第11話:かちかちとふわふわ(後編)
「論理展開、識域拡張」
すっかり耳に馴染んだ始まりの詠唱を楓が唱える。
一方の鈴音はというと……。
「くるくる識って、ふわっと拡げて――風の戦術、はじまりまーす♪」
「ほんとなんなんだよ、あの呪文……」
授業で聞いた“あの定型フレーズ”じゃない。なんで鈴音だけ――
「あれで成立してるのがすごいなぁ」
希望が驚きの声を漏らす。
「悠真くん、一般的に起動式には論理展開~の術式を使いますが、これはすでに完全に理論構築がされていて、一般的なレベル帯ではこれ以外の詠唱を行う必要性がないからなんです」
渚が引き取って解説を加えてくれる。
2人がいてくれてよかった。
一人で見てたら、鈴音が何してるのかその意味を理解しきれなかっただろう。
先手を取ったのは鈴音だった。
鈴音がカーディガンを翻し、詠唱を始める。
「風さん集まれ、回って回って、鋭くなって――くるりんぱ!」
最後の語に合わせて、その場でくるっとターン。
同時に風が巻き起こり、彼女の身体が宙に浮いた。
「詠唱にターン……!?」
「風使いは空間制御と“動き”が連動してるんですよ。天羽先輩はそれを、遊ぶみたいに使うんですね」
競技場の上を、滑空するように移動する鈴音。
砂が舞い、空気の流れが乱れる。
「か、かわいい……けどなんかモヤッときますね」
渚にこんなこと言わせるとは…。
やはり鈴音のやつは一味違う。
もちろん――悪い意味で。
鈴音は軽やかに競技場を滑り、楓に近づいたり離れたりを繰り返す。
時折詠唱して魔法を打ち込むが、楓の防御を破れないようだ。
「鈴音のやつ、楓に近づかないな」
「動くタイプだったら距離詰めて一気に行くのかもしれないけど、楓は構えて隙を伺うタイプで、カウンターが得意だからね。天羽先輩も迂闊に近寄れないんじゃないかな」
いくら機動力があるといっても競技場の広さには限りがある。
楓は一歩ずつ、じり……じり……と歩を進める。
「うーん……うーん、もうちょい近づいてくれたら動けるのに……」
鈴音がふわっとバックステップで距離を取ろうとした瞬間だった。
楓が、突如猛ダッシュを始めながら詠唱を始めた。
「盾離投擲、重心制御、飛翔軌道――翔盾還!」
ブンッ――という重い風音ともに楓が盾を投擲する。
それは鈴音からそれて明後日の方向に飛んで行くように見えた――
「え、ちょっ――うわあっ!?」
ドゴン!!
背後から放たれた巨大な盾が、鈴音の頭に直撃。
彼女の身体が地面を転がる。
「うわー、後頭部に直撃……」
渚が目を丸くする。
「翔盾還……投げた盾を論理制御して、手元に回収する技。ブーメランとおんなじね。あれ当たると一瞬意識飛ぶんだよね」
同じ目にあったことがあるらしい希望が、両手で自分の身体を抱きすくめてブルリと震えた。
好機とばかりに一気に距離を詰める楓だったが、態勢を立て直した鈴音はふわりと宙に浮かび、
楓との距離を上空に取った。
「うわ、あれずるくない?」
俺は思わず声をあげた。
「あの自由な機動力こそが風属性の一番の強みなんです天羽さんほど自在に動ける人は限られてますけど」
「建築作業に風属性の人必須なんだよね」
うんうんと希望が頷く。
この世界は本当に魔法が生活に根付いてる。
「あー、痛かったぁ。今のはかなり効いた」
鈴音がふわふわ浮かびながら楓に話しかける。
「やっぱり楓ちゃんは強いなぁ。これじゃあダメか」
そして――ぱちん、と指先が鳴った瞬間、観客のざわめきが消えた。空気が薄くなる。誰かが唾を飲む音だけがやけに響いた。
「こっちでやる」
空気が変わった。
風が一気に張り詰め、鈴音の髪が逆立つように舞い上がる。
その表情は、先ほどまでの軽さを完全に脱ぎ捨てていた。
「今まで手を抜いていたと?」
楓が少し怒気の滲んだ声で問いかける。
「ちょっと違うかなー。あれはあれでボクなりに本気だったんだよ。ただ勝つことを一番に置いてなかっただけで」
「……どういう意味ですか?」
「うーん、ボクも今回ばかりは勝つ必要があるから、自分流は捨てるよ。せっかくゆーゆーがあんな手使ってまで渚ちゃんに勝ってくれんだからさあ。ボクが決勝行ってあげないとかわいそうでしょ」
「そうでしょうか。主は私に勝ってほしいと言っておられましたが」
「そんなことない! ゆーゆーはボクと戦いたいはずなんだ! それでボクがゆーゆーに勝って、これからずっとボクのパシリとして生きる幸せをわからせてあげなきゃ」
「絶対にさせません!」
楓が盾を構えたまま鈴音に向かって跳躍する。
振り上げられた拳を鈴音は軽やかにかわすと、落下する楓の背を狙って詠唱を始めた。
「乱流生成、気圧操作、刃状展開――風裂爪(ふうれっそう)!」
今までのふんわりした詠唱とは違う、既存の論理式に則った攻撃魔法の詠唱。
風の刃が楓の背に襲いかかる。
「陣形固定、地核同調、層結展開――岩障壁(がんしょうへき)!」
だが楓も攻撃をかわされた瞬間から詠唱を始めていた。
襲いかかる刃を、背中に現れた魔法盾がガードする。
だが風圧による衝撃までは吸収しきれない。
態勢を崩した楓は地面に叩きつけられた。
「浮流起動、気流制御、旋圧展開――風翔陣(ふうしょうじん)」
「岩牙発起、重心制御、噴出指向――」
楓も詠唱を始めていたが、同じ4語詠唱、守勢に回っていた分、一手遅れていた。 突然左右に現れた風の刃を楓が後ろに飛んでかわす。
「甘いよっ!」
だが鈴音の想定通りの動きだったのだろう。 自分の生み出した風の刃が目の前を通り過ぎると同時に、鈴音が前方に跳躍した。
楓が着地するより前に距離を詰めようとしたその時だった。
「――破砕展開!」
楓の足元から鋭い石の杭が跳ね上がる。
「っ――!」
鈴音がギリギリで空中に跳び退く。髪がかすかに切れた。 一瞬、鈴音の顔に驚きが走る。
「詠唱を保持してた!?」
だが詠唱を維持しつつ回避行動をとるのは楓も厳しかったのだろう。
着地時にバランスを崩しかけながらもなんとか踏みとどまり、盾を構え直す。
だが鈴音は――楓がバランスを崩した一瞬の隙を突いて、すでに楓の背後に回っていた。
カーディガンの裾が揺れる。 鈴音が楓の背に双剣を振り下ろす。
ガキンッ!!
楓は振り向き様にかろうじて盾で受け止めるが、体勢が悪すぎたのか、盾を取り落としてしまった。
「これで――!」
鈴音が双剣をクロスさせて楓の喉元に当てる。
楓は観念したかのように教官席の方へ顔を向けると――
「……まいりました」
自らの敗北を認めた。
《勝者、天羽鈴音!》
競技場に歓声が湧いた。
俺は楓に剣を突きつけた鈴音の、小さな背から目を離せなかった。
途中で鈴音は“ゆるい独自詠唱”を脱ぎ捨て、正規の論理構文を組み始めた
あのリリカル詠唱は、ただの手抜きとか遊び心だけではなかったんだ。
既存の型にはまらない、独自の詠唱理論を構築して既に4語詠唱。
もし技術的に確立された既存の体系をまっすぐ進んでいたらどこまでいっていたのか……。
あの詠唱は、周囲から浮きすぎないための鈴音なりの協調だったんだ……。
そのとき、剣を鞘に収めた鈴音が観客席を振り向く。
遠いのに、まっすぐ刺さる視線。
唇が、そう読めた。
『掴まえてくれるよね?』
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