エロゲの鬱エンド世界に転生した。病んでしまったメインヒロインを救済したら、俺への重すぎる溺愛が止まらなくなった。

古湊ナゴ

プロローグ バッドエンド後の世界

 あぁ――最悪だな、と思った。

 俺が転生を果たしたのは、すでにエロゲ世界だった。


(くそ……転生するにしても、なんでこの鬱ルートなんだよ……っ)


 俺の視界の先では、華奢な美少女――エナ=リファインが、虚ろな目で呆然と立ち尽くしていた。

 彼女の座席は……悪意に満ちた落書きで埋め尽くされ、その上には菊の花の花瓶が置かれていた。

 エナの薄い唇が、小刻みに震える。


「ぅ……っ、なん、で。こんなこと、するの……?」


 ここは、俺が生前にプレイしていた18禁の恋愛ゲーム――『誓約のマギア・アカデミー』の世界なのだろう。

 そしてエナは、そのパッケージヒロインだ。銀と水色の混ざった綺麗な髪に、華奢で儚げな雰囲気を纏った可憐な容姿。献身的で健気な性格が人気を博した、主人公とは幼なじみの関係にある美少女である。

 

 メインシナリオ上でのエナは、やや内気なところがありつつも友人には恵まれ、ほとんどの登場人物たちに愛されていたキャラクターだった。

 だが……この鬱エンドでは、とある事件をきっかけに彼女は“魔女”と呼ばれて蔑まれ、陰湿ないじめを受けるようになってしまう。

 俺の目の前の光景は、まさに、その鬱エンドが確定したあとのシーンだった。

 

「ぁ……花瓶。かたづけ、ないと……っ」


 それからエナは制服の袖で涙を拭って、置かれていた花瓶を手に取って教室の外へと向かおうとした。

 しかし――彼女が通り過ぎる瞬間に、ひとりの男子生徒が足を伸ばす。

 がしゃん、と花瓶の割れる音。

 転倒したエナが、小さな悲鳴を漏らす。


「ぁ、うっ……っ、痛……っ」


 そんな彼女の姿を嘲るような、くすくすというクラスメイトたちの笑い声。

 ……この場の空気を吸っているだけでも胸糞の悪くなる、異常な光景だった。

 彼女に足を引っかけた男子――アーウィン=セルバスは、サイドテールに結ばれたエナの綺麗な髪をぐしゃっと強引に掴んで、


「ははっ。酷いなあ、エナは。せっかく僕らがプレゼントを用意してあげたのに、壊しちゃうなんて」


「ひぃっ……ご、ごめん、なさ……っ、」


「ん? 声が小さいなあ――この、クソ魔女が」


 醜悪な笑みを浮かべるアーウィン。

 彼の取り巻きの生徒たちも、げらげらと悪趣味に笑っている。


(…………はあ。クソなのは、お前のほうだろうが――)


 そんな、どうしようもないくらいな空気を前にして。

 俺は気づけば、アーウィンの席へと一直線で歩き出していた。

 そして――、


「ん? どうしたのかな、き――」


 思いっきり。

 アーウィンの右頬へと――全力で、拳を振り下ろす。


「――――みっ、はがぁっ!?」

 

 がしゃん!! どん、がらんっ!!

 ……アーウィンの身体が吹き飛び、机や椅子を巻き込んで、そのまま床へと頭を打つ。


 教室中が、しんと静まり返る。

 やや遅れて、俺は自分のしたことを理解する――ほとんど無意識のうちに、俺はアーウィンをぶん殴っていたらしい。……まあ、後悔なんてまったくしていないが。

 ふと視線を下ろすと、そこには、エナの怯えと困惑が混じった表情があって。


「…………ぇ、シルト、くん……?」


 エナはその綺麗な藍色の瞳を潤ませて、上目遣いで俺の顔をじっと見てくる。

 シルト=ルージア。俺みたいなモブの名前を覚えてくれているとは、さすがはエナだなと思う。俺の肉体に残されたシルトの記憶を辿ってみるが、彼女とはたったの数回しか会話をしていないはずだ。


 さて。それは、それとして。

 俺はできるだけ優しい笑みを作って、エナへと手を差し出した。


「行こう、エナさん。その膝の擦り傷、俺が治療してあげるから」


「ぁ……う、うん……っ」


 おそるおそるといった調子だったけれど、エナは俺の指先をちょこんと掴んでくれた。

 そのとき、アーウィンが惨めったらしく何かを喚いていたような気がしたが――そんなものは、もう俺の耳には届いていない。

 ふらふらと立ち上がるエナの華奢な身体を支えてから、俺は彼女の小さな手を引いて教室を立ち去った。

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