7-4
焦りと共に走り出した。
背中が焼けそうなほど熱を持っていて、それに背中を突き飛ばされ続けてる。
カバンを持って昇降口へ。
昼休みのゆったりとした空気を切り裂いて廊下を駆け昇降口を抜ける。
「1駅先にあるマンション……」
無理やり聞き出したは良いものの、本当にそこにいるのかな……?
でもマップを開いて見てみれば、歩けば緋空ちゃんでも辿り着ける場所だし、可能性はある。
というか僕にはそこしか思い至らない。
ただ……そこにいなかった。
「どこなの……!」
佐藤さんの役立たず! と頭の中で何も悪くないあの人を罵って冷静になりつつ考える。
でも結論は出ない。
どこにもいなくて駆け回る。
何時間走った? 何時間歩いた?
分からない。
けど飛び出した頃にはいなかった制服を着た人たちの数が増えていったころ、そして風景が茜が染まったころ。
やっと彼女を見つけた。
「やっと……見つけた……!」
「彩陽ちゃん……」
ランドセルを背負った緋空ちゃんに、精一杯笑顔を張り付けて話しかける。
公園で警察官を前に何か話していた様子に割り込んだ。
「すいません! その子、ウチの子です……!」
「え? あー、そうなの?」
「一緒に住んでるの」
「バス、乗り違えちゃったみたいで迷ってたんだよね……!」
すると警察官の人は「あーそうなの?」と笑っていた。
「まぁとりあえず、家族のこと聞かせてもらっていい? 学生証とかある」
そうして学生証と佐藤さんにも電話。
警官の人には事情(嘘)を説明して、とりあえず緋空ちゃんと向き合った。
「なんでこんなことしたの」
出来る限り柔らかく、膝を畳んで緋空ちゃんと正面から向かい合う。
「おうちに帰りたい。パパとママに会いたいから」
その顔は昨日の印象をそのまま引きずっている。
全てを透かして見るような、遠く温度のない表情。
「でも……帰れない……鍵がもうないから……」
耐える様子を声に滲ませて、緋空ちゃんは少しだけ瞳を潤ませている。
その様子がもう見るに耐えなくて……僕は彼女に駆け寄って精一杯抱きしめた。
「大丈夫だよ……! ウチに帰ろう」
「彩陽ちゃん……?」
「大丈夫、大丈夫だから、僕がいるから」
気を抜くと僕の方の涙が溢れそうになるのを耐えて、力一杯に抱きしめる。
この人肌を忘れないで。
緋空ちゃんを抱きしめてくれる人は、ここにいるよ。
僕はお父さんでもお母さんでもないけど、けど……!
緋空ちゃんと一緒に住んで、これからを生きていく家族なんだよ。
「僕は君を1人にしないから……!」
そうやって緋空ちゃんを抱きしめていると、僕の中でも何かが和らいでいく気がした。
家族がいなくなって全てがどうでも良いものにカテゴライズされていった感覚の中で、緋空ちゃんだけがどうでも良くなかった。
この小さな天使が生きる理由になった。
お腹や脳内、どこかにずっと存在していた死にたいという思いを和らげて、消してくれたんだ。
「……彩陽ちゃん、苦しいよ」
「僕だって苦しかったんだよ。学校に来てないって聞いて、ずっと探してたんだから」
「……ごめんなさい」
身体にそっと手が回る。
そして、僕は決めた。
彼女の希死念慮に僕は、両手で触れるように言葉にする
「緋空ちゃんとずっと一緒にいるよ。寂しいなんて思わなくて良いんだよ」
花蓮ちゃんと話して、気付いたことがある。
誰しもが抱くという希死念慮にも、いくつかの種類がある。
僕の場合は虚無、家族がいて色づいた世界がモノクロに映った。
お姉ちゃんの真似をして家族を取り戻そうとしても……何をしても心が埋まることのない底抜けの虚無。
そして花蓮ちゃんは言葉にするなら損壊とか崩壊。
死生観のラインが壊れて、誰しも潜在的に持っている希死念慮が手札の中に入り続けている。
そして緋空ちゃんにも何かあるはずだと、走りながら考えていた。
そして、僕は彼女の希死念慮の正体に気付いた。
「1人じゃない……誰も緋空ちゃんを置いていかないから。置いていかないでくれると僕も寂しくなくて嬉しいな」
ギュッとシャツが握られたのを感じて確信する。
彼女の希死念慮の正体は寂しさだ。
こんな小さい頃にお父さんとお母さんがいなくなった寂しさがずっと心にあるんだ。
誰かといることに安心したい、寂しさが消えることを望んでる。
仏壇の前でどうしようもない現実に泣き続けた僕と同じように。
手のひらにあったものが溢れ落ちていく寂しさを、きっと緋空ちゃんも抱えてる。
物理的じゃない。精神的な孤独を埋めてあげられれば、きっとこの子は……。
「一緒にいてくれるの?」
「うん」
「死ぬ時も? 一緒に死んでくれる?」
強く、すがるような視線がこちらを磔にするように見つめている。
「……そうだね。少なくとも、緋空ちゃんだけが死んじゃったら僕は寂しいし悲しいよ。だから置いていかないでね」
「うん、分かった」
きっと……最悪死ななくてもいいんだよね。
だから心中という目的を僕と共有したんだよね。
そう、心で思う。
花蓮ちゃんの言う通り、人間は誰もが死にたがってる。
だからそれを無理に否定する意味はあんまり無い。
希死念慮を抱えて受け止めて、戦いながら生きていこう。
困ったり、辛い時は一緒にいる。
1人になったら寂しいと思ってくれる人がいる。
それを感じられるよう、僕はこの子のそばにいよう。
「じゃあ、帰ろっか」
「うん……!」
穏やかに口角が上がった表情を見て温度を感じる。
☆
「あっ……」
「おっ、帰ってきたね。おかえりなさい」
家に帰ると、マンションのエントランス前で花蓮ちゃんが立っていた。
顔の横についた焦茶色の髪をフリフリとさせながらこちらに手を振っている。
ギュッと握る力が強まった。
「どうしたの? 花蓮ちゃん」
「昼休みに飛び出して行ったの見たからさ、心配になってインターホン何度か鳴らしたけど出なかったから」
ずっと待ってた。と言うことらしい。
「何も問題ないよ。大丈夫」
「本当に? ……あーまぁそうなのかな。あのさ、丁度いいしもう一度聞くけど、どう? 答えを聞かせてほしいんだけど」
夕焼けに照らされる花蓮ちゃんの影が少し濃くなった。
影と光を内包する危うさが、僕の胸の奥をズキズキと軋ませる。
「今じゃなきゃダメなの?」
「んーまぁうん。緋空ちゃんもいるし都合いいじゃん。私が合鍵をここでもらえるか。その答えを教えてよ」
悪気もなく真っ直ぐな視線で、花蓮ちゃんはこちらを見つめている。
冬の斜陽よりも眩しく、冬の空気より暖かい視線だった。
だからそれに応えるように、手のひらで感じた緋空ちゃんの熱をそのまま言葉にして伝えた。
「……花蓮ちゃん、君とは付き合えない。一緒に住むのも……考えられないかな」
答え。それはもう緋空ちゃんと手を繋いでる時点で決まっていた。
寂しさや、繋がりは僕も大切に思ってる。
選り好みをするつもりもない。
けど、今の僕が緋空ちゃん以外の繋がりを優先して、この子を寂しがらせることは出来ない。
「そっかー。うん、分かった」
そして、そうやってカラッと笑うことも分かってた。
「やっぱり緋空ちゃんが理由?」
「うん、僕には花蓮ちゃんも仲良い繋がりとして出来たけど、この子には僕しかいないし」
「私も全部話したのは彩陽ちゃんだけなんだけどなー」
「うん、ありがとう」
「並行してじゃダメなの?」
緋空ちゃんは強く握るだけじゃなく、さらに身体を寄せた。
そんな彼女を軽く見おろすと、不安そうにこちらを見上げている。
「僕、付き合うとかよく分からないし……だからごめん。それに花蓮ちゃんの思ってる関係にはなれないよ」
「そっかー。んー、タイミング間違えたかな。別にその気になってからでも良いよ?」
顎に手を当てて、空を見て考える仕草をする花蓮ちゃん。
全くもって動じない彼女だけれど、別に友人関係を否定したいわけじゃないから言葉が非常に困る。
花蓮ちゃんも僕を見て、手を取ろうとしてくれるだけにすぎない。
僕が緋空ちゃんに向けているものに近い感情を、きっと花蓮ちゃんは僕に向けている。
「いや、あのね。多分……多分だけど、心が動いてるとするなら、僕はこの子なんだよね。緋空ちゃんの表情や感情に、妙に心を動かされてるから」
「そうなの?」
「なんだろ……幸せになってほしいと幸せにしてあげたいの違いかな。緋空ちゃんは幸せにしてあげたいって……僕は思うんだよ」
それで言うと花蓮ちゃんは幸せになってほしい。
そっち側だ。
明るくて妙に不安を駆り立てる割り切り方、それは不安定だけど、きっと僕じゃなくても幸せになれる。
でも、緋空ちゃんには僕しかいない。
それが伝わったのか、流石に花蓮ちゃんのケロッとした態度も崩れていく。
「……へー。そっか、マジでフラれたってことか」
片手で顔を押さえて笑っている。
どこか不安気で、痛くもあるけど
「割と堪えるなー! これ! あはは!」
「で、でもさ! 学校でも一緒に話せるし、まだギターだって!」
「いいよいいよ! 問題ない問題ない!」
問題ないことない。
花蓮ちゃんは割り切ってるだけだから。
究極死ねばいいという考えで、重く受け止めないようにしてるだけだから。
僕は……何か声をかけたかったけど、振った手前それ以上の言葉をかけられない。
歯を見せてこちらに笑う姿が、学校で浮いている僕を客観視しているように見えた。
「それじゃあね! またギター教えてね」
でもやっぱりそれでも声がかけられない。
花蓮ちゃんが僕らを通り過ぎ、すれ違ったところで上擦った高い声が花蓮ちゃんの背中を追いかけた。
「あ、あの!」
「ん? なに?」
緋空ちゃんが、振り返って言葉をかけていた。
花蓮ちゃんもそれに反応して、カラッとしたテンションで彼女を見下ろす。
「ご、ごめんなさい……」
「なんで謝るの?」
「私、あなたのことを嫌いでごめんなさい」
「嫌いってハッキリ言うねー」
まぁ別にいいけど。と付け加えられるとギュッと手を強く握られる。
「彩陽ちゃんを私のいないところに連れてっちゃうと思ったから……怖くて……」
「そうなんだね、それだけ?」
「あと、1人で平気なのに彩陽ちゃんを選ぶのが贅沢で……ずるいから」
「……っ」
それを緋空ちゃんが言った瞬間、花蓮ちゃんは目を丸くした。
僕も、少し驚いた。
人間的に合うとか合わないとか、そんなことじゃなかったんだ……。
そういう個人的な怒りを緋空ちゃんは抱えるタイプじゃないと思っていた。
いや、正確には死にたい緋空ちゃんにそんな余裕はないと思ってた。
「アッハハハハハ! そっか! そうだよね!」
その事実に大きな声で笑った。
今までにないほど大きく、こちらまでスッキリするような声で納得を声にする。
「うん、そういうことなんだね。でも明日も友達として高校では一緒にいるし、ギターも教えてもらうから」
「えっ!?」
「いや、僕を見られても」
浮気を疑う視線向けられても……。
ただそんな僕らの様子を見て、本当にスッキリしたのか仕草にエネルギーが戻った花蓮ちゃんは緋空ちゃんに手を差し出した。
「まぁまぁこうやって怒れるだけいいね、仲良くしよ。ほら握手っ!」
「いや……私、あなた苦手かも」
「マジかー! あははっ! うん、それもいいと思う。じゃあね」
握手を警戒され、それすらも笑ってその手をバイバイに変える彼女。
なにか花蓮ちゃんの変なスイッチを押さないか不安だったけど、これなら無事そうでよかった。
もし突然死んだりしたら……とか思った。
けど明日の話もしたし、多分大丈夫だろう。
そうやって振られた……? にもかかわらず元気そうにスキップして夕闇に消えていく花蓮ちゃんを2人で見届けて、僕たちは家に帰った。
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