第3話 吸血鬼と席替え
ヴァンパイアの神様は嘘つきだ。今日は朝から席替えだった。この席替えというイベントには、漏れなく隣の席になった人にガッカリされる、という一コマがついてくる。だから嫌なのだ。
人選はもうどうでもいいから、位置だけはどうかアタリに、できることなら1番後ろにしてください、と懲りずにヴァンパイアの神様に祈る。先生が楽しげに、黒板にパソコンの画面を映し出した。さすが令和、くじ引きなんてアナログなことはせずに、パソコンのソフトでランダムに配置を決めていた。神様がパソコンに詳しいか分からないけど、どうか良い席に、ともう今朝から祈りっぱなしだ。
ヴァンパイアの神様は嘘つきな上に機械音痴のようだった。席は1番後ろどころかど真ん中、しかも隣が、誰でも良いとは言ったけど限度ってものがあるでしょう。
舟木さんは非の打ち所のない女の子だった。顔は可愛くて性格は明るくて友達が多くて運動神経も良くて、あらゆる要素が私とは真逆、と言った方が伝わりやすいだろうか。唯一勝ってるところといえば成績くらいだろうか、そう自慢じゃないけど私はお勉強はけっこうできる方で、まあ小さい頃から根倉で図書室に通ってたからかもしれないけど、とにかく数少ない精神的拠り所がテストの点だった。これさえあれば、いくら休み時間に話す人がいなくて惨めな思いをしても、まあこいつら私より馬鹿だしで乗りきれるのだ。性格悪いなんてもちろんとうに自覚してる。
そんな卑屈な考えなど露ほども持ったことがなさそうな舟木さんが、私は苦手だった。なぜなら彼女がとにかく明るい良い人だからで、なぜ良い人なのに苦手かというとそれは私が劣等感の塊でしかもひねくれているからで、なのにその彼女と今回の席替えで隣になってしまった。最悪だった。光が強いほど影も濃くなるように、舟木さんの隣にいたら私の根倉さがより際立つんじゃないかと勝手な心配をしているうちに、机がガタガタと運ばれあっという間に新しい席順に様変わりしてしまった。嫌だなあ。
「となり桂さんだー。よろしくね!」
友達のいない私にも笑顔で挨拶してくれて、やっぱり苦手なんかじゃないかもと早くも心変わりしそうになるチョロい自分が嫌になる半分、呆れ半分てとこだろうか。キモい顔してるだろうな、と思いながらなんとか返事をする。
「桂さんって、下の名前雛子って言うんだね。私はひよりだから、ちょっと似てるねー」
そこも嫌なところだったのにピンポイントで刺されてもう私のHPはゼロだった。そう、桂雛子が私のフルネーム。なんだか固い名前が昔からあんまり好きじゃなかった。桂も雛子も単体で見ると普通なのに、組み合わさるとどうして戦国武将の娘みたいになるんだろう。雛子がせめて平仮名だったらまだマシだったのに。ひよりなんて可愛くて羨ましいけど、私には可愛すぎるのでやっぱり桂雛子がお似合いかもしれない。
ホームルームが始まって、空白の座席表が回ってくる。自分の位置に、自分で名前を書けってことらしい。私の隣には舟木妃夜莉と、きれいな字で記入済みだった。おしゃれな字を書くんだなと思いながら、先の丸まったシャーペンで桂雛子を刻み付ける。頭では早くも次の席替えのことを考えていた。
始まりはこんな風に冴えなかったけれど、新しい座席での日々は意外と悪くなかった。舟木さんは頻繁に話しかけてくれたし、休み時間になると友達の席へ移動するので、恐れていた事態、たとえば舟木さんの席の回りに友達が集まっておしゃべりかなんかで盛り上がり、その隣の席に座る私が非常に気まずい思いをする、なんてことはなかった。一安心だ。
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