8.色づき始める世界
8-1
緋空ちゃんと一緒に住むようになって2ヶ月が経とうとしている。
12月、季節は寒く、枯れていく世界は少しずつ褪せる時期になっている。
ただ、そんな季節でも少しずつ僕らの中にあるものは色付いていく。
ぼんやりとした過去から未来を見ていくと、自然と目に入る光が多くなっている気がした。
「どうしてもダメ?」
花蓮ちゃんの告白によって色々メンタルに衝撃が走った僕たちだけど、僕は多少明るい曲が作れるようになっていた。
多少だけど、前よりは進歩してるように感じる。
けど緋空ちゃんは違った。
「うん……まだ上手く描けない」
緋空ちゃんにせっつかれて無理やり前を向こうとした僕は、その在り方を少しずつ本物に出来つつある。
けど目の前の天才芸術家の卵である彼女は……いまだに取り返せていないようだった。
ローテーブルに広げられた彼女のスケッチブック。
色鉛筆で新しく描かれた絵は公園の景色を描いているものの、やはり空が黄色に木々は紫の幹に枝葉が真紅という不気味なものになっている。
以前の空間がねじれたような絵に比べたらまだ普通ではあるけど、やっぱりどこか恐ろしさがある。
緋空ちゃんも分かってるようで目を細めて、そのイラストを俯瞰していた。
「色がやっぱり不思議だよね」
サイケデリックな色味は、どこかやっぱり異常を知らせる信号のように見える。
「分かってるんだけど、なんかこっちの方が良い気がするの」
「それを無視して描いてみたりできないのかな?」
「なんかね? それをしたら、いけない気がするの」
パジャマ姿で普段はツインテールの黒髪を下ろした緋空ちゃんは首を左右に動かしてこちらを見上げる
いけない気……? 顔に出てたのか緋空ちゃんは言葉を付け加えた。
「描きたいなって言うのを無視したら、本当に描きたい色が分からなくなっちゃいそうなの」
「あぁ、なるほどね……」
自分の感覚に嘘をつけないってことか。
それが緋空ちゃんの芸術性なら、それは正しいことなんだろうけど。
ただそうなると……どうしたらいいんだろう?
少し考えるとひとつアイデアが思いついた。
「あっじゃあ……そうだ! 明日お出かけしよっか!」
「っ!」
そう言うとグリンと首から上がこちらを向いた。
スパークルする視線がこちらに飛んでくる。
「結局のところ近所だからダメなんじゃないかな。だからどこか行こうよ」
「私、彩陽ちゃんとお出かけしたい! どこに行くの?」
「どこかー……出来れば遠くとかが良いよね」
ポケットからスマホを取り出して、どこか日帰りで行ける綺麗な景色が見える場所を検索して見る。
グッと身体を寄せて、彼女は検索する僕のスマホをのぞいた。
「行きたい場所とかある?」
「樹海に行ってみたい! 下見!」
「なんの……とは聞かないでおくね」
冗談なのか本気なのか……。
いや7割がた本気なんだろう。
この子の絵は希死念慮が世界を歪めている証なんだと勝手に思ってる。
僕が暗い曲しか作れなかったように、緋空ちゃんも中に死神を抱えている限り、理想の絵は描けない。
まだ彼女の心に隙間があって、埋められていないことが僕にはとても歯がゆい。
「あぁ鏑山とかいいかも……紅葉がまだ見頃みたいだから行ってみる?」
「うん!」
冷静に山は山で危険な気はするし、樹を見るなんてカテゴリー的には樹海の下見と変わらない気がする。
いやでもまぁ……鏑山はロープウェイあるし。
そんなことを頭で喋って緋空ちゃんに向き直って見ると、早速明日の準備なのか色鉛筆を片付け始めていた。
「……じゃあ明日、一緒に行こうね」
☆
「あ、あのさ! 緋空ちゃん!! 無理! 僕無理だ!」
「飛び降りる? 手繋ぐ?」
「冗談言ってる場合じゃないよ!」
日曜の朝から電車に乗って山へ向かう。
最初こそは緋空ちゃんの楽しみそうな顔を見て、笑顔に出来る幸せを感じていたのに……。
鏑山の山頂への移動はロープウェイではなくリフトだった。
正直ガタガタ揺れるベンチに鉄棒一本を前に掛けて登って行くなんて信じられない。
安全バーの鉄棒をガッチリ握って僕はもう前しか見れない。
頭上のワイヤーが低い音で唸って、中継する場所でガコンと音を立てて揺れる度に背骨が冷える。
それに下は高すぎ……ってほどでもないけれど、足をぶらぶらさせてるのが怖くて仕方ない。
「彩陽ちゃん怖がりなんだね」
「誰でも怖くないこれ……?」
「それじゃ、飛び降りは無理だね」
そんな冗談にならない恐怖心に耐えながら、山頂に到着する頃にはもう足がガクガクだった。
「凄いよ! 彩陽ちゃん! 山が真っ赤!」
「う、うん……!」
そして山頂に到着すると緋空ちゃんはリフトを降りて、一気に見晴らしのいい場所へ走り出した。
「緋空ちゃん! 待って……」
「ベンチに行ってるー!」
ぴょこぴょこと頭から伸びてる2つの尻尾を跳ねさせて、緋空ちゃんが走っていく様子を少しずつ追いかける。
「凄いな……子供……」
とにかく。とリフトで溜め込んだ恐怖心をため息と共に吐き出して、彼女の背中を追う。
紅葉はまだあるにしても、流石にシーズンが終わっているからか人は少ない。
まだ息が白むほどではないにしろ山頂の方までくれば肌寒くなるのに、緋空ちゃんは元気そうに走って一番見晴らしのいいベンチに座った。
ピンと背筋を伸ばして鞄からスケッチブックと色鉛筆を取り出していく。
「描けそう?」
「うーん。分かんないけどね、綺麗だから描きたいの」
隣に座って作業を覗くと、緋空ちゃんはどんどん鉛筆で淡い黒の線を走らせていく。
なんとなくの輪郭が浮かんでいく。
ふもとにある森林公園の紅葉を上から眺められるその景色がモノクロで浮かんでいく。
「凄いね」
「こうやって影からつけていくとね、分かりやすいの」
隣でじーっと観察しても、緋空ちゃんは気にしない。
時々「んー」と声を出して指で四角を作る。
それで何かを確認して黒の鉛筆を走らせる。
そうして絵の全体像が見えてくると、彼女の絵の凄さみたいなのが速さ以外にもあるのが分かってきた。
緋空ちゃんはただ風景を正確に写してるのではなく、山の位置や風景の輪郭を歪ませて、構図をダイナミックにしている。
消しては描き、消しては描く。
彼女の中で納得の行く構図を探しているようだ。
練習はしないと言ったものの、そういうすり合わせはするんだ。
フレーズをいくつかのパターンで録って作曲する時と似てる……。
なんて思ったら突然彼女の顔はこちらに向いて、上目遣いで見つめてきた。
「彩陽ちゃん……?」
「ん? 何?」
鉛筆をぴたりと止めた緋空ちゃんは、もじもじしながらこちらを見ている。
なにかな……?
グイッと、にじり寄って囁くような声が耳元へ届く。
「お膝に座っちゃダメ……?」
「えっ……?」
別にいいけど……と言う前に恥ずかしそうな顔をしてるのが気になった。
普段一緒に寝てるし家でもずっと近くにいるけど、そんな甘えるの勇気いるかな?
なんて思ったけどすぐ思い当たった。
周りに人がいるから恥ずかしいのか。
「別にいいよ。気にせずおいで」
「っ! 彩陽ちゃん大好き!」
キラッと目を輝かせて膝の上……は流石にベンチの上だと血流が止まるから足の間に入ってちょこんと座った。
頭を撫でると身体を少しこちらに預けてくる。
僕を背もたれにしなが、ら緋空ちゃんは片手でスケッチブックを支えて器用に鉛筆をまた走らせる。
「これなら描けるかも」
「エネルギーあげられてる?」
「うん! 彩陽ちゃんのパワーで綺麗に描くの!」
そんなこと言うものだから僕は邪魔にならないよう、緋空ちゃんのお腹に手を回してホールドする。
ふふーん♪と漏れる天使のご機嫌な声を聞いて、色鉛筆に持ち替えた彼女の絵の完成を見届けた。
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