第五章:代償と決別:それぞれの道へ
第22話 辞令
旅行の週末が明けて数日後、結衣は営業部長に呼ばれた。
会議室のドアを開けると、長机の向こうに営業部長と人事部長が並んで座っている。
空気の重さに胸がざわめいた。
「新藤さん、座ってくれるかな」
営業部長の声は静かだが、温度のない響きだった。
結衣は小さく
視線を落とすと、膝の上に置いた両手がわずかに震えているのが分かる。
人事部長が口を開いた。
「先週末の夜、君と村瀬くんが一緒に列車に乗っていた、親しげだった――そんな匿名の通報があった」
瞬間、血の気がすっと引いていく。
(私が、一人で帰らなかったせいだ…)
あの夜の情景が
二人はそれぞれ別の列車を予約していた。
理屈ではそのほうが安全だと分かっていた。
けれど、直前まで過ごした幸福な時間から急に一人になることが怖くて、どうしても足が動かなかった
私の甘えが、今こうして自分たちを追い詰めている。
「どうなんだろう、新藤さん。これは事実なのかな?」
口調は穏やかだが、営業部長の問い詰めるような眼差しが突き刺さる。
喉がからからに渇く。
息を呑む音さえ響きそうな沈黙の中で、結衣は観念した。
「…はい。村瀬くんとは、お付き合いしています」
人事部長が深くため息をついた。
「社内恋愛を禁止しているわけではない。ただ、直属の上司と部下の関係となると、やはり問題だ」
「すべての責任は私にあります。だから、どうか彼には処分を与えないでください」
必死に絞り出した声は震えていた。
二人の上司は顔を見合わせ、営業部長が口を開く。
「私たちも職場に波風を立てたくはない。村瀬くんには処分を下さない。ただし、君を今の立場のままにしておくわけにはいかない」
その言葉が突き刺さる。
覚悟していたとはいえ、動揺を隠せなかった。
「四国の支社長が体調を崩して入院することになった。後任を探していたが、君に任せたい」
人事部長が告げる。
まるで慰労のような響き。
しかし、そこに温情は感じられなかった。
これは異動であり、事実上の
「少し急だが、年明けから赴任してもらう。準備を進めておいて欲しい」
日程まで決まっていることに、逃げ場がないと悟る。
結衣は呆然としながらも、やっとの思いで答えを絞り出した。
「…承知しました」
会議室を出ると、足元が頼りなく揺らぐ。
壁に手をついて、ようやく立っていられる。
頭の奥で何度も同じ言葉が繰り返される。
(俊太郎くんが守れるのなら、それでいい…私が背負えばいいんだ)
誰もいない廊下で、結衣は深く息を吐いた。
呆然と立ち尽くすその姿に、誰も気づく者はいなかった。
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