6

 その後兄ちゃんと半ば無理矢理帰路に着く事になった。


「あー大丈夫かなぁ」


 流石に野次馬根性みたいな物は湧いて来ず、純粋に皆の事が心配だ。

 軍といえば国家権力の塊みたいなものだからさ、どんな形であれそれに立て付くのは滅茶苦茶リスキーな訳で。

 それでも皆が判断を仰いだ結果、やや強引とはいえ立て付く決断をアイザックさんがしたという事は、私も本来ならそっちに居ないと駄目なんだ。

 今日配属されたばかりの兄ちゃんはともかく、この支部に一年間お世話になっている私は。

 だからそんな現場から離れている今は、とにかく心配だけが積もっていってしまう。

 そんな私に兄ちゃんは言う。


「まあ大丈夫だろ。軍の人達だって気にいらねえ奴をポンポン排除したりできるとは思えねえ。それに支部長さんだけじゃなくて他の先輩方も居たし……あとミーティアさんも」


「何でミーティアさんの所で言葉詰まった?」


「いやあの人指の骨鳴らしながら向かってったろ? あれ完全に喧嘩しに行く人のムーブだぞ」


「大丈夫……大丈夫でしょ……うん、きっと大丈夫」


「もっとしっかり大丈夫って言ってくれよ。俺皆さんの情報少ねえんだから一々真に受けるぞ」


「話半分くらいで聞いといてよ」


「半分は真に受けて良いって事かこれ……」


 先が思いやられるという風に溜息を吐く兄ちゃん。

 でもまあ兄ちゃんのそういう不安は多分その内解消されると思うから、今はそれよりも。


「……しっかし、その軍人さんが本当に殺傷力のある魔術を使っていたんだとしたら、大変な事だね」


「ああ。国際法違反だ」


 滅魂師以外は殺傷力を持った魔術を使用してはならない。

 というより習得してはならない。

 そうしたルールは事軍隊においては国際的により厳密に禁止されているんだ。


 何せ魔術を戦争に使おうってなったら、魔術はそうした用途に最適化される筈で。

 写身の再生を阻害するという特性に大きなリソースが割かれている滅魂師の魔術よりも遥かに高い威力の魔術を扱えるようになるのは目に見えている。

 もしもそんな術を習得した人間の写身が現れたら、それは滅魂師の術師体が出現するよりも遥かに脅威となるし……その出現率も今現在の術師体の出現率よりも遥かに高くなる筈だ。

 だから魔術の軍事利用は固く禁止されているんだ。


「穏便に事が済めばいいね」


 事の真偽がどうであれ、それは本当に強く思う。


「揉めてる時点で穏便じゃねえよ……」


 兄ちゃんは軽く溜息を吐いた後、一拍空けてから続ける。


「でもまあ真偽がどうであれ俺達が深刻に捉えすぎても仕方ねえだろ。皆さんが指示を待ち、支局長さんが決定した。後はもうなるようにしかならねえって……で、とにかくこの話は一旦此処までだな」


 そうこうしている内に、私達は自宅兼診療所前まで辿り着いていた。

 だとしたら流石にこれ以上この話はできないよね。


「じゃあ難しい話終わり。これにて無事帰宅だね」


「無事な要素ある?」


「命あるじゃん」


「その理論だとウチに来る患者さんみんな無事だぜ?」


「ああそうだ。言いそびれてたけどありがとね兄ちゃん。無事とか無事じゃないとか軽口叩けるのは兄ちゃんのおかげだからさ」


「おう。次からは置いてくなよ」


「……」


「何故目を反らす」


 言いながら今度は診療所の扉を開いた。


「よしタイミング良く患者さん誰もいないな」


「……喜んで良いのかなそれ」


「いろんな意味で微妙だな」


 そんなやり取りをしつつ中に入ると、神妙な面持ちで椅子に座っている二人と顔を合わせる。


「ただいま……えっと、どうした?」


 兄ちゃんが不思議そうに聞くと、二人は口を揃えて言う。


「「ロイ、ちょっと待って」」


 そう言った二人は兄ちゃんから視線を私に逸らして私の前に立つと、舐めるように私の事を観察し始める。


「ちょ、ほんとにどうしたの?」


「……腕以外目立った外傷は無さそうね」


「だな」


 あ、これ診察されてるっぽいな。


「頭とかぶつけたりはしてない?」


「し、してないよ」


「その辺は一安心だな。でも他はどうだ? 精密検査を──」


「いや、大丈夫大丈夫! 別にどこもぶつけたりしてないし! それに腕のこれだって自分で張った結界の破片で切った感じだし、それ以外は攻撃食らったりしてないから」


「「……そっかぁ」」


 二人はどこか安堵したように息を吐き、それからお母さんが静かに言葉を紡ぐ。


「ミカからリタが一人で飛び出して行ったって聞いた時は肝が冷えたわ」


 お母さんの言葉にお父さんも力強く頷く。

 これはとんでもなく心配掛けてたね……うん。

 ミーティアさんの言う通り怪我見られるのが億劫だったけど、これはさっさと帰ってきて正解だったと今更ながら思うよ。


「……心配掛けてごめんなさい」


「いや、良い。無事に帰ってきてくれたならそれで良いんだ」


「お父さん…………ちなみにさっき兄ちゃんと話してたんだけど、これ無事扱いでOK?」


「「NO」」


「……お前だけだよそれ無事判定出来てんの」


「そっかぁ……」


 結構大怪我ではあったけど治療できるレベルではあるし、皆過保護過ぎなんじゃないかなぁ。

 だからあんまり怪我を見せたくない感じだ。

 この位でも凄く心配掛けちゃうからね。

 と、此処でようやく二人の視線が兄ちゃんへと向く。


「それはそれとしてお帰りロイ。長旅から帰ってきて早々お疲れ様」


「立派な顔付きになって。見違えたぞ。流石主席で卒業しただけあるな」


「いやいやいや、まあ、そうか……」


 うん、そうそう。

 ほんと立派になったよ。元々立派なのに。


「見ろ、リタが私が育てましたみたいな雰囲気出して腕組んで頷いてる」


「育てたのアタシらなんだけど…………とにかく、あんまり無茶はしないように」


「おう。どっちかと言うと無茶する奴をしっかり止められるよう頑張るよ」


「ああ、頼んだぞ」


「リタの事、お願いね」


「任せとけ」


「あの、育てるの私なんだけど……」


 アイザックさんには兄ちゃんの教育係を任された訳だけど、これもう無理じゃないかな。

 とまあ改めて少し不安になりつつも、それでもどことなく懐かしい雰囲気に浸っていると、兄ちゃんが二人に問いかける。


「そういやミカは?」


「家の方に連絡来るかもしれないからって。戻っていったよ」


「そもそもどっちから帰ってくるかも分からないからな……さっきはスルーされたし。父さんは悲しいぞ」


「いやだって忙しそうだったし……まあそういう事なら顔見せに行くか」


「そだね」


「あーリタはストップ」


「ん、何故に?」


 腕の怪我の事で何かあるのかなと思ったけど、どうやら違うみたいで、視線は待合室の方へと向く。


「友達来てるよ。待合室で鉢合わせなかったって事は多分お手洗いに……っと噂をすれば」


 釣られて待合室の方に視線を向けると、お手洗いの方から馴染みのある赤髪の滅茶苦茶可愛い女の子が出てきた。

 もう十年近い付き合いになる友達だ。


「あ、サキじゃん。なんで?」


「お爺ちゃんの薬が切れたから取りに来たんだって。あの子も心配してたよ。一人で全力疾走してるところ見たらしいから」


 見られてたか……気付かなかった。


「すぐに戻ってくるかもしれないって言ったら少し待ってみるって」


「そりゃこれ以上待たせられないか。じゃあ兄ちゃん、私も後で行くけどミカには全然大丈夫って伝えといて」


「すぐバレる嘘を吐かせるな俺に……まあピンピンしてるとは伝えとくよ」


 そう言って兄ちゃんは診察室の奥から家へと繋がる扉へ消えていく。


「じゃ、私は待合室借りるね」


「今他に患者さん来てないから良いけど、来たら静かにね」


「うん」


 そんな訳で私も踵を帰して診察室を出て、受付カウンター越しにこっちに気づいて手を振っていたサキと顔を合わせる。


「ごめんね、なんか待たせたみたいで」


「いやいや全然! ていうかりっちゃんその腕大丈夫? めっちゃグルグルだけど!」


「見ての通り大丈夫!」


「大丈夫な要素無いから聞いたんだけどな私は!」


「いやまあ治療したから大丈夫的な意味でね」


「その意味で捉えるの私は無理だなー。まあ大丈夫なら良いんだけど」


 言いながら二人で待合室の椅子に座る。


「ていうか薬取りに来たって、サキ学校は?」


「お、出たね社会人との感覚のズレ。なんと私達学生は明日まで春休みなのです!」


「くっそ羨ましいなぁ」


「だったら学生に戻れば良いのに。滅魂師なんて危ない仕事辞めてさ。皆心配してるんだよ」


「大丈夫だよ私強いし」


「強いのは知ってるけど、その腕だと説得力無いねー。でも強いとか弱いとかそういう話じゃないんだよ。心配になる理由は一杯あります」


「というと?」


「ほら、りっちゃんって危なっかしいしそそっかしいし、喧嘩っぱやくてすぐ怪我するし無理もする。それから身長サバ読むしお金遣い荒いし食い意地張ってるし、注文し過ぎて後で地獄見るタイプの馬鹿だしなのにふざけた事に太らないし」


「おい後半ただの罵倒だろ」


「半分位はチャームポイントだと思ってるよ」


「それで誤魔化すつもりか後半の怒涛の暴言」


「でもまあ、皆そういうのを含めてりっちゃんを長い付き合いで見てきて心配しているわけで」


 サキは一拍空けてから落ち着いた声音で言葉を紡ぐ。


「だから辞めたら良いのにっていうのは、別に冗談とかじゃないんだよ」


「……」


 その声音は、さっきのスキンシップのような暴言とは違ってしっとりと重たく、そして変わらず暖かい。

 本気で悪意無く、滅魂師を止めて欲しいと思われている。

 そしてサキは包帯が巻かれた私の腕を一瞥してから言う。


「りっちゃん。もしかしなくても私は今から結構酷い事を言うと思う。だから嫌だったら途中で遮って貰っても良いし、なんなら此処から追い出したって良いから」


「どうぞ」


 私が促すと、少し躊躇うように間を空けてからサキは言う。


「りっちゃんはこのままで良いの? 本当に自分のやりたい事をやれてる?」


「……」


「私達はりっちゃんが何で滅魂師になろうと思ったか、ちゃんと理解しているつもり。それに加えて良くも悪くも責任感とか正義感が強いから、無理しなくて良い所で無理もしてるんだろうなってのは想像が付くよ」


「……し、してないよ?」


「してるよね」


「……」


「……」


「……よく無茶して怒られます」


「だよね。りっちゃんはそういう人なんだよ良くも悪くも悪くも悪くも」


「めちゃくちゃ悪いじゃん。極悪人じゃん」


「じゃなかったらこんな話してないよ」


 呆れるようにそう言ったサキは、軽く溜め息を吐いてから指摘する。


「りっちゃんは写身に人生を引っ張られすぎてるよ。ずっと中心に写身の事がある」


「……まあ、そうだね」


 否定はしない。

 否定できるわけがない。

 それが否定できたらなら、多分こんな怪我は負っていない。

 そしてそんな風に引っ張られているように見えるから。

 事実引っ張られているから。


「それで私がやりたい事をやれてるのかって事?」


 それにサキは頷く。


「……無茶云々はともかく、りっちゃんが選んでいる道が間違っているなんて事は言わない。絶対に誰にも言わせない。だけど……思うんだ。本当はもっとやりたい事とかあるんじゃないかって。りっちゃんの人生はりっちゃんの物なんだから、本当に今のままで良いのって」


「……」


 サキは私の事を本当に良く知っている。

 だから私がミカの写身を倒す力を手に入れる為に滅魂師になった事も、その為に頑張ってきた事も知ってる。

 そんなサキからしたら、その言葉は酷いものに思えるのかもしれない。

 ミカを助けるために歩み始めた今の道よりもきっと良い道があるって事を言っているのと同じ事だろうから。

 そして当然の事ながら、そんなサキに帰す言葉は決まっている。


「これで良いというかこれが良いの。だから大丈夫。ありがとね、心配してくれて」

「……」


「私の人生はさ、現在進行形で最強に最高なんだ」


 馬鹿みたいな言葉だけど、変に飾らずそんな言葉が出てくる位には、私は私の歩んでいる人生をそういう風に評価している。

 確かに辛い事とかダルい事とか痛い事とかそういうのは一杯あって、他の生き方みたいなのを考えた事が無かった訳じゃない。

 でも家族とは凄く仲良くやれていて、こんな風に心配してくれるような友達にも恵まれている私生活があって。

 今追求されていた仕事の事だって、そもそもやりがいを感じていて。

 異例のスピード出世しちゃった所為で全員纏めて上司って言い方はできないけど、先輩方にも一人残らず恵まれていて。

 あとほんとについでだけど本部所属程ではないとはいえ、それなりに給料だって良いし。

 とにかく、私の人生は凄く良い感じの人生なんだ。


「……なら良いんだ」


「納得してくれた?」


「りっちゃん嘘吐くのそれなりに下手だからね。本当に満足してるんだなって分かるから」


 そう言って笑みを浮かべたサキはゆっくりと立ち上がる。


「もう行くの?」


「その格好見る限りお仕事中だよね。あんまり邪魔できないよ」


「でももうちょい家にいるよ?」


「聞いたし見たよ、飛び出して行ったの。つまりそれまでは用があって家に居たって事だから。時間使う予定だった相手に使った方が良いんじゃないかな?」


「……分かった」


「ではそういう事で!」


「見送るよ」


「どもどもー」


 そう言い合いながらサキと共に外に出る。


「じゃあまた今度ね」


「うん……っとその今度の事なんだけど、りっちゃん来週の日曜空いてる?」


「えーっと、うん。その日は休みだったと思うけど」


「その日皆で遊びに行こうよ。りっちゃんと会えた人が誘うって事になってたの忘れてた。行くよね?」


「もちろん」


「よーし、じゃあまた来週の日曜日だ! ……お仕事頑張ってね」


「うん」


 そうしてサキは薬を手に帰っていく。


「よし、日曜まで頑張る気力が沸いてきた。よっしゃよっしゃ」


 そして私も踵を帰し、自宅へと足取りを向けた。

 向けながら、改めて考える。

 私の人生に点数を付けるとしたら何点だろうか。


「あ、リタお疲れ。怪我大丈夫?」


「見ての通り!」


「いや大丈夫な要素無くないそれ」


「……なんかみんな同じ反応するよね」


「お前だけ価値観おかしいんだよ……」


「ご家族の顔が見て見たいね」


「鏡見てよ鏡」


「見る必要ないよ目の前に同じ顔居るのに……で、リタ。コーヒー淹れ直す?」


「うん、お願い」


 きっと百点満点だ。

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