ちいさなパンダ

小糊夕

ちいさなパンダ

 周りを田畑で囲まれた町はずれの公園に、一匹のちいさなパンダがいた。ただ古ぼけたパンダだけがそこに立っていた。


 揺れるでもなく、回るでもなく、こどもをすべらすこともなく。硬くちいさなパンダが一匹、まっ平らな地面の真ん中に立っていた。


 ほんとうにそれだけだったのに、パンダの背中ははげていた。白い塗装で塗られていたはずのそこは、ネズミ色の素材がむき出しになっていて、近くで見れば頭のてっぺんとお腹の一部もそうなっていた。

 たくさんのこどもが、毎日パンダと遊んでいた。

 背をまたいで乗馬ごっこをしたり、立ち上がって片足を前に出しカッコつけたり。日が暮れるまで、パンダの周りは賑やかだった。



 沈む夕日を目に映し、パンダは遠い昔のことを思い出していた。

 空がちょうど今のようにオレンジに染まりだす頃、「また明日!」と口々に叫びながら帰っていくこどもたちを見守っていた頃のことを。


 もう、パンダの周りにこどもはいない。時折来ていたおとなもいない。

 パンダの住む町に、人は住んでいなかった。

 

 太陽が最後の輝きを放つ頃、公園に一人の老人が降り立った。老人は天の神であった。

 小さく息を吐いて、パンダのもとへ歩み寄る。


「この敷地だけ植物の成長を防ごうが、周りがこんなでは。誰一人、おまえさんを見つけられなんだろうよ」


 公園のまっ平らな地面には、雑草一つ生えていなかった。しかしそのすぐ外には、こどもなどすっぽり覆ってしまう高さの草が、ところ狭しと生えている。

 延々と続く草むらの中、異様に沈む空間に、気がついていたのは神のみであった。

 

「おいで」


 神はパンダへ声をかける。


 太陽の光の、いよいよ最後の一筋が、生い茂る草をすり抜けて、ただちいさなパンダだけを照らす。

 途端、まばゆい光が公園のすべてを包み込んだ。


 パンダは悲しかった。二度とこの場所に戻れないと分かったから。こどもたちを見ることも叶わないから。

 しかしパンダは悪くないと思った。己を包む光が、遠い日々に戻ったように感じさせたから。それはとても暖かくて、パンダは百年以上開けていたまぶたをゆっくりと閉じた。


 太陽が地平線の先へ沈んだとき、そこにはパンダも神も、公園すら、ありはしなかった。

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ちいさなパンダ 小糊夕 @onori_u

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