ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編 Ver.2

@kyarypamyupamyusama

第1話 約束の言葉、始まりの二人

「金メダルを取って、おばあちゃんにプレゼントしたいです」


新入部員の自己紹介。うららかな春の日差しが差し込む、少し埃っぽい部室の中。杏子(きょうこ)の、静かだが、凛とした声が響き渡った。

他の新入部員たちが「礼儀作法を身につけたい」「集中力を付けたい」と、どこか無難な目標を掲げる中、その言葉は、あまりにも真っ直すぐで、鮮烈だった。

声に揺らぎはなく、その真っ直ぐな瞳には、澄み切った決意が宿っている。部室のざわめきが、一瞬にして静寂へと変わった。彼女にとって、それは単なる目標ではない。自分を育んでくれた大好きな祖母への、最大の恩返しであり、祖母が果たせなかった夢を引き継ぐという、神聖な誓いなのだ。


その静寂を、最初に破ったのは、冷ややかな嘲笑だった。

部室の隅で、スマートフォンから顔も上げずに、数人の三年生が鼻で笑う。


「はいはい、ご苦労さん」

一人が、面倒くさそうに吐き捨てた。

「毎年いるよな、こういう夢見る夢子ちゃん。どうせ、続かねーけど」


その言葉には、ただの皮肉を超えた、淀んだ苛立ちが感じられた。彼らにとって、この弓道部は、もはや情熱を傾ける場所ではない。仲間と時間を潰すためだけの、形骸化した存在。だからこそ、杏子のような純粋な光は、彼らの目にひどく眩しく、そして不快に映るのだ。


その光景を、二年生の三納冴子(さんのさえこ)は、苦い表情で見つめていた。

(……またか)

胸の内で、希望と不安が渦を巻く。自分と同じように「全国優勝」を目指す仲間が現れたことに、胸が熱くなる。だが同時に、この淀んだ空気の中で、その清らかな決意が汚されてしまうのではないかという、強い危惧を覚えていた。

(今日に限って、国広先輩も、瑠月(るか)さんもいないなんて……)

普段、この三年生たちの抑え役となっている、あの二人がいれば。冴子は、唇を噛み締めた。


杏子は、三年生たちの冷ややかな態度に、一瞬戸惑った。彼らの軽蔑の眼差しが、大切な夢を土足で踏みにじるように感じられ、胸が詰まり、身体が硬直する。どう返していいのか分からず、ただ、立ち尽くしてしまう。


冴子が、意を決して庇おうとした、まさにその時だった。

空気を切り裂くように、鋭く、そして大きな声が部室に響き渡った。


「自分が結果を出せねえからって、他人の目標にぐちぐちケチつけてんじゃねえよ!」


声の主は、杏子と同じ新入部員、栞代(かよ)だった。椅子を蹴立てるように瞬時に立ち上がった彼女は、三年生たちを真っ直ぐに睨みつける。長身で、鍛え上げられたその身体からは、圧倒的な気迫が放たれていた。


「なんだと、てめえ……!」

三年生の一人が反発しようとするが、栞代の、獲物を射抜くような鋭い視線に気圧され、言葉を詰まらせる。新入部員に、こうも堂々と反撃されることなど、彼らは全く予期していなかったのだ。


険悪な空気が、部室を支配する。その緊張を、静かに断ち切ったのは、入り口に立っていたコーチの、落ち着いた声だった。

「目標は、大きければ大きいほどいいんだ」


その一言が、重苦しかった空気をわずかに変えた。栞代は、胸を張り、まだ鋭い視線を三年生たちに向けたままだ。その凛とした姿に、杏子は、強張っていた肩から、ふっと力が抜けるのを感じた。


自己紹介は、どこか気まずい雰囲気の中、結局、途中で打ち切られた。


帰り道。夕日が、校舎を茜色に染めていた。

「杏子、だっけ? おまえ、たいしたもんだよ。あいつらの前で、堂々と言い切るなんて。めっちゃ、かっこよかったぜ」


後ろから、栞代が声をかけてきた。さっきまでの刺々しい雰囲気は消え、その声は、驚くほど優しく、穏やかだった。


「……実は、オレも、ほんとはあいつらと大差ないんだ。弓道は個人競技だから、ちょっとくらいサボっても、誰にも迷惑はかからねえ。そう思ってた」


その声には、少しの自嘲が混じっていた。中学時代、バスケットボールに全てを捧げ、期待と重圧の中で心身ともに追い込まれた経験が、栞代を臆病にさせていた。もう二度と、あんな思いはしたくない。高校では、真剣にならず、誰にも期待されず、のんびりとやりたい。そう思っていた。


しかし、杏子の、あの真っ直ぐな瞳。その瞳に触れた瞬間、栞代の心は、激しく揺さぶられた。かつての自分が持っていた、純粋な情熱を、思い出さずにはいられなかった。


「だが、杏子。気に入ったぜ。お前のその目標、オレにできることなら、全力で協力させてくれ」

栞代はそう言って、少し照れくさそうに笑った。自分が味わった苦しみを、この少女には味わわせたくない。彼女を支える力になりたい。その一心だった。


杏子は、その言葉に、はにかむように微笑んだ。そして、栞代の予想もしなかった言葉を、返した。


「ありがとう。でもね、わたしが欲しいメダルって、団体戦の、なの」

「え……?」

「だから、協力、じゃなくて。……一緒に、取ろうね!」


その言葉に、栞代は、時が止まったかのような衝撃を受けた。

「え、オ、オレも……? やるの……?」


真剣に何かに向かうことの辛さを、その果てにある痛みを、栞代は知っている。サポートするのと、当事者になるのとでは、覚悟の重さが全く違う。心の中に、逃げ出したいという気持ちが、渦を巻く。


しかし、杏子の、どこまでも真っ直ぐな瞳に見つめられ、そして、その小さな手に、そっと自分の手を握られてしまっては。


もう、断るという選択肢は、どこにもなかった。

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