第43話 展開

 オレは、もう直ぐ昼だというのにベッドで横になっていた。

 昨日から決めていた——今日は休む、と。

 薄いカーテン越しに差し込む陽光が、白い天井を淡く照らしている。外では、遠くの方角からかすかな鍛冶の音が響いていた。


「ドン!ドン!ドン!ドン!」


 突然、扉を叩く音が部屋を震わせた。

 オレは寝ぼけ眼を擦りながら体を起こし、面倒そうに扉へと歩み寄る。


「……誰だ?」


 返事を待つ間もなく、再び叩く音。

 重い木扉を開けると、そこには血相を変えたギルドマスターが立っていた。汗を滲ませ、目は焦燥で揺れている。


「カズーさん! 急ぎで話したいことがあります! 失礼します!」


 言うが早いか、彼は部屋に飛び込み、素早く背後の扉に鍵をかけた。

 オレはその様子をただ見つめ、ようやく目が覚めていくのを感じた。


 ギルドマスターは息を整え、真剣な目でオレを見つめてきた。

「カズーさん、私はあなたの味方です。……正直に答えてください」


 一瞬、時間が止まったように感じた。

 彼は唇を噛みしめながら問う。


「あなたは、“破滅の魔術師”ですか?」


 ——その言葉で、すべてを悟った。


(……バレたか)


 オレは、もう隠しようがないことを理解した。

 名前も変えず、冒険者ギルドに登録し、堂々とクエストを受けていた。

 いつか露見するかもしれないとは思っていたが、まさか今日とは。


 オレは静かに頷いた。

「はい。その二つ名は、私のことです」


 ギルドマスターの肩がわずかに震える。

 だが、恐怖よりも哀しみの色が濃かった。


「そうでしたか……。理由は分かりませんが、あなたには——奴隷からの脱走、鉱山の破壊、そして男爵様の息子の殺害で、捕縛または殺害命令が出ております」


(やはり、動き出したか……男爵が)


 胸の奥で、冷たいものが広がっていく。


 オレは、静かに息を吸って言葉を返した。

「ギルドマスター、オレは奴隷ではない。鉱山を破壊したのは、オレの恋人を殺した男爵の息子への復讐のためだった。……そして、男爵の息子を殺したのはオレではない。魔物だ。もっとも——その魔物が殺す原因を作ったのはオレだ。だから、男爵が許すはずもない」


 ギルドマスターは沈痛な面持ちで頷く。

「……スタンピードマスターを討伐したときのあなたの魔法、それで気づかれたようです。破滅の魔術師——その名にふさわしい力でした。もうすぐ兵がこの街にも到着するでしょう。逃げなさい。男爵がどう言おうと、あなたはこの街の英雄だ」


 オレはその言葉に、短く「ありがとう」とだけ返した。

 胸の奥に熱いものが込み上げる。

 彼の信頼を裏切るわけにはいかない。


 宿屋の裏口から外へ出る。

 陽光がまぶしい。街の喧噪がいつもより遠く感じる。

 ギルドマスターの警告どおり、兵士の気配が近づいているのを感じた。


(ここで戦えば、街の人々を巻き込むだけだ……)


 外郭街は城壁がなく、門も存在しない。

 そのおかげで、逃げるには都合が良い。

 オレは馬を引き寄せ、東の街道へと進むことを決めた。


 西へ行けば公爵の城塞都市がある。

 そこへ逃げ込めば保護は受けられるかもしれない。

 だが——公爵様に迷惑はかけたくなかった。

 男爵の息子殺害の罪がある限り、どこかでけじめをつける必要がある。


 街道には、荷馬車と旅人がまばらに行き交っている。

 オレはフードを深く被り、人の目を避けながら黙々と進んだ。

 昼を過ぎ、太陽が真上に昇る。

 鉱山都市の輪郭が、遠く霞んで見えなくなっていく。


(……これで、鉱山都市ともお別れか)


 本来の目的は、ナリアの仇であるイザリオを討つことだった。

 だが、オレは直接手を下さなかった。

 今になって思えば、それでよかったのかもしれない。

 罪悪感が、ほんの少しだけ軽くなっている気がする。


 スタンピードマスターを討伐し、街を救えた。

 そのことがせめてもの救いだ。


(いつか、また鉱山に戻ろう。

 そして——ナリアに伝えよう)


 そう誓いながら、オレは馬の腹を軽く蹴った。

 風がローブをはためかせ、乾いた土の匂いが胸いっぱいに広がる。


 ——このとき、オレはまだ知らなかった。

 この逃避行の先で、すべてが急速に動き出すということを。


 そしてオレは学ぶ。


〈事態は急展開する〉


 と言うことを。

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