第5話 最終話
あの後、お迎えにきたみんなとミグナ国を後にして蟹推しの国に向かった。
何だか大人達はわちゃわちゃして、忙しいようだったけれど、蟹推しの国のバタービーちゃんはいつも通りのんびり花畑を飛び回っていて、俺も一緒に追いかけっこをして遊んだ。
「あ!蟹さんです!!」
花畑は砂浜にあるので、たまに海の生き物も顔を出す。しゃがんでオレンジ色の蟹さんをツンッ!したら、カシャン!と指を掴まれた!!
「いたっ」
「おい!大丈夫か!!」
キィちゃんがすぐによってきて、俺の指から蟹をとってポンと海に投げ捨ててくれる。
「へへ」
「気をつけろよ……」
「ありがとうですぅ」
キィちゃんにお礼をいうと、キィちゃんは何だかちょっと困ったような顔になった。
「??キィちゃん何かお悩みですか?」
「……いや……ミグナでは……悪かったな……」
「??」
キィちゃんは、俺のちょっと赤くなった手をじっと見てボソリと言った。
「俺が不甲斐ないばかりに、お前に怖い思いをさせた……」
「楽しかったですよ?」
「……」
「あ、そうだ、すごいお薬を作りました!!これです!!これは薬草図鑑にものっていないSUGEEEなお薬で、SUGEEEな薬師さんと一緒に作った合作です!!」
「へぇ……お前、薬作り好きだよな?」
「大好きです!!」
二つの瓶のうち一つをキィちゃんに見てみて!すると、キィちゃんは蓋をあけて匂いを嗅いだり好奇心旺盛に色々確認し始めた。
「それで、これってどういう薬なんだ?」
「『惚れ薬』です!」
「…………は?」
「これはとある王にならねばならぬ男と高貴な貴族様の真実の愛を証明したお薬です」
「…………おう!」
まぁ、キィちゃんには難しかったかな?
大人のお話だしね?
「なんかわかんねぇけど、すごそうだな?」
「じゃあ、ちょっと試しに飲んでみますね?」
「は?!ちょ、まて!!なんでそうなる?!」
「解薬を飲めば大丈夫!」
「いやいや、どう考えても大丈夫な感じはしねぇぞ?!」
「でも、お薬が完成したかは飲んでみないと」
「だからってお前が飲むな!!」
「製造者責任で、ロウちゃんが試すしかないのです!!」
「いやいや、まて、まて、俺が飲むから、ちっとまて」
「??キィちゃんが??」
「おう、大丈夫なんだろ?俺がのむから、飲んだら解薬を頼むわ」
「……」
「キィちゃん、これは思い人がいない人には効果が……というか、ロウちゃんも思い人はいないので、飲んでも効能が……あ!!キィちゃん!!」
やっぱりやめておこう!したら、時すでに遅し、キィちゃんがごっくんしてしまった。
「!!」
「……」
キィちゃんはぷはぁー!すると、ふむ?みたいな顔になる。
「普通にうめぇ炭酸水だな」
「!!」
炭酸水とな?!
俺もごっくんしてみる。
シュワシュワしてとっても美味しい。
カカカカカ草がいい仕事をしているぅ!!
「美味しいです!!」
「だな!!うまいな!!」
もう一本のんでもいいな!な感じで二人で笑い合う。
どうやら『惚れ薬』は失敗だったらしい。
ラシン様……どうやら、ご先祖様は惚れ薬は失敗だったようですよ?
おそらくご先祖様の気持ちを察した騎士様が、姫様と幸せな生活を送ることを選んだのだろう。
『惚れ薬』……中々ロマンがあるお薬でした……。
ーーーーーーーーーーーー
アールノッテ国に入り、安全圏に移動したことで、少しばかりほっとしたメリッサは、翌朝思わぬ報告を受ける事になる。
「ドラオ君が?」
「えぇ、今朝から様子がおかしくて……護衛仕事ではなくて戦に参戦したいと言い出しているのです」
「………それは……おかしいね……昨日何かあったのかな?」
ロウヴィルに惚れているドラオは、ロウヴィルの近くにいられる護衛の仕事を何よりも望んでいた。今回、任務を果たせなかったが、ロウヴィルは拉致された先でよくしてもらっていたようで、これと言って変化はみられず元気な様子であった。ゆえに二人の関係に今回の事件が影を落とすことはないように見えていた。
「二人で花畑を見に行っていたので……もしかしたらその時に何かあったのかもしれません」
「ちょっとロウちゃんに聞いてみようか……」
「メリッサ卿!!ロウヴィル様がっ」
「!!」
ロウヴィルの護衛が、ただならぬ様子で駆け込んでくるのを見て、メリッサは、急いでロウヴィルの滞在する部屋に走る。
部屋にいたロウヴィルは、ぼぉっと外をみていた。
「??父上??」
「ロウちゃん……何があったの?様子が変だと聞いたけれど」
「様子が?ですか??……よくわからないですが、私は普通ですよ?まぁ、しいていえば眠いですが……??長旅で疲れたのかもしれません、昨日は到着が遅くでしたから」
「…………昨日は昼には到着していたけれど……ロウちゃん、昨日のことを覚えている?」
「……昨日は、ミグナ国の貴族さんのお宅に滞在し、父上が迎えにきて一緒にアールノッテ国に向かい、アールノッテ王が歓迎してくださり、特産品でもあるバータビーをみせてくださいました」
「…………ドラオ君と一緒に浜辺にいったことを覚えている?」
「…………ドラオ?誰ですか?」
「……」「!!」「!!」
「まさか……め、メリッサ卿……っっロウヴィル様は……」
「薬草図鑑を」「御意!!」
メリッサはすぐに薬草図鑑を持ってこさせて、ロウヴィルの前に開く。
「これはわかる?」
「?勿論です。私は薬師免許をもっていますからね……これは……ん?これ、私のですか?私が薬師になってからこんなに年数がたってはいないのでもっと図鑑は新しいのでは?」
「…………」
「………」
「華先生のことは?覚えている?」
「??…………どなたの事でしょう?」
「大華屋敷やルイたんのことは?」
「……??どの国のことでしょうか?」
「……」「……」「……」
メリッサは、基礎薬を一本のませ、ロウヴィルに眠りにつくように指示した。
それから、ドラオの往診に向かう。
そこでもまた局所的に……こちらはロウヴィルの記憶だけがごっそりと抜けていることに気がつく。
キィちゃんと呼ばれていたことも、ロロという名前も全て消え失せていた。
記憶がごっそりぬけた二人の様子に、メリッサは、間違いなく何らかの薬が関わっていると結論づけた。
それはミグナ国の滞在中に盛られていた可能性が高く……遅効性で効果が出てきたと判断するのが適切な気がした。
メリッサは、すぐにミグナ国を包囲している兵に、ミグナ国の薬師を殺さずに、できるだけ資料を焼き払うことなく全て接収せよ!と伝令を飛ばした。
盛られた薬の手がかりを少しでも得るために……。
その後、海路で帰国した後、メリッサは、薬師協会のコーディネーターがミグナ国と密通し、大師の身柄を拘束したことについての抗議とともにその年の総会を欠席した。また、次年度以降の訪問予定を全てキャンセルした。
総会は紛糾したが、大師訪問を受けた多くの国が、今回のミグナ国で受けた暴挙について糾弾する立場をとり、しばらく大師様の療養のためにも見守るという形を示した。
こうして大師様の姿はしばらく表舞台から消えることになる。
ロウヴィルとドラオの記憶喪失については極秘とされ、メリッサ家と辺境伯家の一部の者達だけでひっそりと情報が共有された。
事件から3ヶ月後、新年の挨拶にメリッサは辺境伯家を訪れる。
定例的な挨拶の後、人払いがされた。二人の様子について、進展がないと報告をうけたランドルフは、苦い顔になる。
「このような事になって大変に申し訳ない……先のことは、うちのアホがついていながらの事、元を辿れば、みすみす誘拐された事によるものであろう……あげくあのアホは心中の誓いをたてるほどの惚れた相手を忘れるとは……面目ない」
「いえ……むしろ、ご子息がロウちゃんのことを忘れたことは、都合がよかったと思っています……これを機に今後は二人には貴族として歩むべき道を、節度ある距離をとらせましょう」
一度は二人を一緒にしても良いのではと結論づけた両家だが、記憶を失った今、無理に二人の仲を近付けるべき利点はないと感じていた。
「…………ふむ……メリッサ卿、記憶は戻らぬ可能性が高いのか?」
「……おそらく……華先生にも確認しましたが、服薬したのは『惚れ薬』ではないかとの事です」
「惚れ薬?!」
「それは名ばかりの記憶を失う薬です」
「………惚れ薬なのに?!どういう効能なのだ?!」
「……華先生の見立てでは……惚れ薬の本質は『大事な記憶を失う』というものではないかと……つまり、ドラオ君にとって最愛のロウちゃんに関する記憶がごっそりと除去されたのでしょう」
「………なるほど……そういう理屈か……ん?となると、ロウヴィル殿も今ドラオの記憶を失っていると聞いたが………??やはり二人は」
「ロウヴィルは大半の記憶を失っております……ご子息の事だけでなく、華先生のこと、大華様のこと、大華屋敷でのこと、旅した記憶……大なり小なり程度の差はありますが、全てがぼんやりしている様子です……」
「…………っっ!!」
「薬草や薬草調合に関する記憶は一つも失っておりません。なので薬の供給も薬師としても問題ありません……ただ、しばらくは屋敷で様子をみながら過ごさせようと思っております」
「そうだな……それが良いだろう……」
「では、報告は以上なので失礼します」
退室して馬車に向かうメリッサを、薄暗い廊下の先でお館様が待ち構える。
「メリッサ……」
「……」
反応せずに横を通りすぎるメリッサに、お館様はふっと息をついた。
そして、その腕をとり、後ろから引き寄せ、強く抱きしめる。
「……そう思いつめるな……二人の命には支障はないのであろう」
「……」
安心しろといわんばかりのどっしりした声色に、ぴくりとメリッサは反応した。
そのぬくもりに、堪えていた感情が高まる。
「……記憶は……戻らぬのです……」
「……」
「解毒薬に挑むだけの資格すら……私には、はるかに技量不足なのです……」
淡々と現実を語るその声は、はっきりと震えていた。泣き叫ぶ程の、激しい慟哭がその言葉には、込められていた。
お館様はぐっと力を込めてメリッサを抱きしめた。
「……今のロウヴィルは……ロウヴィルではないのです……私の知る……あの子では……」
振り返り、ぐっと抱きついたメリッサはその言葉尻を涙に詰まらせた。
ロウヴィルは……今も。
朝起きるたびに記憶を失っている。
自分では自覚できないままに大事な大事な記憶が一つ、またひとつ消えているのだ。
それを止める薬を作ることができない。
『惚れ薬』のレシピは突き止めた。
それでも、そのレシピをなすだけの腕がメリッサにはなかった。そのレシピをみた時に、はっきりとそれは突きつけられた。
自分には我が子を救えないのだと……。
日々、ロウヴィルは変わっていく。かつてのロウヴィルの天真爛漫さは今や消え失せている。
自分を見ては嬉しそうに笑って寄ってくる、新しいものを見つけて目を輝かせる……そんな当たり前に見てきたロウヴィルは、もうどこにもいなかった。
一体何を考えているのかわからぬような定まらぬ目で、周囲をキョロキョロみては、時に居心地悪そうにする。
薬草畑に立つロウヴィルは昔のように歓喜を表さなくなった。調合台に向かう時のご機嫌の彼の鼻歌も聞こえない。
淡々と、ただ、淡々と、薬を作る。
それはまるで、ロウヴィルの見ている世界がすっかり色を失ったと言わんばかりであった。
惚れ薬の本質は『大事な記憶を失う』……ロウヴィルにとって、全てが同じくらい大事な存在だった。
ゆえに沢山の記憶を失った。
それは同時に、以前のロウヴィルが沢山の大事なものに囲まれ、幸せな世界に生きていた証拠でもあった。
失った記憶が戻らないなら新しい記憶で、上書きすれば良い。言うのは簡単だ。
だが、まるで人格すら変わってしまっているロウヴィルに、何を語るべきか……。
今、ロウヴィルの中にあるのは常識的な貴族子息の道徳と行動指標だけだ。
貴族子息であることがロウヴィルの唯一のアイデンティティを支えている。全ての思考がそこを拠り所にしている。
今までは、その外に彼の好きと関心事があり、ゆえにロウヴィルは、好きを原動力に猪突猛進に知らない世界に飛び込み、新しい発見とともに大事なものを積み重ねていったのだ。
模範的な貴族のロウヴィルなど……ロウヴィルではない……。
「メリッサよ、しばらく休むといい……お前にも、今のロウヴィルを受け入れるために、時間が必要なのだ」
その優しい言葉にのせられて、メリッサは静かに目を瞑り思考を止める。
闇は、自身の輪郭を曖昧にし、寄り添う熱は、境界線から徐々に侵食し、冷え切った内側を温める。それは、とても心地よく感じられた。
【惚れ薬:効能 大事な記憶を除去し、秩序を重んじる思考が強くなる】
To be continued……。
ロウちゃんの最後の旅【100話記念】 @satoika
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