10-4 エピローグ

「これ……どう?」


 改めて完成させた曲の感想を聞くと、撮影用のスツールに座った女の子は首を大きく縦に振った。


「良いと思う! キラキラしてて綺麗だった」

「緋空ちゃんの曲だからね」


 適当にフレーズを弾いて、居どころのない照れ臭さを掻き消した。

 学年が上がって、改めて2人で住むようになってから、毎日のようにこうしてる。

 曲を作ったり、緋空ちゃんにギターを教えてみたり、一緒に絵を描いてみたり。


「ここはこうするの!」

「んー……ちょっと僕には難しいかな……」


 緋空ちゃんの絵のレクチャーは感覚的すぎて分からないけど……。

 でも、好きなことをして過ごす毎日には生きている実感が伴っていた。


 いつものように音や色と向き合って、透明で澄んだ空気を吸っている。


「曲名はなになの?」

「Claire《くれあ》」


「私と同じ名前!」


 キラッと瞼から星を溢すように笑う緋空ちゃんが、グッとこちらに乗り出してくる。


「ほらほら、あんま乗り出しすぎると危ないから」

「あっうん、でも私と同じ名前にしたの?」


「それはだって緋空ちゃんのための曲だもん」


 なんて、自分でも気恥ずかしくなるようなことを言いながらギターをスタンドに立てかけた。

 すると緋空ちゃんはプラプラさせた足をトンと揃えて飛び降り、こっちを見た。


「……良い?」

「はいはい」


 膝の上を空けてトントン、と合図をするとぴょんと緋空ちゃんはお尻から飛び乗った。


「ギターの気分ー♪」


 僕の腕を彼女から前に回して背中をこちらに預けている。


「これ好きだね。緋空ちゃん」

「暖かくて幸せ。ママにもぎゅーってしてもらってたの」

「僕もしてもらってたなぁ」

 

 お姉ちゃんに。

 懐かしさと寂しさを覚えながら、僕は緋空ちゃんを抱きしめる。


 悲しい気持ちにはなるけれど、不思議と今は苦しくはない。

 それすらも抱きしめて、暖かくなれるくらいだ。


「そっか。じゃあこれからもずーっとしてあげる」

「なんか、ぷろぽーず……みたいだね」


「そうかな……」


 家族になりたい。という点ではまぁ……一緒なのかも。


「私もね、パパのお嫁さんになりたいって言ったことあるよ」


 グイッと首をもたげて、黒い髪で埋まってた視界に緋空ちゃんの顔が入ってきた。


「お嫁さん? なんて言ってた?」

「大きくなったらねって言われちゃった」

「そうなんだ」


 僕もそう言えばそんなことを言ったことがある気がする。


「彩陽ちゃんも言ったことある?」

「あるね。女の子は誰でも通るのかな? ……人によるか」


 まぁ僕の場合は相手がお父さんじゃなくてお姉ちゃんだったけど。

 旦那さん作らないで私と結婚してってお願いした気がする。


 しかも中学生の頃に……。


「思い出すと少し恥ずかしいなぁ……」

「なんて言われたの?」

「彩陽ちゃんには僕なんかより素敵な人がいるよって言われた」


 素直に言われたなぁ。なんて思った。

 お姉ちゃんを取られたくないから素敵な人とか関係ない。って怒ったのを覚えてる。


「それ、私だったりして……」


 ボソリと呟いた言葉が僕の耳を撫でた。

 それを拾って確かめるように聞き返してみると、緋空ちゃんは唇を尖らせて何も言わなかった。


「まぁでもね? 僕は緋空ちゃんに出会えてとっても僕は幸せだよ。死に方を探してた毎日すら思い出としてキラキラ聞こえるくらい」


 そう。


 お姉ちゃんの話も、両親の話も、お互い思い出したくない過去だったはずだ。


 今はいない人と過ごした過去はあまりにも眩しくて、どこを歩いているのか分からなくなる。


 でも、今は違う。

 懐かしく、光を感じながら話ができる。


「緋空ちゃんがいてくれるから、僕は生きることができるよ」


 ギュッと、回した腕に力を込めて緋空ちゃんの背中を僕の胸に押し付ける。

 離さないという意思表示のように。


「私もね。彩陽ちゃんがいるから1人じゃないよ。悲しいけど、大好きな人ができて楽しいんだ」


 大好きという言葉に胸が一瞬跳ねた。


「嬉しかった?」


 そして服越しに伝わっていたようで、またいじらしげな顔をこちらに向けてくる。

 天使様が小悪魔のようだ。


「そうだね。嬉しいよ」

「っ♪」


 むず痒そうに背中をグリグリとこちらに押し付ける。


「なーに」

「んふふ〜合体〜」


 気分の良さそうな声で甘えているのが分かって、くっついてる身体の部分が熱くなる。


「甘えん坊だなぁ」


 そう言うと、緋空ちゃんはグイッと首を持ち上げてこちらを見上げた。


「甘えん坊だもん、ずっと一緒がいい!」

「そっか。僕もだよ……てか本当にプロポーズみたいになってるね」

「じゃあ一緒のお墓に入ろうね!」


 うわ。と小さく声が出てしまう。

 一瞬だけ、空気がピリついた気がする。


「それ……死にたいって意味じゃないよね?」

「うん……本当に一緒のお墓に入ろうって意味! パパはママに結婚する時そう言ったんだって!」


 さっきプロポーズって言われたけど……それがプロポーズだって分かってるのかな?


「あー。うん、そうだね、大きくなったらね」


 そう笑って誤魔化しながら真剣に受け止めつつ、僕はまた笑った。


「うん! 約束ね! ゆびきり!」

「はいはい」


 出された小指に、僕も小指を横から添えてぎゅっと握って約束する。


 あのときみたいに死にたいって意味じゃなくて、生きた先で隣り合う約束を。


 僕の中で流れていたC7コードは、小指を外れてCコードへと変化する。

 始まりを感じる音が頭の中で湧き上がる。


 そんな風に頭の中には、前向きで幸せな音楽が流れている。

 Claire……僕の生きる理由と、幸福を表したメロディ。


「ほら、夕ご飯作ろう。何が良い? 食材はまだあるから、なんでもできるよ」

「じゃあね、オムライス!」

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通り魔から小学生の女の子を助けたら同居と心中を申し込まれた女子高生の話 鳩見紫音 @Hatomi_shion

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