灰色人生を歩む社畜だった俺は、異世界で便利屋勇者をさせられるようです。

猫柳 星

第1話 異世界でもブラック企業勤めなようです。

光に包まれたかと思ったら、真っ白な部屋に放り込まれていた。

机も椅子も窓もない。あるのは曖昧な光と、正面に座る女だけ。


清楚なドレスに金髪を揺らし、完璧な微笑みを浮かべている。いかにも「聖女」とか「女神」とか名乗りそうな風貌だ。


「初めまして、阿川慶吾さま。ようこそ異世界へ。わたくしは、この世界を統べる女神ですわ」


澄んだ声。どこか芝居がかった口調。

しかし俺は、ため息しか出なかった。


「……異世界転生? いや、召喚? なんでもいいけど、俺そういうの興味ないんですけど」


女神はにっこりと微笑んだまま、ほんの一瞬まぶたを伏せる。


「黙りやがれ♡ですわ♡アラサー社畜が勇者に選ばれただけで光栄に思いなさい」


「笑顔で言うことじゃないですよね!? しかもハートつけるのやめてもらえません?」


俺は社畜人生十年目。上司に理不尽を言われるのは慣れてるが、清楚スマイルで罵られると逆に精神が削られる。


「慶吾さまには、この世界で起こる厄介ごとを片っ端から片付けていただきます」


「……厄介ごとって、えらく雑な依頼だな」


「ですから“便利屋勇者”ですの♡」


「勇者って言葉、要らないですよね。便利屋が本体じゃないですか」


女神は清らかな笑みを崩さない。だがその目の奥は明らかに「お前ごときが文句を言うな」と言っていた。


「ご安心ください。戦う力は授けましたわ。あとはもう知りません」


「説明短っ!? マニュアルとか、せめてチュートリアル的なものは」


「そういうのは自分で考えなさいまし。便利屋勇者なのですから」


俺が口を開いた瞬間、女神はぱちんと指を鳴らした。


視界がぐにゃりと歪み、足元が崩れる。

落ちる―

そう思った最後の瞬間、彼女の声が耳に届いた。


「では、ご武運を♡」


そして俺は、石造りの大広間の床に叩きつけられた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「勇者さま、ようこそおいでくださいました!」


耳に届いたのは朗々とした声。

目を開ければ、豪華なシャンデリアと赤い絨毯。周囲を囲むのは、いかにも偉そうな格好をした神殿関係者らしき人々だ。


その中から、金色のツインドリルを揺らしながら少女が前に進み出た。


「わたくし、リリエッタ=フォルシアと申します! 代々、勇者さまを導く高貴なる家系に生まれましたの。以後、わたくしの言葉を絶対とし、敬い、そして頼りなさいませ!」


堂々たる宣言――のはずが、歩き出したときにドレスの裾を踏みかけて、慌てて取り繕っている。


「……すごい自己紹介だな。ブラック企業の新任部長のスピーチ思い出した」


「ぶ、部長……? なんですの、その異国の猛獣は」


「猛獣じゃないです。会社の役職です」


「役職……? わたくしには関係ありませんわ! とにかく、勇者さまはわたくしを敬いなさい!」


俺は肩をすくめた。女神からは雑に放り出され、次に出てきたのはポンコツ令嬢。

嫌な予感しかしない。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「リリエッタ様、少し落ち着きを……!」


周囲の神官らしき男が慌てて声をかける。

どうやらこの少女、家柄は本物らしいが、振る舞いが空回りしているらしい。


「わたくしは落ち着いておりますわ!」

リリエッタは胸を張り、ツインドリルをばさっと揺らした。

「勇者さま、これからの冒険はわたくしが完璧に導いて差し上げます! ですから疑問など抱かず、ただわたくしに従えばよろしいのです!」


「……いや、疑問しかないんですけど。給料は? 休日は? 保障は?」


「きゅ、きゅうりょう……? きゅうじつ……?」

リリエッタは目をぱちぱちさせる。


「はいアウト。労働条件説明なし。完全にブラック案件ですね」


「ぶ、ぶらっく? なんですのそれは!」


「君らの世界にもあるんですよ。地獄のような働き方をさせる組織が」


リリエッタはぷいと横を向いた。

「な、何をおっしゃっているのか存じませんが……! とにかく、勇者さまは従うのですわ!」


神官たちの間に小さなざわめきが走る。どうやらリリエッタの暴走は日常茶飯事のようだ。


「ええと……阿川慶吾殿」

奥から年配の神官が進み出る。

「勇者さまには、魔物の討伐や、国を脅かす災厄の排除をお願いしたく……」


「災厄ってまたざっくりしてるな。女神からも“便利屋勇者”とか言われましたけど」


「べ、便利屋……?」

神官は顔をひきつらせる。

横でリリエッタがすかさず声を張り上げた。


「そうですわ! 勇者さまは便利屋ですの! ですから何でもわたくしの言うことを聞けばよろしいのです!」


「自分で便利屋認めちゃったよこの人……」


「う、うるさいですわ!」

リリエッタは真っ赤になり、ドレスの裾を踏んでまたよろめいた。


周囲の神官たちは額を押さえていた。

俺はただひとこと、心の中でつぶやく。


――やっぱり嫌な予感しかしない。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


勇者召喚は、女神の気まぐれと、協会の形式ばった儀式によって成り立っているらしい。

だが、俺にとっては相変わらず雑で、説明不足で、ブラック臭のするものだった。


この先の旅路がどんなものになるかは分からない。

ただ一つだけ確かなのは――


俺はまた、ろくでもない上司(女神)と、ポンコツな先輩(リリエッタ)の下で働かされるってことだ。


灰色の人生は、どうやら異世界でも続くらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る