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 コリクソンの一撃を喰らい、ロイの視界はブラックアウトした。

 正解には、ブラックアウトさせたと言うべきなのかもしれない。


 コリクソンとの戦いの中で、自分と彼の間には実力的に大きな隔たりがあると察した。

 おそらく真正面から戦っても勝つことは難しいどころか不可能と言える。

 最初の一撃で決められなかった時点で、そういう勝負ではもう負けているのだ。


 そういう風に、ある程度冷静に分析が出来たから。

 そして注意を引いてくれるような人間がその場に現れてくれたから。

 自分程度の無能でも手を届かせられる可能性があるタイミングまで、狸寝入りする事にした。


 するとどうだ。根本的に事情が変わった。


 アイザックがコリクソンを殺害する以外の解決策を用意してきたのだ。

 そしてその流れでミーティア達も参戦してくる。

 このタイミングで立ち上がっても良かった。


 だが結果的に危惧した通り立たなくて良かったと言える。


 恐らく加勢に入っても自分は浮く。

 うまくコミュニケーションを取る事は出来ていても、所属して一か月たらずの今の自分では彼らの阿吽の呼吸に依存した連携の邪魔になるだけだ。


 だからここぞというタイミングまで待っていたのだ。

 先輩方が必死になって戦ってくれて。その過程で殴られ蹴られるのを見て見ぬ振りをし。

 最大限に削り切り、尚且つこの二人の関係性上最後に発生すると想定出来た隙を突き、漁夫の利を得る為に。

 プライドの欠片も無い卑怯な手を使ってでも……この戦いに勝つ為に。


「やあ、元気そうだね」


「一発食らっただけですからね俺は」


「その一発が重いんだけどね。流石主席卒業のエリートだ」


「リタ程じゃないですよ」


 蹴り飛ばされたコリクソンと入れ替わる形でアイザックの前に立ったロイは、彼に対してそう言った後、構えを取る。


「すみません、気ぃ失ったふりしてました」


「彼以外皆知ってたさ。そのつもりで立ち回ってるよ」


「……ありがとうございます」


 そう礼を言って、正面に集中する。

 魔術による追撃はしない。地面を転がりながらも既に体勢を整えようとするコリクソンが見えたからだ。多分生半可な追撃は砂埃の暗幕を作り出すだけ。

 だから開けた視界の中で真っ向勝負を挑む。元々ボロボロで満身創痍に近かった所に今の不意打ちをかました後だ。ここから果たして真っ向勝負と言えるかは怪しかったが。


 そして視界の先でコリクソンは立ち上がり、そして構える。

 確実に今の蹴りの直撃も効いている。

 最初に自分と戦っていた姿と比べれば見る影もない。

 おそらく過去最高に追い詰められている事が容易に分かる程の崩れた構え。

 その構えでコリクソンは言葉を紡ぐ。


「……どんな結果であれこれが最後だ。ロイ君。キミに言っておきたい事が有る」


 どこか諭すような声音で。


「……なんですか」


「キミはさっき、選択する環境を二人に用意する。その為に戦うという趣旨の言葉を言ったな。それ以前に俺の一かゼロかという問いに分かっているとまで言った訳だが……そこにあるのは諦めだろう。可能な限り最善を目指してはいるが、それじゃ駄目だ。折れているなら立て直せ」


「……駄目?」


「ああ」


 深く頷き彼は続ける。


「この道に進もうとするなら、救うという気概は捨てるな。最後まで絶対に諦めるな」


「……」


 不思議な感覚だった。なぜ自分はこの人にこんな事を言われているのだろうかと。


「……なんのつもりですか? 何でそんな事を言うんです」


 コリクソンも限界なのは伝わって来る。それ故の策略かと、そう思った。

 それこそ此処に至るまでにアイザックもやっていたような、駆け引きの一環。

 だが馬鹿正直で遊びが無い真面目な表情と声音で彼は言う。


「意識があったなら分かっているだろう。負けた場合俺の記憶は消される。そしたらキミにはもう何も言ってやれない」


「……」


「そう、負ける可能性があるんだ。その場合の事を一切考えない程、無責任でいるつもりはない。部外者だとしても……せめてその位は」


「……そうですか」


 確信した。これを策略だと思って対峙するのはあまりに無礼だ。

 トウマ・コリクソンは。この一件に無関係な彼は。

 自ら嫌われ役を演じた上で、真剣にこちらの背中まで押そうとしてくれている。

 彼を突き動かしているのは透き通る程の善性だ。

 ……だとすれば尚更負ける訳には行かなくなった。

 こういう人間に、これ以上碌でも無い役割を背負わせる訳にはいかない。


「アイザックさん!」


 そして視線をアイザックに向けて彼は言う。


「後の事はお願いします」


「勝つんだろう。これから倒す相手に何を頼むというんだい……まあ、分かったよ」


「ありがとうございます」


 そう礼を言った後、再び視線はこちらに向き。


「これで、心置きなくやれるな」


 次の瞬間、勢いよくこちらへ飛び掛かってくる。

 だがもう一瞬で目の前に居るような、そんな感覚は無い。

 そのボロボロな状態でこれだけの動きができる事に驚愕はしても、それを脅威だとは認識しなかった。

 この場に展開されている結界を維持するアイザックよりも遥かに、立っている方が不思議な状態だったのだから当然と言える。

 それを当然と言える程度には、これまで積み重ねて来た筈だ。

 こんな形で申し訳ないが、それでも此処でその全てをぶつける。


(……ありがとうございます)


 放たれた拳を躱し、そして。


「すみません、色々と世話になりました」


 腹部にカウンターで渾身のスマッシュを叩き込んだ。

 ……それで終わりである。

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