第2話:家入くんちに行ってもいい?

 放課後のルーティーンと言えば?


 部活動? 委員会? それとも恋人との制服デート?


 そうだね、スーパーでのお買い物だね。


 学校終わりの食材調達は、僕にとって至福の時間でもあった。


 自宅近所のスーパーに到着した僕は、脇にあるオレンジ色のカゴを右の腕に掛ける。自動ドアを潜ったら、いざ開戦。


 まずは入り口のラックに差してあったチラシを一読し、本日のお買い得品をチェック。


 卵(Lサイズ)1パック10個入り……298円。うーん。

 ニンジン1本……78円。いや、むしろ高いでしょ。

 鳥むね肉100グラム……88円。まあ、まあまあ。

 ぶなしめじ一株……80円。うん、買いだな。


 こんな感じでアタリを付けたら、順路に沿って店内を回っていく。時折、チラシにも載っていないお買い得品がタイムセールで並んでいる場合もあるので、油断は大敵だ。


 ほら、早速見つけた。


 醤油1リットルボトル……148円。普段の半額以下の値段だ。


 特設の棚に置いてあった醤油は、みるみるうちにお客さんのカゴに吸い込まれていく。


 棚との距離は約20メートル。残りは一本。果たして間に合うか。


 マナー違反にならない程度の早足で棚に向かい、思いきり手を伸ばす。


 すると、ほぼ同じタイミングで横から別の手が伸びてきて、同じボトルをつかんだ。


 白く、細い手だ。袖は紺色。都立はた高校のセーラー服だった。


 なぜ学校単位でわかったかというと、僕が通っている学校のものだからだ。


「……家入いえいりくん?」


 川の水がせせらぐような、柔らかい声だった。


星名ほしなさん?」


 我が1年1組のクラス委員長であり、学校のアイドル、星名ちとりさんが目の前にいた。


「ごめんっ。家入くんのほうが早かったよね」

「い、いいよいいよ。ウチはまだストックあるし!」


 僕は空いた手をぶんぶんと左右に振る。声を出すのが久しぶりすぎて、思ったより大声になってしまった。


「そう? じゃあありがたくいただくね」


 星名さんは、手中のボトルをカゴに移動させる。


「家入くん、家はこの辺なの?」

「うん。星名さんも?」


 彼女くらい目立つ人がご近所さんだったら、一度くらいはニアミスしていそうなものだけど。


「私は近所のスーパーが改装で一時閉店になっちゃって。しばらくはこっちのスーパーにお世話になろうかなって」


 改装ということは、駅の裏手にあるあそこか。魚介系が安いから、僕もたまに利用している。このお店からは少し距離があるけれど、一人で買い物にきているのだろうか。辺りを見回すも、近くにご両親がいる様子はない。


 ふと、僕は星名さんが腕に提げているカゴに視線を移す。


 ニンジン、鶏むね肉、ぶなしめじ……。チラシで特売と書かれていたものを中心に選んでいるようだ。満杯が近づいているカゴの底では、パック入りの卵がギシギシと悲鳴を上げている。


 これを女の子が持ち帰るのはなかなかに骨が折れそうだ。というより……。


 僕は、ずっと気になっていたことを質問する。


「あの、変なことを訊くかもしれないけど……」

「うん?」


 星名さんは覗き込むように顔を近づけ、小さく首をかしげる。口元はうっすら三日月をかたどっており、心臓の鼓動がわずかに早くなるのを感じる。


「……もしかして、あまり買い物に慣れてない?」

「え?」


 突然の質問に、星名さんが笑みを崩す。


「ご、ごめんっ! いきなり失礼だよね!」

「う、ううん。びっくりしちゃっただけ」


 戸惑う星名さんの姿は何気にレアかもしれない。少なくとも学校では、いつも堂々としているから。


「……実は、つい最近料理を始めたの。でも値段の高い・安いもよくわかってないから、チラシに書いてあるやつを適当に選んじゃって……」


 どうやら僕の憶測は当たっていたらしい。


「ちなみに今日の献立は? 炒め物とか?」

「献立……どうしよっかな、えっとえっと……」


 まるで授業中に問題を指名された僕のように狼狽える星名さん。


「……とりあえず重たいだろうから、カート持ってくるよ」

「あ、ありがと」


 カートにカゴを載せると、星名さんは重労働から解放されたようにふぅ、と息を吐く。


「……」

「……」


 ど、どうしよう。早く立ち去ったほうがいいのだろうけど、こういう時の自然な別れ方がわからない。無言で離れるわけにもいかないし、一言「それじゃあ」とか言えばいいのかな。でもこのスーパーはそんなに広くないから、またレジ前とかでバッタリ出くわす可能性もあるし。かといって一緒に店内を回るわけにも……。


「その……」


 あれこれ考えた結果、僕は最悪の選択をしてしまった。


「よ、余計なお世話かもしれないけど、卵とニンジンは近くの商店のほうが安いよ。このお店は肉系がお買い得かな。日替わりで牛・豚・鶏のセールをやってるんだよ。あ、でも鶏肉には気を付けて。むね肉と手羽先はそこそこなのに、もも肉は全然安くならないんだよね。キノコ類はぶなしめじだけじゃなくて、大容量パックのエリンギもオススメかな。最近はキノコも高くなってきたし、小分けで冷凍しておけば炒め物にもスープにも使えるよ。それから……」


 ぽかんとする星名さんを前に、ようやく僕は我に返る。


 初心者へのレクチャーと称して知識をひけらかすなど、一番やっちゃいけないパターンだ。ここが公共の場でなければ、すぐにでも土下座で謝りたいくらいだ。


「……すごーい!」

「へ?」


 星名さんは瞳に星を宿したかのように、僕に尊敬の眼差しを向けてくる。


「家入くん、私と同い年だよね!? なんでそんなに詳しいの? 私なんて高校生になるまでちゃんとスーパーに入ったこともなかったのに!」


 社交辞令ではなく、本気で僕を称えてくれているようだった。まあ確かに、高一で毎日自炊するなんて少数派だろうし、彼女には僕が珍しい動物のようにでも映っているのかもしれない。


「もしかしなくても、家入くんって料理得意?」

「え、えーと……」


 この質問には何の意図もないのだろうけど、普段から【RAKU-YOU】バレを隠しているからか、どこまで素直に答えていいものか悩んでしまう。


「……まあ、嗜む程度に?」


 ザ・無難な回答でお茶を濁す。


 クラスメートに僕がどのようなキャラで認知されているかは知らないけど、仮にここでの会話が星名さんの友人らに広まっても、悪い方向には転がらないはずだ。


「……家入くんに、お願いがあるの」


 僕の真正面に立った星名さんは、どこまでも真剣な目をしていた。


「お願い?」

「うん。ほかの人には絶対に頼めない、大事なお願い」


 結論から言えば、確かに悪い方向には転がらなかった。


 しかし、これが良い方向かと問われると、素直に首を縦に振ることはできない。


 星名さんと、僕の視線が交わる。




「今から、家入くんちに行ってもいい?」

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