第12話:雷槍の誓い、そして(前編)
歓声の余韻が消えない競技場を、楓はまっすぐ前を見据えたまま、静かに歩いていた。
その背は、いつも通りに凛として、堂々としていた。
……でも、なんだろう。
なぜか、胸の奥がざらつく。
すごい戦いぶりだった。
楓は最後まで諦めずに、勝機を求めて全力でぶつかった。
だからこそ、負けた悔しさも見せず毅然と去っていく――その姿が、逆に引っかかった。
楓は感情を表に出さない。
だが、俺は少しだけ、彼女の“忠義の熱”も、“心の揺らぎ”も知っている。
……控室、寄ってくか。
希望と渚に別れを告げると、俺の足は、無意識のうちに歩き出していた。
控え室の扉を静かに開けると、そこには楓の背中があった。
ベンチに腰を下ろしたその肩が、微かに、でも確かに震えていた。
「楓……」
呼びかけると、楓はぴたりと動きを止め、ゆっくりと振り返る。
表情は、いつも通りだった。整っていて、凛としていて。
けれど、その瞳の奥には、赤く滲む光があった。
「主……」
「ごめん、どうしても気になって」
「申し訳ございません。約束を果たせませんでした」
楓はそう言って、深く頭を下げた。まるで、自分の敗北が“主を裏切った”かのように。
「いや、それは違う」
俺はその言葉を遮った。
「楓は十分すぎるくらい頑張ったよ。最後の最後まで、勝機を作ろうとしてた。俺はそれ、ちゃんと見てたから」
「ですが、結果として――」
「パシリになるかどうかなんて、自分で巻いた種だ。だから自分でなんとかしてみせる。安心して見ててくれ」
しばらくの沈黙。
やがて楓は小さく、しかし確かにうなずいた。
「承知しました。主の勝利を信じて拝見いたします」
その言葉には、涙も、声の震えもなかった。ただ――押し殺された“熱”だけが、残っていた。
楓との短い会話のあと、俺はそっと控室の扉を開けて外に出た。
誰もいない、人気のない廊下。
……考えろ、俺。
背を壁に預け、瞼を閉じる。
楓は負けた。正攻法で、真正面から――。
じゃあ俺に、あれが超えられるのか?
楓の力は、俺の想像を遥かに上回っていた。
彼女を破った鈴音に勝てる手なんて――どこにも見えない。
接近戦じゃ無理だ。
楓ですら無理なら、俺にできるわけがない。
あいつ、あんなふわふわして適当な感じのくせに……
機動、詠唱、魔力密度――どれを取っても一流だ。
正直、怖い。
ただの模擬戦のはずなのに、鈴音の“勝利に対する執念”は本物だった。
――そういえば、楓が言ってた。
『鈴音さんは、試合の後と、去り際にこう言っていました』
『ゆーゆーなら向き合ってくれるかもしれないから、どうしても勝ちたかった――と』
改めて思う。
鈴音は俺に心底期待している。
それを裏切るわけにはいかない。
じゃあどうする?
渚の時みたいにまた防御カットで不意をつく?
……無理無理。
一瞬、頭に過ったが、すぐに打ち消す。
前回だってギリギリだった。
もう一度あれをやったら、渚には完全に見放される。
楓だって、あんな戦い方を喜ぶはずがない。
それに――鈴音相手にあれをやったらどうなるか。
想像してみる。
『――防御術式解除』
『――っ!』
鈴音の目が見開かれる。
『ゆーゆー!?』
俺に向かってまっすぐに降ろされていた、
二振りの剣の軌道が――
ザクッ!
それずにそのまま俺の両肩を切り裂いた!
『ぎゃー!!』
『あちゃー。いきなりだったから止められなかったよ。めんごめんご』
うん、高確率でこうなるな。
鈴音は急に止まれない。そういうやつである。
はぁ……どうすりゃいいんだよ。
沈黙だけが、思考を締めつける。
勝ちたい。俺でも頑張ればやれるんだ、って証明したい。
鈴音にそう伝えてやりたい。
その時、楓と鈴音の戦いのある場面が頭をよぎった。
――チャンスは、あるかもしれない。
だけど、どうやってそこまで持っていく?
あまりにも自力の差が大きすぎる。
そこでふと、一人の少女の姿が思い浮かんだ。
神を自称する、あの上からは目線のロリAI。
彼女はきっと――
「桐原悠真選手、演技場へお越しください」
スピーカーからの呼び出しアナウンスが響いた。
時間だ。
立ち上がる足は重い。
気合いでも、根性でも、この不安をごまかしきれない。
だが。
それでも俺は、自分の足で前に出る。
この先、多分あいつがいるはずだ。
想像の通りだった。
控室の出口、光の射す先――そこに、ニャルが立っていた。
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