口に出したことが全て実現する世界[※実話]
そこはかとなく竹楊枝
口に出したことが全て実現する世界
「いやだからね。ちょっぴり惜しいことをしたなってそのくらいの話なのさ。
テスト直前に書き換えてしまった回答こそが実は正解だった!とか。高校時代に仄かに恋心を抱いていた女子と実は両思いだった!とか。その程度の惜しい話だ。僅かな行動や言動で結果は大きく変わったろうが、いまさら地団駄を踏んで悔しがるほどでもない。そんな感じなんだ。
この話を聞いてくれたら、きっとお前も俺を許してくれると思うぜ。どうか聞いてくれよ。
あのな。実は俺はたった一時間前まで”不思議な国”に居たんだ。ありゃ天国か、はたまたユートピアか。あの浮世離れさを未だに鮮明に覚えてるぜ。普通は忘れてしまうもんだが、意外に覚えてるもんなんだよな。
あぁ、別にすっぽんすっぽんの羽をつけた赤ん坊が浮いてるとか、布一枚つけた神様がリンゴを食べるのを咎めてくるとか、そんな感じの異世界じゃない。その世界自体は普段俺たちが生きている世界、つまりこの現実世界と変わりないんだ。首都は東京だし、政治家は例の如く無能だし、俺は冴えない大学生だ。ただ一つ違うとしたら、その世界の主人公は紛れもなく俺で、俺の為だけに世界が誂えられているってことかな。
タイトルをつけるのなら...『口に出したことが全て実現する世界』ってとこだ。
その世界で目覚めた当初、俺は自分の特別性にちっとも気づいていなかった。モーニングルーティンをこなすだけの人間機械だった。独り暮らしゆえにこそ、朝飯だって自分で作らなきゃいけない。洗い忘れたフライパンを見つけた暁には、朝から気分が真っ青ブルーになっちまう。それで思わず呟いたんだ。
”メイドでも現れて全部やってくれねえかな...”
ってな。そしたらまあびっくり!目の前に古風なメイド服を着た家政婦さんが現れたじゃありませんか!
俺は思わず腰を抜かすけど、すぐに順応するんだ。まあ、あっちの世界では平常時の違和感なんてまあ機能しないからな。その時ばかりはそれが当たり前かのように本気で感じているんだ。お前だってそういう経験あるだろ?
とにかく、ほっぺが落ちるような朝ごはんをメイドさんにしこたま作ってもらって、俺は優雅なモーニングを楽しんだ。それから何かデザートが食べたいなと思ったので、こう呟いた。
”美味いお菓子でも食べたいな”
別に何の菓子でも良かったのさ。腹八分目もそこそこに、アイスの一つでも出てくれば上出来だった。
するとどうだろう。カーテンが一気に吹き飛び、窓がガタン!って開きやがった。
窓の外から滑り込んできたのはふわふわの”雲”だった。俺は指で一掬いして舐めてみた。あわやほっぺた無くなるかと思ったぜ。この世の砂糖をすっかり煮詰めたみたいな濃厚な甘さと、それでいて小さっぱりした後味が広がるんだ。あんな美味い綿あめ、後にも先にもあれだけだった。
綿あめをたらふく食べたあと、俺は残りの綿あめに乗っかって雲の上へと連れていかれた。そこにはヘンゼルとグレーテルが失禁するくらいバカでかいお菓子の城があってな。豆煎餅みたいなのから、地中海の伝統お菓子まで、この世の全ての菓子類が集まっていたんだ。
朝からフードファイター顔負けに食ってるくせして、俺の腹はちっとも苦しくなかった。俺が満腹になりたいと思えばそうなっただろうし、俺が望めば空腹になってくれる。それだけ俺に都合よく出来てた。
食堂が18つと、ベランダが78か所、図書館の本は全部パイ生地で出来ていたし、プールにはサイダーがなみなみ満ちていた。あれら全部が俺のモノだったんだ。
でもよ、一人で王様気分やるのも段々飽きて来るってもんだ。だいたい想像はできるだろ?俺は次にこう呟いたのさ。
”銀髪エルフ耳のタッパがデカい彼女をください!”
俺はありとあらゆる性癖を凝縮、具現化したガールフレンドを手に入れた。もうここで終わってもいい。そう思えるだけ甘美な夜を過ごしたぜ。この世のありとあらゆる幸せを謳歌した俺は、いい加減この能力を世のため人のため使おうと決意した。俺ってば慈善的だろ?
とはいっても何をすればいいのかなんてわかんねえ。俺は言外の意思に対する全幅の信頼のもと、こう叫んだ。
”世界よ!平和になれ!”
その直後だったな。安全でクリーンでパーフェクトな発電方法が発明されたのは。
エネルギー問題が解決したおかげで、世界のあらゆる問題が一挙に解決した。俺が世界の理を変えたみたいに、俺に併せて世界の理が変わったみたいに、万事が順調に進んだ。
世界中の独裁者どもはコロっと逝っちまった。武器が全部不発になったとか、そんなバカげた理由で紛争も完全収束した。我ながらアホな顛末だと思うが、俺は確かに世界を救っちまったんだ。
世界平和の象徴として祀られながら、俺は地球の全てを手に入れた。否、地球以外の全てだって思うがままだった。
そして19人目の妻の胸を弄びながら、俺はボソッと言ちたのさ。
”まるで夢みたいだな”
目が醒めたときには、時刻は既に9時を回っていたわけさ。」
長い長いセリフに口を挟まず聞いてくれた我が親友。彼はコクコクと何度も頷きながら、長い長い溜息をついた。
「寝坊の言い訳はそれだけかい?」
口に出したことが全て実現する世界[※実話] そこはかとなく竹楊枝 @takeyouji
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