夢境(むきょう)

蓮村 遼

夢境

 眼前にはあぜ道があった。

 そして父と、愛犬の柴犬が1匹。

 私はそのあとを追ってあぜ道を歩いていた。


 何気ない、早朝の一幕だ。小さい頃からよく見ていた。


 田舎道にはよく野生動物が顔を見せる。

 この時もそうだった。狐、狸、野良猫…。一目こちらを振り返るとそそくさと逃げていく。


 2人と1匹が歩を進める。なんてことのない、まっすぐと伸びるあぜ道。




 ヤギと目が合った。

 魂が抜けてしまったガラス玉は濁り、辛うじて瞳孔は確認できた。細い長方形の瞳孔は動かない。



 一匹ではなかった。

 ヤギの頭が3つ、あぜの雑草に乱雑に転がっている。立派な湾曲した角を持ち、全体は黒色の毛並み。口元だけは白い毛がある。口からは黒いものが垂れている。


 少し離れたところには顎から下の部分が正中で真っ二つに綺麗に分かたれ、切断面は下に。おそらく頭部と同じだけ、落ちている。


 それらは、全て水溜まりに浸かっている。臭いはしなかった。それが泥水なのか、血液なのか、確かめることはできなかった。ただただ黒い液体だった。



 父と愛犬はヤギへ向かっていった。

 父がヤギの足を踏んだ。砂利がぶつかり合う音と水をスライムを握ったような瑞々しい音がした。ヤギを踏み越えていった。

 愛犬が水溜まりを踏んだ。ぴちゃぴちゃと水面は揺れ、可愛らしい足先は暗赤色に染まった。やはり血液のようだ。

 どちらもヤギを気に留めることなく進んでいく。

 私も後に続く。

 私はなるべくヤギを避けて進んだ。できれば、靴が汚れないようにしたかった。

 ヤギの頭部の横を通り過ぎる。見続けられている気がしたが、振り返る気にはならなかった。



 進むと、あぜ道の丁字路となった。丁字路の向こうには作業中の農家が2人いた。どちらも笑顔でこちらに話しかけてきた。

 でも、音声は聞こえない。父は何か話してる。聞こえていないのは私だけ。

 農家の女性は満面の笑みで話す。

 その手には鎌があった。刃先は赤黒くなっていた。

 もう一人の農家の手には剪定鋏があった。良く研がれた鋏は赤く、持ち手もきれいな赤だった。



 農家の2人は笑顔でこちらを指さす。

 正確には私の後ろ。

 そして、愛犬を指さす。

 父は愛犬を抱き上げる。農家へ差し出す。

 私は特に止める気がないらしい。

 後ろからその光景を見つめる。




 アラームが聴こえ目が覚めた。

 今日は休みか。別にアラームをかけなくても良かった。



 愛犬は2年前に亡くなっている。

 その後、身の回りに変わったことは起こらない。

 これはただの夢だ。

 ただの夢だ。



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