【完結】流星【過去作】
篁 しいら
短編
月が居ない闇夜に、流れ星が走った。
こんな真っ暗な日に態々真夜中まで起きる意味は、巷で皆がざわついている流星群を見るためだ。
人生八十年の内の三十数年を生きていて、一筋の光が輝きながら命を燃やす瞬間を目に焼き付ける。
私もお祭り騒ぎをしている他人と同じように、瞳を輝かせながらこの瞬間を待ちわびていた。
『流れ星に願い事をすると、叶うんだよ』
幼い頃、周りから聞いた噂が記憶の中から語り掛けてくる。
その時も、お月様が留守をしている新月の今夜、流星群が来るとテレビで話題になっていて。
両親にお願いをして、流星群がよく見える丘までドライブに行ったんだ。
ただ私は流星群を見ることなく眠ってしまって、結局一つも見れなかった。
次の日に起こしてくれなかった両親へ、床を這いずり回って泣き喚きながら抗議したなぁ。
とても我儘だったなと、私は過去の自分と両親へ想いを馳せた。
最初は一つだった流星が、一つ、また一つと数が増えてきた。
都会の端っこにある安いアパートのベランダで、私は部屋の電気だけでなくスマホの電源まで消して空を見上げる。
あの日見られなかった星空が創り出す光の雨を、思い出の中の幼い私と共に見つめている。
あの日の私は、この流星に何を願うだろうか?
お姫様に憧れていたから、お姫様になることだろうか?
お花が大好きでよく花屋に行っていたから、フラワーショップの店員さんになることだろうか?
それとも、お花が良く似合うほど穏やかな笑顔をうかべる、初恋の男の子と両思いになれることだろうか?
どれも叶うことはなく、今の私はしがない非正規社員だ。
過去の自分に謝ることがあるなら、全てを叶えられなかったことだろう。
彼女が目の前にいるならば、謝る私を見て「約束が違う!」と泣き喚び、床を這いずり回るのだろうな。
嗚呼、本当にごめんね、私。
そこまで過去へと思いを馳せて、私はようやく出会えた流星群へ、今の自分の願い事を口にした。
「本気で生きてみたい」
願い事と共に頭の中を駆け巡る記憶。
親や兄弟、親戚に友人、部活に仕事まで。
今までの人生全ての場面で、物事へ本気になってぶつかって、生きてきたことなどなかった。
少しでも本気を出そうとすると、急に周りが気になり始めて皆に聞いて回った。
1つでも否定的な意見を聞いたり、話を聞いた周りからの同調圧力に飲み込まれ。
「ああ、やっちまったな」と思いながらヘラヘラ笑って。
「今のは冗談だよ」と、自分を騙して手を抜いた。
そのざまがこれだ。
新卒の就職先、パワハラのストレスで鬱病を患い。
非正規社員で再就職し、親のお情けで月数万の仕送りを送ってもらい。
仕事先ではそれなりに大事にされているのは分かるけど、前職のことを思い出すと正社員になりたいとは思えず。
そんな生活を繰り返しているうちに歳を取り、歳と共に上がる諸々の事に、戦々恐々しながら生きている。
しょうもない生き方をしている私の最近は、大家さんにお願いして繋いでもらったインターネットを経由で、同じ世代ぐらいの人がアップする動画や生放送を見ては、彼らの姿に励まされ、そして今を何とか生きることを選択し続けている。
彼らは自分の決定に誇りを持ち、責任に向き合いながら本気で生きたからこそ、彼らは赤の他人である私から見てもカッコ良い。
私と彼らの違いは、本気で生きる覚悟があるかないか、だったのだろう。
嗚呼、本気で生きている人はなんて輝いているんだろうと、私は何度も思った。
彼らが輝きながら走り続ける様は、流星のようだと感じていた。
空の天体ショーは最高潮だ、更に流れる数が増えてもう、数えることなどできやしない。
これならば沢山祈り放題だ、今抱えている私の一切合切願い事を、ここで言い切ってしまおう。
私は、流星のように生きたい。
太陽のように、誰もかもを照らして世界の中心になる存在でも。
月のように、誰かが泣いた夜を優しく照らす存在でも。
名のある星々や星座のように、進む目印になるような導く存在でもなく。
一瞬、ただほんの一瞬でいい。
私は私の魂が壊れて燃え尽きるほど本気になれるものへ、一所懸命に真っ直ぐ向かい合って、生きてみたい。
例え、皆から嘲笑されても。
それが、親や兄弟や友人、今までの顔見知りからだとしても。
私は、全てを費やし燃え尽きて、そのまま流れながら灰と塵となにかの塊になって価値を失い地表に落ちる、あの流星のように生きたい。
全力で輝きながら落ちていく一瞬を、誰かが見てくれていたら、それでいい。
私という中途半端で生きていた人間が最後だけでも、全力を以て取り組んで、流星のように燃え尽きて、強い輝きを放って逝ったという事実が、私は欲しい。
私は、流星のように成りたい。
私は流星が流れる空に向かって、強く願った。
いつの間にか私の頬には涙の筋が出来ていて、零れた涙はそこを伝って下に落ちる。
「……はは、流れ星みたい」
私は涙を拭い、震えた声で笑う。
それでもとめどなく流れる涙は、体温よりも少し温かく。
涙が落下した胸は、今までにないぐらいに火照り高揚している。
私の涙が、心の氷を溶かしたのだろうか?
否、空から降るように落ちる流星が、私の心に火を付けたのだ。
私の中にもまだ、燃え尽きていない熱があることを、流星が教えてくれたのだ。
私は涙を拭うのをやめて、流れ続ける流星を見上げる。
彼らにも終わりが近づいたのだろう、かすれた視界でも数えられるほどの数になってきた。
終わりに近づく天体観測に寂しさを感じながらも、私の心の奥は何故か満足そうになっている事に気づいた。
その満足の名を、私は知っている。
心の中で燃え続けて貰うため、あえて名前を伏せておこう。
私の中にあった、大切な熱だから。
大事なものを隠すように胸の辺りに左手を置き、右手の掌を空に掲げて、私は流星に向かって言葉を投げた。
「ありがとう、私は明日も生きていけそうだ」
私が笑いながら、命を燃やし尽くして消えた流星群へ感謝の言葉を飛ばした時。
最後の流星が私の右手へ吸い込まれるように走り、掌の真ん中で激しく光りそのまま、静かに燃え尽きて消えた。
〆
【完結】流星【過去作】 篁 しいら @T_shira
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