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 自身の双子の姉が写身だと確信した時に、真っ先に自分以外の事を考えられる程、ミカ・ヴェルメリアはできた人間では無かった。


 物心付いた頃から毒のように足枷のように全身を縛っていた倦怠感からはもう一生逃れる事はできないのだと。

 そう遠くない未来に自分は確実に死ぬのだと。


 自分の写身を滅魂師の人が倒してくれて普通の生活ができる日が来るという、その内来ると思っていた未来予想が当たる事が永久に無くなったのだと、一人で隠れて泣いていた。


 そう、未来永劫無くなったと思う事ができたのだ。


 この苦痛から解放される為の術は、自分よりも小さな子供でも分かる事なのに。

 当然自分でもそれは理解している筈なのに。

 それでも……そう遠くない未来に自分は死ぬのだと思ったのだ。

 その事を自覚出来たら、やりたい事が見えて来た。

 やるべき事が見えて来たのだ。


『ミカ、もしかして泣いてた? 大丈夫?』


 いなくなって欲しくない。

 大好きなリタを、自分の道連れにする訳にはいかない。


 それが今に至るまでの指針になっていた。

 そう、元を辿れば自分の決断は全て自分本意な物だ。


 他でもなくミカ・ヴェルメリアが感じている幸せが失われてしまわないように選んだ選択。

 その中心に居るのは自分だ。


 ……だけどきっとリタは違う。


 リタは底抜けに優しいから。

 多分本人に自覚はないのだろうけど、自分の事よりも周りの事を優先してしまいがちだから。

 きっと今だって、自分の事だけを考えていれば良いのに。自分の事だけを考えて苦しんでも良いのに。

 きっと余計なノイズが混ざってしまっている。

 歪な形で自分を追い込んでしまっている。


 そんな確信が有ったから、地を張ってでも此処に来る必要があった。


「来たよ……リタ」


 リタに会いに来る必要があった。

 一分一秒でも早く。


「ミカ……」


 まさか自分が此処に来るとは思ってもみなかったのだろう。驚いた表情を浮かべている。

 そしてずっと一緒に居たからなのかそれとも違う何かなのか。とにかく自分には感じ取れる。

 リタの表情から、視線から……自分の事を本気で心配してくれている感情と、罪悪感が。

 特に後者。


(……予想通りだ)


 分かる。

 自分がこういう情けない姿を晒しているのだ。自身が写身だとしったリタがそれを見れば、そんな感情が湧いて出てくるのは理解できるのだ。

 だけど行き過ぎだ。

 今のリタが置かれた地獄の様な状況にしては、あまりにそれは重い。


「ミカ!」


 リタは多少ふら付きながらも、自分達の方に駆け寄って来る。

 そして言うのだ。


「ミカ……ごめん、私の所為で……私の所為で…………私が、まだ生きてる所為で……ッ!」


「……」


 その言葉を聞いて、少し安心した。

 リタはちゃんと生きていたいと思ってくれている。

 だけど安心できたのはそれだけ。そこに予想通りのノイズが混ざってしまっていた。

 自分が生きている事を、良くない事だと考えてしまっている。

 自分に優しくする事に、本当に罪悪感を覚えている。


(……それは駄目だよリタ)


 そんなのは絶対に駄目だ。


「……兄さん下ろして貰って良い?」


「……ああ」


 そう答えるロイは、必死で何かを抑え込もうとしている。

 本当にありがとうって思う。

 目の前でリタがあんな事を言ったのだ。その言葉だけは絶対に否定したい筈だ。

 だけどそれを抑えている。


 此処に連れてきてくれた事と同じように、こちらの意見を尊重して優先してくれている。

 譲ってくれている。

 委ねてくれている。


 そして背から下ろして貰った私は、ふらつきながらもその場で立ち……感情のままにリタの胸ぐらを掴む。


「……ッ!?」


「リタ……ボクは今……ちょっと怒ってるよ……まだ生きてるせいで、何?」


「……」


「続きは?」

 そう促すと、リタは泣きそうな表情になって……そして実際に少し泣き出しながら、視線を反らして答える。


「私が生きてるせいで……ミカが辛い思いをする」


「……」


「私が……ミカの人生を……奪い続ける……不幸にし続ける……!」


「ボクがいつ不幸だって言ったの!?」


 その声にリタは呆気に取られたような表情を浮かべる。

 多分今までの人生でこれだけ声を張り上げた事なんて無いと思う。

 驚かれて当然。

 そしてこれからもそんな事は無いんじゃないかって思う。


 だからここでありったけをぶつける。


「勝手にボクの幸せな人生を否定しないでよ!」


「……ミカ」


「ボクは、幸せなんだ。何も奪われてなんて……ない。与えて貰ってばかりなの。リタからも……一杯。それを否定、しないでよ。お願いだから」


 言いながら、胸ぐらから手を離すと、支えを失ったように体が正面に傾いた。

 それをリタが受け止めてくれる。


「……ッ!」


 粉砕骨折しているらしい腕なんて気にする事なく。咄嗟に自分の事を省みずにそういう事をしてくれる。

 良くも悪くも自分の双子の姉、リタ・ヴェルメリアはそういう人間なのだ。

 ……自慢の姉なのだ。

 そして受け止めてくれているリタに言う。


「そんな訳だからさ、ボクはボクの為にもリタには生きていてほしいって思ってるんだ。他ならぬボクがそう思っているんだから……誰にだって、リタにだって、リタの存在は……否定させない」


 それを聞いたリタの表情は一瞬だけ晴れて……それでもすぐに沈んでしまう。

 そんなリタに問いかけた。


「……言ってみてよ。今何が辛い? ゆっくりで良いからさ、ボクに教えてよ」


 本当は聞かずとも大体分かっているけれど、それでもリタには全部吐き出して貰いたかった。

 そう簡単に考えは変わらなくても、少しでも楽になって貰う為に。

 そしてリタは間を開けてから静かに言葉を紡ぐ。


「……自分が人間じゃなくて写身だったって考えると、頭が痛くなって吐きそうになる」


「……うん」


「皆に否定されるかもしれない事が……怖い」


「……うん」


「こんな事を……写身の私がそんな自己中心的な弱音を……ミカの前で言っちゃう事が。皆に心配されて……ミカの事を棚に挙げて救われた気分になってる私が……心の底から……気持ち悪い」


「……そっか」


「ミカが私の事をどう思ってくれていても……やっぱりそれは変えられないよ……だってミカの事が大事だもん……大事なのに……ッ」


 分かってた。素直に辛いって言えないのだ。

 本当にどこまでもどこまでも、自分だけの事を悲しめない。

 そしてこれはそう簡単にどうにか出きる事じゃなくて。

 リタが今まで積み上げてきた人生の結果であって。

 そんな自傷行為のような事を止めさせる事は難しいだろう。


 自分の人生を否定してほしくないように。

 そう簡単に考えが崩れないように。


 リタの底抜けた善性は。

 皆が必死に手を差し伸べたくなる人間性は変えられない。

 だから一分一秒でも早く此処に来たかったのだ。


「ボクは気持ち悪いって思わないよ。寧ろそんな時にまで人の事第一に考えられる方が気持ち悪いって」


 言いたい事を言う。

 そしたら後は自分自身を変えられないリタに、少しでも寄り添うために。


「だからさ、自分の事を考えて考えて考えて。それで折り合いが付いた位のタイミングでさ、ボクの事を考えてくれればそれで良かったんだ」


「そんな訳には行かないじゃん……他の誰でもなく、ミカの事だもん……」


「ボクそういうの気持ち悪いって言ったばかりだよ?」


「……じゃあ気持ち悪くても良い」


「ははは、なんだそりゃ」


 リタが自分無しでも生きられるように、少しでも背中を押していくために。

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