第8話:識域の答え、そして忠義の誓い(前編)
《過去ログの再生、終了。対象と識域連結》
暗闇。
どこまでも沈んでいく意識の淵で、声がした。
「――対抗戦本番へ向けて、答えは見つかりましたか」
銀糸のように冷たい、ニャルの声。
気がつくと俺は、識域の中に立っていた。
足元には白い光の盤が広がり、天井はない。ただ、虚空があるだけ。
「答え、か……」
俺は小さく息をついた。
「正直、全然わからないよ。改めて振り返っても鈴音は強すぎるし、練習試合はあの有様だったし」
無詠唱だってなぜできたのか未だにわからない。
「では、鈴音との賭けは諦めるのですか?」
「それはない」
「なぜ? あと3日で埋められる差ではありませんよ」
「わかってるよ、それくらい。でもやるしかないんだ」
「パシリになるのが嫌だから?」
「それもあるけど、それだけじゃない。鈴音に勝てるのは、俺しかいないからだ」
「それ、本気で言っているのですか?」
「ああ、本気だ」
「同年代の誰よりも弱い――段階は通り過ぎました。それは確かにあなたの努力の賜物です。しかし、天羽鈴音との差はあまりにも大きい」
「そうだな」
さっきの模擬戦の惨敗からすれば疑う余地もない。
「それがわかっていて、勝てるのはあなただけだと?』
「その通りだ。鈴音には俺しか勝てない。誰も本気であいつに挑まないからだ」
俺は思い出す。
森での鈴音の背中。強さと孤独の入り混じった姿を。
誰も隣に並んでくれない。
鈴音はそれが自分の運命だと、諦めているように見える。
「だから俺はあいつと本気で勝負して、そして勝つ。
何も諦める必要なんてないんだって、伝えてやりたいんだ」
しばしの沈黙。
やがてニャルは、くすりと笑ったように言った。
「……悪くありません。凡人にしては上等な論理です」
次の瞬間、光が弾け、世界が反転した。
――目を開けると、そこは見慣れた訓練場のベンチ。
そして、すぐ目の前に。
「……っ」
楓の顔。
「か、楓……?」
次の瞬間、それまでの柔らかい枕のような感触が喪失し、俺の後頭部が宙に浮く。
「いってぇええ!!」
そのまま何かぶつかって、後頭部に強烈な痛みが走った。
飛び起きてあたりを見回すと、どうやら中庭のようだった。
「楓?」
「申し訳ございません。わたしとしたことが……」
ベンチの端に立っていた楓は、俺と目が合うと小さく俯き、視線を逸らした。
心なしか顔が赤く見える。
どうしたんだろう。
「ここは……」
「主は天羽さんとの模擬戦で意識を失われたのです」
楓は大きく息を吐いた後、いつもの冷静な様子で教えてくれた。
さっき動揺して見えたのは気のせいだったみたいだ。
「……そっか、そうだったな」
意識と記憶が繋がり、何が起きたのかはっきりと理解できた。
――俺は負けたんだ。鈴音に。
俺なりに頑張ってきたけど……それでもまるで埋まらない差を、これ以上なく鮮明に突きつけられた。
「……主。今でも、鈴音さんに勝てると思っておられるのですか」
楓の問いは、いつも以上に真っ直ぐだった。
俺はしばらく黙り込み――やがて、はっきりと答える。
「勝てるとは思ってない。けど……勝ちたいんだ」
「……」
「たとえ無理でも、挑むのをやめたら終わりだ。 挑まなきゃ、鈴音はずっとあの鈴音のまま戻っちまう。 だから俺はやるしかない」
声が震えなかったのは、渚に叱られて覚悟を決め直したからだろう。
この前ほどの動揺はなかった。
俺の言葉を聞いた楓は、ゆっくりと目を閉じ――そして宣言した。
「……承知いたしました。 そこまで主が覚悟をお決めならば、もしわたしが主より先に天羽さんと戦う機会を得たなら―― そのときは、主の代わりに必ず勝利してご覧にいれます」
「……楓」
その声音には、熱があった。
共に戦おうとする、揺るぎない意思。
「ありがとうな、楓」
胸の奥が熱くなる。
気づけば、俺も強く頷いていた。
「ところで楓、気を失ってからずっと見ててくれたのか」
そこで、ふと気になったことを聞いてみる。
「……ええまあ」
楓はじっとこちらを見つめていた顔を横に背けると、素っ気ない返事をした。
「さっきなんで俺頭打ったんだろ」
「……それは、主が突然目を覚まされるから……」
楓が珍しくもにょもにょと要領を得ない答えを返す。
「突然目を覚ますと頭打つの? 普通に考えてベンチに横たわってたなら目を覚ましたら瞬間に頭打つようなことはないはず――」
「知りません! 頭浮かして寝てらっしゃったのでは! ……わたしは用があるのでここで失礼します!」
楓は強い調子で会話を打ち切ると、逃げるように立ち去っていった。
「あれ? なんか怒らせるようなこと言ったかな……」
何が悪かったのかわからないけどこうなってしまったら仕方ない。
校舎の時計を見るとまだ時間がある。
俺はさっきの戦いを振り返るべく、訓練場に向かった。
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