第12話「『共感』という名の新兵器」
『コーダ村・井戸端ラジオ』は、村の名物になった。
あれから数日、俺たちは毎日同じ時間に放送を続けた。
日替わりで登場する兵士たちの朴訥なトークは、すっかり村の日常に溶け込んでいた。
子供たちはオーク兵の大きな背中に飛び乗って遊び、主婦たちは「これ、作りすぎちまったから」と煮物の差し入れを天幕に持ってくる。
エレナの放送で凍りついた空気は、もうどこにもなかった。
「よし、上々の成果だ。魔王様に報告に戻るぞ」
俺とリリィは、村人たちに見送られながら、再び魔王城への帰路についた。
玉座の間。
俺は魔王ルシアを前に、堂々と胸を張っていた。
「――以上が、今回の広報施策の顛末です。エレナ王女の『憧れ』を売るプロパガガンダに対し、我々は兵士個人の『物語』を売ることで対抗しました。つまり、『共感』を武器にしたのです」
俺が企画書(羊皮紙)を掲げてプレゼンを締めくくると、
隣にいたリリィが「はいっ!」と元気よく、井戸端ラジオの書き起こし記録を差し出した。
ルシアは黙ってそれに目を通し、
やがて、ふっと息を漏らすように笑った。
「…解せぬな。実に非合理的だ。だが、結果は出ている」
彼女は玉座から立ち上がると、懐から小さな革袋を取り出し、こともなげに俺に放り投げた。チャリン、と重い音がする。
「褒美だ。わずかだが、くれてやる。死なない程度に、派手にやってみせよ」
革袋の中には、金貨が数枚。
俺たちの広報課に、初めて予算が付いた瞬間だった。
さらにルシアは、衛兵に合図を送る。
衛兵が運んできたのは、一枚の木の看板だった。
そこには、こう書かれている。
『魔王軍統帥直属・広報課』
「それから、貴様らの執務室もあの物置から移してやる。…続けよ、ユウト。貴様の『共感』という新兵器が、どこまで通用するのか、この私に見せてみろ」
「御意」
俺は、不敵に笑う魔王に、深々と頭を下げた。
その頃、人間王国の王城では、一人の少女が深い思案に暮れていた。
王女エレナ。
彼女の手には、諜報員がもたらした『井戸端ラジオ』の詳細な報告書があった。
「下らん。魔族の戯言など、聞くに値しませんな」
側近の騎士はそう言って報告書を一笑に付すが、エレナは彼を制し、羊皮紙に綴られた文字の羅列を、食い入るように目で追っていた。
そこにあったのは、彼女が今まで「絶対悪」と信じてきた魔族の、あまりに人間的な会話の記録だった。
『オフクロの作るキノコのスープが…』
『妹に、新しいリボンを買ってやりたくてな』
『最初に野菜を…香味野菜をだな、じっくりと炒めるだけだ!』
その言葉の数々に触れるうち、エレナの心に、これまで感じたことのない種類の混乱が広がっていく。
彼女は一人になった自室で、報告書を胸に抱き、ぽつりと呟いた。
「…なぜでしょう。この者たちの声は、わたくしの声よりも、ずっと『温かみ』があるように感じます」
翌日。
エレナは側近たちを集め、毅然とした態度で告げた。
「敵を知らねば、正義は貫けません。わたくしは、自らの目で真実を確かめに行きます」
王女エレナの、コーダ村への「視察」。
それは、この広報戦争が、新たなステージへ移行する兆しだった。
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