燃えろキネマ、骨の髄まで
圭太はしばらく口を聞いてくれなかった。別に他に友達がいないわけじゃない。やりたいこともやれた。読みたかった作家の新刊も読んだ。前々から奥底にあった焦り、勉強しないといけないという焦りを解消するために勉強した。志望校に向けての勉強が身に入った。嫌なくらいにするすると。映画は好きだが、しばらく映画を観る気にならなかった。
すっかり最近は勉強漬けだ。今日もずっと自室の机に向かっている。別に望んだわけじゃないが、やらなきゃいけないことだとは理解している。
通知に飛び込んできた新作映画の公開情報。気分じゃないのに。情報の海で溺れていると、海水のように否が応でも口の中に入ってくる。
「あぁ、観たいなこれ」
一人でもいい。観に行こう。寝転がってスマホを額に落とした。
ポップコーンマシンを動かす。慣れたものだ。忍び足でスクリーンに向かい、座る。辺りを見回しても人はいない。そりゃそうだ。やる瀬無さとも取れないくらいの感情を持ち上げて捨てた。俺は映画を見にきたのだ。他のものなんて気にしない。
予告編が始まった。退屈だ。今更言われなくても情報はネットで調べている。予告編が面白いと言う人もいるみたいだが、俺には理解できない。
眠くなりそうな目を擦りたくなった時、微かに俺以外の音が聞こえた。足音だろうか。汗が顔を伝った。こちらに近づいてくる。
足音の正体として、可能性が一番高い選択肢を思い描く。というかそうであって欲しい。
音の主は見知った顔だった。俺と同じでポップコーンを抱えている。目は確かに合ったが、すぐに逸らしてこちらに近づいてきた。
「圭太……」
「何も言わないで。次は映画の感想にしよう」
頷いて、スクリーンに向き直る。情報などまともに入ってくると思えなかった。
今回はバディものスパイ映画シリーズの最新作。アメリカで先行公開され、興行収入は上場とのこと。アクションにより力が入っており、バディのすれ違いも見どころ、とのこと。
「お前の案じゃリスクが高すぎる。お前まで灰になってどうするんだよ」
「大義ってやつだよ、相棒。理解してくれ」
「無理だ。一か八かの賭けの時点でYESとは言えないね」
左をチラリと観る。視線は真っ直ぐだ。ポップコーンはほとんど減っていない。
「……いつお前に判断を任せたんだよ」
「おい、どういう」
「楽しかったぜ相棒。またいい相手を見つけな」
「おい! くそっ! 催涙弾……!」
ちゃんと覚えているシーンはそこくらいだった。
「どうだった?」珍しく圭太から聞いてきた。
「……正直、つまんなかった。喧嘩させたいだけのご都合主義展開がすぎる」
圭太の表情は変わらない。しばし、エンドロールのような沈黙が流れる。
「…………だよな」
圭太の口元が吊り上がった。本人は気づいただろうか。
「クソつまんなかったな! なんだよこれ! とんだ駄作だ!
あはは、と笑い出す。俺も、堪え切れずに吹いた。
「でも、アクションはカッコよかった」
「えぇ? 前作よりダサくなかった?」
目を見つめ合った。可笑しくて、また笑う。
「やっぱ映画は凉と見るに限るな。抜け駆けで一回来たけど、味気なかった」
「俺も。ネトフリで一回映画見たけど、全然面白くなかった」
ひとしきり笑った。全てを洗い流すように。
「ごめん、圭太。言いすぎた」
「ううん、俺こそ煽りすぎたよ。勉強で疲れてた」
「最近頑張ってるよね。ファッションとかも変わったし。何の勉強?」
「俺、服飾の専門学校行きたくて。 その勉強」
らしくないよな、と圭太は言う。最近お洒落なのは、それの
「ううん、そんなことない。圭太センスあるし、合ってると思う。俺も受験勉強あるし、お互い頑張ろ」
勢いに任せ、拳を突き出す。おう、と言う返事の後、拳に掌底が被せられた。
「じゃんけん、俺の勝ちな」
「はぁ!? なんだよそれ、意味わかんねー」
二人並んで廊下を歩いた。一週間ぶりだろうか。そこまで長い期間ではなかったが、永遠のように長く退屈だった。
談笑しながら歩いていると、横を小柄な男の子が通った。
「え、人いる」
「ほんとだ。やべ、無銭鑑賞バレたら怒られるぞ、急げ急げ」
ロビーに早足で繰り出した。そこにも人が居た。売店、ポップコーンマシンの前。本来なら普通の光景。
やりたい放題の時間は終わってしまったらしい。残念だが、心残りは無い。二人とも目指す道は違えども、同じ時を過ごしている。晴れやかな気持ちだった。圭太も多分、同じ。そう信じて、俺たちは映画館の外に出る。
籠城キネマ @5u1531mu5h1
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