リサイクル惑星

他所ノ鶏

リサイクル惑星

 私は潔癖症である。

 いや、ドアノブに素手で触りたくないとか、外着のままベッドに座れないといった生温い話ではない。この惑星そのものが、そもそも「汚れている」と感じるところから始まる、病的な潔癖である。

 考えてみてほしい。この空気は、何億年ものあいだ呼吸され、吐き出されたものの再利用だ。海は古い死骸や排泄物が溶け合った塩水であり、人々はそれを「生命の母」として崇める。私はそれらを「有り難がる趣味」がわからない。吐き気がする。耐えられない。


 結論は一つだった。

 新しい星を買おう──。


 個人が星を買うなど滑稽だ。だが資産は選択肢を生む。私は「バージン・プラネット・プロジェクト」に出資した。彼らは、恒星系の未開発惑星を“整備”し、富裕層に「まっさらな住処」を提供する企業である。売り文句は単純だ。誰も踏みしめたことのない大地、無菌の空気、完全未使用。新品の世界。億単位の資金を注ぎ、とうとう私は「中古」である地球からの脱出を決行した。


 シャトルは淡々と宇宙を滑った。私の胸は高鳴り、宇宙服の固い襟が喉に食い込む。コックピットの窓に、新しい星が青白く浮かんでいた。AIが無機的に告げる。


「ご安心ください。お客様。この星は、いかなる生命体の接触もありません」


 着陸は滑らかだった。エアロックが開き、私は新星の大地に降り立った。ヘルメットを外すと、澄んだ空気が肺の奥まで染み渡った。幸福という語が、そのとき初めて意味を持った。


「これが私だけの、処女星だ」


 だが、足元で細い粒子が揺らめいた。わずかな砂埃が、光の輪に混じって舞っている。指先がその粒子を感じたとき、私の胃がひっくり返った。


「誰も使っていないはずだ。どうして埃が?」


 AIの説明は冷たく論理的だった。


「ご安心ください。その砂は星形成過程で生成された微粒子であり、いかなる生物の活動由来ではありません」


 私は硬直した。確かに誰もここに住んだことはない。だが「新品」とはならない。星は星間塵が凝縮してできている。ビッグバン以来の塵は、形を変え、混ざり、また集まる。全ては使い回された物質だ。それが私には、生理的な不潔だった。どれだけ新しく見えるものも、根を辿れば古いものの寄せ集めにすぎない。新品の幻想は、虚ろな化粧に過ぎない。

 私は膝を折り、声もなく嗚咽した。だが嗚咽は次第に理性的な言葉へと変わる。汚れは、外にあるのではない。私が、それを汚れと見なす。判断する脳があるから、ものは汚れたり美しくなったりするのだ、と。


 汚れは私の内にある。だからこそ、逃げるべき相手は世界ではない。自分の判断装置だ。


「帰ろう、地球へ」


私はAIに言った。声は震えていなかった。むしろ凛としていた。ここで暮らすことに意味はない。世界を交換するだけでは、内部の病は癒えない。ならば脳を変えればよい。世界を見る目を再定義すれば、世界はきれいになる。私の論理は冷徹であった。

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