籠城キネマ
@5u1531mu5h1
踊れキネマ、夜が更けるまで
「うん。もう、泣かない」
その台詞と甘ったるいキスを最後にカメラは天に昇り、エンドロールが流れる。
「どうだった?」
「うーん、いまいち」
「だよね、俺も」
また、クソみたいな映画を掴まされた。俺は露木凉。ここは映画館。隣に座っているのは流川圭太。とりあえず出よっか、の合図と共に俺たちは席を立つ。
『永遠の誓いのセレナーデ』。恋愛映画に革命を起こす、と銘打って公開された映画。見てみたら何ら普通の御涙頂戴映画だった。この手の映画を何回見させられたと思っているのだろうか。
「次は何見る? 俺は『オートクチュール・ハイスクール』気になってるんだけど」
「俺も。じゃあ次はそれで」
もはや感想戦などする価値も無いと判断し、次の予定の打ち合わせをする。学校帰りの映画館でふたり。これが俺たちなりの青春で、友情なのだ。2人とも映画が好き。一緒に見て、感想を言い合う。堪らなく至極の時間だ。ここまで気の合う友達も、なかなかいない。
廊下に出てきた。やけに静かだ。思えばここまで誰の姿も見ていない。
「珍しい、誰もいないね」
うん、と圭太が頷く。
ロビーに出ても、誰もいない。ポップコーンマシンは責務を果たしているのに、客はおろか、売店や入場口にいるようなスタッフまで一人たりともいないのである。
変だとは思いつつ、そんな事もあるのかと勝手に納得し、外を目指す。出入り口まで残り10m。自動ドアの向こうに若い女の人が見えた。先に入ってきたのはあちらだった。俺たちは談笑しているのでそこまで気にしていなかったが、そいつとすれ違わなかった。
「……ねぇ、圭太」
「ん? どうしたの」
「今さ、女の人いたよね」
「いたね」
「入ってきたよね、あの人」
恐る恐る言葉を紡ぐ。
「……そうだね」
違和感を嚙み締めたのは圭太も同じらしい。恐怖とは一概に言えない感情が渦巻く。
「……今いる? 女の人」
「……いないね」
しばし場を沈黙が支配する。耐えきれなくなったのか、圭太が声を上げる。
「外、出てみよ」
俺は黙って歩みを進める。自動ドアをくぐり、夕陽を浴びる。7月初旬。既に日本は蒸し暑く、じわりと汗が首を伝う。歩いている人はまばらであった。すると、ちょうど、俺たちの横を通り、まさに映画館に入ろうとしている人とすれ違う。自動ドアが閉まる。ハッとさせられた俺たちは後ろを振り返ったが、ガラスのスクリーンの中にはっきりとその人はいた。
しかし、俺たちが自動ドアを反応させた瞬間、被写体はフェードアウトしていた。中に入って確認しても、いない。俺たちは立ち尽くすしかなかった。
何かがおかしい。映画館に入った人が消えている。声に出さずとも圭太とは認識が一致した。頭の切れる圭太が声にまとめる。
「……状況を整理しよう。今、俺たち以外の人はこの映画館で見えない、もしくはいない。でも俺たちはなぜか消えずに居られる。ポップコーンマシンとか映写機は動いている。そこは止まらないっぽい。一連の現象に説明は……つかない」
「つまりは」
圭太が息を呑んでこちらを見守る。
「やりたい放題ってことだ」
貼った糸のような雰囲気がぷつんと切れる。笑みを隠しきれてない圭太が
「これが今日だけじゃなければな」
と言う。今日はとりあえず解散になった。
次の日。改めて映画館に来ても静かなまま。ただスピーカーから響き渡る音が席巻していた。二日連続で映画を観にくるのは相当珍しい。観るのは昨日決めた通り、オートクチュール・ハイスクール。超進学校で出会った男女の、恋愛と受験の物語。いままでロクに恋愛などしていなかった2人だが、勉強の得意不得意、価値観の共有などでだんだん恋仲になっていって、数多の課題に追われながら仲を深めつつ、最終的には大学進学を目指すストーリー。
「どうだった?」
「……やりたいことが空回ってた。設定は面白いと思うし素材も悪くなかったけど。料理の仕方が良くなかったと思う」
「俺も。なんか最後のセリフもクサかったよね」
「でも良いところは結構あったよね」
「うん、だから俺も嫌いじゃないかな」
意見が合うのはいつものことで、こいつの事を信頼できる理由だ。
時間もちょうどよく、解散することになった。
「じゃあな」
「うん、また明日」
圭太と別れてから。映画館に人がいないのが本当だったのを改めて認識した。上がる口角と思わず早くなる足の速度を抑えきれない。俺たちの夏が、始まる。
そこから、俺たちは映画館に通い詰めた。お金もかからないので毎日のように2人で映画を見た。洋画、邦画、恋愛映画、アニメ映画、昔の名作のリバイバル、デスゲーム。なんでも見た。なんでも感想を言い合った。狂ったようにポップコーンとチュロスを貪った。電車で言うキセルをしているので、不正をしている感覚はあって少し胸が締め付けられたが、それを上回るほど楽しさがあった。クラスでは冴えないほうであっても、クラス以外の場では俺のことを冴えないなんて言わせない。俺は今、最高に青春をしている。
「あれ? お前ピアス穴なんて開けてたっけ?」
「ん? あぁ、ちょっとな」
圭太の違和感はゆっくりと、しかし着実に俺の目に飛び込んできた。洒落た服を着てくるようになった。ピアスをよくつけるようになった。一緒に居ても誰かとLINEしていることが多くなったし、少し付き合いが悪くなった。それでも映画は2人で見よう、ということになった。次は3日後。
一週間ぶりの映画、ということで俺も浮き足立っていた。
「お疲れ〜」
「おう」
いつもの何気ない会話から始まった。今日見るのは『天翔けるロケンロー』。バンドのアニメ映画。一度音楽で挫折したバンドマンを集めてバンドを結成。もう一度羽ばたく、という映画。前情報では凄く感動して面白かった、と言う意見や逆に全然面白くなかったと言う意見も多く、賛否両論の文字が似合う。
「はぁ? なんでなんですか、やるメリットの方が大きいじゃないですか」
「メリットデメリットじゃ語れないことがあるんだよ、お子ちゃまは帰りな」
主人公はかなり自分の目的のためなら手段を選ばぬタイプで、他のバンドから人を引き抜くのにも躊躇しないらしい。しかし行動原理には納得できる理由も多い。
そのまま主人公のエゴはバンドメンバーを奮い立たせていった。最後は実績を残し、大団円という着地をした。
「どうだった? 俺は結構刺さったよ。ああいう竹を割った性格の主人公、頼り甲斐あってかっこいいよな」
圭太の反応を見たが、渋い顔をしていた。
「……いや、強引すぎるだろ、主人公。ベースを引き抜くシーンなんてわがまますぎてちょっと引いた」
「は? 意味わかんねー。その強引さで結果全員ハッピーになってるじゃんか、全員から認められてるし、終わりよければ全て良しって言うだろ」
「過程を全部無視してもいいっていうわけじゃないだろ、流石に自己中すぎるよ」
「お前は何も分かってない、ああいうみんなを引っ張って行く人間こそいい人だしかっこいいんじゃないか」
「お前こそ分かってない、普段のお前もそうだけど人の気持ちを考えろよ! ちっ。今日はもういい。勉強するからもう帰るぞ」
「おう、じゃあな! せいぜい噛み締めろ!」
映画館にひとりぼっち。少し重い自分の足音が、いつまでも響いていた。
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