第44話 東の街道
―――二日後。
オレは行くあてもなく、ただひたすら街道を東へと進んでいた。
乾いた風が頬を打ち、足元の砂利がかすかに音を立てる。
空は鉛色に曇り、遠くの地平線まで、どこまでも灰色の大地が続いている。
街道を行き交う人影はとうに消え失せ、ただ風とオレの息づかいだけが耳に残る。
(このまま東に行き続ければ、果たしてどこへ辿り着くのだろうか⋯)
鉱山都市からの追手はもう来ない――そう信じ切っていた。
(あの混乱の中、上手く脱出できたからだ。もう誰もオレを追う余裕などないはずだ)
だが、その楽観は唐突に崩れ去る。
背後から砂煙が立ち上り、やがて大地が低く唸り始めた。
地を震わせるような蹄の音――重く、規則的な衝撃が腹の底を叩く。
振り返ると、遠くに黒い影の群れが見えた。
砂塵を巻き上げながら街道を埋め尽くすその光景は、まるで黒い奔流のようだった。
騎兵だ。それも数十、いや――百は下らない。
オレは一縷の望みに賭け、街道を外れて北へ進路を変える。
しかし、その瞬間、彼らも同じように進路を北へ切り替えた。
砂煙がうねり、まるで獣の群れが獲物を追うように迫ってくる。
(やり過ごせない⋯!)
オレは覚悟を決め、馬の腹を蹴った。
だが、馬は疲れ切っていた。蹄が土を蹴るたびに息が乱れ、騎兵との距離はみるみる縮まっていく。
(駄目だ!追いつかれる⋯⋯!)
オレは立ち止まり、咄嗟に手を掲げ、防御魔法を展開する。
「――ファイアシェル!」
瞬間、爆ぜるように炎の障壁が広がり、周囲の空気を焼き尽くす。
熱風が吹き荒れ、焦げた草の匂いが立ちのぼった。
オレはアイテムボックスから鉄の盾を取り出し、荒い息を整える。
騎兵たちは一定の距離で馬を止めた。
砂煙の向こう、揺らめく炎の帳の向こうに、数十の影が整然と並んでいる。
その中から十騎程の騎士がこちらに向かって来るゆっくり近づいて来た。そして、オレの前で止まる。
鎧の金属が日光を反射し、刃の光がちらついた。
「破滅の魔術師カズーはお前だな! 武器を捨てて投降しろ!」
鋭く響く声。
その響きに、オレはギルドマスターの言葉を思い出す。
(捕縛か殺害命令――つまり、捕まれば終わりだ)
「そうだ! オレが破滅の魔術師だ! 殺されたくなければ退散しろ!」
挑発に騎士たちは動じず、むしろ剣を抜く音が一斉に鳴り響く。
刃が炎を映し、赤く鈍く光った。
オレはもう一度詠唱する。
「サンドウォール!」
大地が唸りを上げ、土の壁がせり上がる。
だが、幅はわずか五メートル。容易に迂回されることは明らかだった。
一騎が迷わず突撃してくる。
炎の障壁を突っ切り、鎧が焼け焦げる匂いが漂うが、止まる気配はない。
その剣が振り下ろされた。
オレは盾を構え、攻撃魔法を放つ。
「ウィンドボール!」
至近距離で放たれた風弾が、騎士を吹き飛ばした。
鉄と肉がぶつかる鈍い音、そして炎の外へ叩き出される影。
だが、包囲は狭まっていく。左右から突き出される槍の光。
左は盾で受けたが、右の槍が肩を抉った。
血が噴き出し、焼けつくような痛みが全身を走る。
「ウィンドボール! ウォーターボール!」
風と水の魔法の球が、二人の騎士を弾き飛ばす。
その時、馬が悲鳴を上げた。
振り返ると、後方の騎兵が馬に槍を突き立てている。
「ファイアボール!」
怒りと共に放たれた火球が炸裂し、炎が騎兵を飲み込む。
熱気が一瞬、砂の上を駆け抜けた。
(駄目だ! このままでは囲まれる⋯⋯!)
オレは必死に土の壁まで退き、背後を塞ぐ。
(これで後方からの攻撃は防げる!)
全力で詠唱を重ねる。
「マルチファイアブレード!」
「ファイアアロー!」
「ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
四大元素が混ざり合い、轟音と閃光が戦場を包む。
炎と風が渦を巻き、水と土が爆ぜて騎兵を薙ぎ倒す。
焦げた砂塵が舞い、空が赤く染まった。
残った騎兵たちは怯え、互いに目を合わせたのち、後方の本隊へと撤退していく。
荒い息を吐きながら、オレは血に濡れた肩を押さえた。
焦げた地面の上に立つ自分の影が、ゆらりと揺れる。
そしてオレは学ぶ。
〈囲まれると危ない〉
と言うことを。
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