朋美 @masubuchi4996
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