流星

双海零碁

第1話

10年ほど前、私には愛した人が居ました。

その人とは、地元で出会いました。私は、その人と見た流星群をどうしても忘れられません。

川沿いに作られた公園、小さな丘の上で、二人寄り添って眺めた星空を忘れることができないのです。


その日、私たちは流星の時間を調べて丘に向かいました。二人とも、浮き足立っていたと記憶しています。



川辺には虫の声が鳴り響いていました。公園に着くなり二人は座り込み「暑いね」「まだ始まらなさそうだな」、などと、他愛もない会話を交わしました。

まだ少し暑さの残る夏の夜に、ほんの少しの気まぐれでやってくるその風が、彼の髪を撫でるように通り過ぎて行く。街灯のほとんどないあの場所、そんな仄暗い瞬間を、彼の黒髪の描く幾つもの軌跡を、今も覚えています。


流星は、突然始まりました。

ぽつ、ぽつ、と、白が空に流れ落ちて行く。

だんだんとその白が増えてゆく。やがて空を埋めつくし、もう数えきれないほどになって、夜を埋め尽くす。


「綺麗だ。」


今でも耳を澄ませば、確かに聞こえてきます。




「今日の夜、皆既月食があります。」


ハキハキとしたアナウンサーの声。適当に流していたテレビのニュースから聞こえてきた。

そういえば、もう何年も空を眺めていない。

そう思った私は、部屋着にサンダルという格好で、玄関を飛び出す。

川沿いにかかる大きな陸橋の上に上がり、私は空を眺める。空のずうっと上、まだ欠け始めの月がそこにあった。

私はそうしてしばらくの間、一人欠けてゆく月を静かに眺めていた。


こんなにじっくりと夏の夜を感じたのも、空を眺めたのも、彼と見た流星が最後だった。


その時、突然彼の言葉を思い出す。


「孤独を感じた時は、こんなふうに夜空を見上げてみて。今日見た流星を思い出せるから。」


優しい彼の横顔に、なぜ?と私が投げかけた。


「君がひとりぼっちで孤独を感じたとき。その時、僕はきっとそこにいないと思うから。でもきっと流星なら、君がどこにいてもやってくると思うから。」


一筋の流星が、頬を流れ落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流星 双海零碁 @ishijosf

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る