自宅食堂~クラスでは陰キャぼっちだけど実は料理系インフルエンサーな僕。家で学校のアイドルに料理を教えていたら、美少女たちのたまり場になりました~

及川輝新(3/10『のみばぐ』電撃文庫よ

1章:星名ちとりと炊き込みごはん

第1話:この人知ってる?

 その日、学校のアイドル・星名ほしなちとりは、陰キャぼっちこと家入秋穂いえいりあきほの「弟子」になった。




  ☆ ☆ ☆




 本日、最初に選んだおにぎりの具材はおかかだった。


 甘辛い鰹節の味わいに思わず頬が緩みそうになったところで、慌てて表情筋を引き締める。ぼっちメシで笑みなんて浮かべていたら、ただでさえ低いクラスでの評価がさらに落ちてしまうこと必至だ。


「……」


 僕はさりげなく周囲を見回す。


 昼休み、1年1組の教室は活気に満ち溢れている。SNS用のダンス動画を撮影する者、昨晩放送されたお笑いコンテストの結果について得意げに解説する者、アプリゲームで対戦に熱中する者。僕はどこのグループにも属することなく、一人静かに昼食を取っていた。


 高校入学から半年。校外学習や夏休みといった青春真っ盛りのイベントを経ても、僕に友達と呼べる相手はできなかった。


 理由は大きくふたつあると考えている。


 理由その1。僕には10代らしい趣味がない。ダンス動画に「いいね」をつけるわけでもなければ、お笑いコンテストやアプリゲームにハマっているわけでもない。WEB小説ならたまに読むけど、人と語り合えるほどのレベルとは到底呼べないニワカだ。


 理由その2。これはもうシンプルに、人とのコミュニケーションが苦手なのである。


 その主な原因は、自信のなさに由来する。


 身長は167センチという、高校一年生のギリギリ平均未満。顔立ちもあどけなさが残るどころか、昔から女っぽいとからかわれていた。


 顔だけならまだいい。僕は黒板の右下に記載されている、日直の名前を確認する。


 家入秋穂。


 字面だけ見れば、完全に女の子だ。それも美少女寄りの。


 言うまでもなく、家入秋穂の正体は僕である。


 この悪い意味でのギャップは、初対面の男子の多くをガッカリさせた。小学校・中学校に限らず、現在僕が所属する1年1組でも。


 まあ、イジメられていないだけでも運が良かったと思うことにしよう。体育や科学実験でも、同じ班の人は事務的な会話くらいなら応じてくれるし。僕は充分恵まれているほうだ。


 そんな恵まれた僕の、学校における数少ない癒しの時間が、お昼休みである。昼食を取っている間だけは、孤独を忘れられた。




「ねえ、ちとり! この人知ってる?」




 最前列で机を4つくっ付けてランチタイムに興じていた女子グループの一人が、左隣の少女にスマホの液晶画面を見せつける。表示されているのはSNSのアカウントのようだ。


 ちとりと呼ばれた女子は首を小さく横に振った。艶のあるロングの黒髪が、彼女の肩を優しく撫でる。


「ううん、有名なの?」


 黒真珠のように澄んだふたつの瞳が、真っ直ぐに画面を捉えていた。


「料理系のインフルエンサーで、最近めっちゃバズってるんだよ! こないだもネットニュースで取り上げられてたし! ツイッターだけでもフォロワー70万だもんね!」

「ふーん……」


 少女はサンドイッチの角をはむっとついばみ、感心した様子だった。


 星名ちとりさん。我が1年1組のクラス委員長である。


 容姿端麗、成績優秀。健気でお淑やかな性格に、分け隔てないコミュニケーション。これで人気が出ないほうがおかしいというものだ。


 事実、入学から半年の間で何人もの男子に告白されているらしい。友達のいない僕にまで情報が回ってくるくらいだから、その人気は確かだ。


 実際、教室に限らず廊下やラウンジスペースでも彼女の話題はしょっちゅう耳にする。


『さっき星名さんと目が合っちゃった。ヤバい、惚れそう』

『止めとけ。オレの友達も3人告ったけど全員フラれたぞ』

『声もめちゃめちゃ可愛いんだよな』

『あれが1/fゆらぎってやつか』 等々。


 男子たちの熱量のある声は、まるで推しについて語り合うファンのようだ。


 同じクラスにいるのに、かたやみんなから愛される学校のアイドル、かたや誰からも愛されない陰キャぼっち。


 彼女と僕は、何もかもが正反対だ。


 いけない。思考がマイナスに引っ張られそうになった。僕は手元の味噌汁に意識を向ける。


 星名さんは、画面に映るインフルエンサーに感嘆した様子で、ぽそっと呟く。




「すごい人なんだね。えっと名前は……【RAKU-YOUラクヨウ】さん?」




 僕は飲んでいた味噌汁を噴き出しそうになった。


 胸をとんとんと叩いていると、この話題を振った女子が一瞬だけこちらに視線を向けたが、すぐにうっとり顔で会話を再開する。


「一体どんな人なんだろ……。人気者でお金もあって、料理もできるとか最高じゃん……」


【RAKU-YOU】とは、近頃話題の和食インフルエンサーである。毎日手作りの和食の画像をSNSにアップし、若い女性を中心に絶大な支持を得ている。


 今までSNSに投稿した料理をまとめた書籍は10万部以上の売上。コラボ食品も軒並み大ヒット。令和を代表する料理系インフルエンサーとの呼び声も少なくない。……いや、それはさすがに言いすぎだと思う。


 もっとも、顔出しはしていないため、その正体は謎に包まれているのだが。


「きっとめっちゃイケメンなんだろうなぁ……。才色兼備のちとりならオトせるかもよ?」

「そんなことないよー。っていうか、【RAKU-YOU】さんって男の人なの?」

「性別は明らかにしてないけど、文章の雰囲気的に男っぽいんだよね」


 正解。


「あと、結構若そう」


 それも正解。


「でも、たまに映り込んでる手は細いし肌も滑らかだし、女の線も捨てきれないかな」


 うう、そこでもやっぱり女性っぽいって言われるのか。僕としては中学時代に比べれば骨ばってきたと思うんだけど。




 何を隠そう、【RAKU-YOU】の正体は僕である。




 名前の「秋穂」から、季節の秋を連想させるワードとして適当に付けた名称が


RAKU-YOU】だった。こんな目立つことになるなら、もっと無難な名前にしておけば良かった。


 元々は、自分で作った料理を記録用にまとめるためのアカウントだった。それが「地味だけどおいしそう」「狙ってない感じが逆に映える」「レシピ教えて」「スリーサイズ教えて」「連絡先教えて」といったコメントが来るようになり、何度かのバズりを経て、いつの間にかインフルエンサーと呼ばれるまでになってしまったのだ。


 無論、僕と【RAKU-YOU】が同一人物であることを知る者はこの学校にはいない。校外でも知っているのは保護者と、出版でお世話になった人くらいだ。コラボも基本的に断ってるし。


「一度でいいからリアルイベントやってくれないかな~。握手会とか……」


 星名さんの友人は両手を組み、目をキラキラ輝かせる。


 人見知りの僕が初対面の相手と握手なんて、想像するだけで泡を吹いて倒れそうだ。


 悪いけど、顔出しは未来永劫御免こうむる。これは僕だけの問題ではなく、ファンを落胆させないためでもある。話題のインフルエンサーの正体がジャリガキなんて発覚したらあまりにも不憫すぎる。


 ま、仮に家入秋穂の画像がネットに出回ったところで、陰キャぼっちの僕と、ネットで数十万人のフォロワーを持つ【RAKU-YOU】を同一人物と結び付けられる者がいるはずもない。


「ごちそうさまでした」


 食事を終えた僕は、そっと手を合わせる。


 僕にとって料理とは、大衆を喜ばせるための仕事ではなく、あくまで個人で楽しむための趣味だ。これからも僕は、一人でひっそりと料理を続けていく。




 この時の僕は、確かにそう思っていた。

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