第16話 三人の休日(デート)

 日曜日、駅前の時計台の下。

 待ち合わせ時間の五分前に着くと、そこにはすでに見慣れた親友の姿があった。


​「ごめん、雫! 待った?」


「ううん、今来たとこ」


 ​振り返った雫の姿を見て、私は思わず息を呑んだ。

 彼女が着ていたのは、先日、二人で買い物に行った時に、私が「似合う」と言って、彼女が買ってくれた、あの水色のワンピースだった。

 ​ふわりと広がるスカートが、風に優しく揺れている。普段のクールな制服姿とは違う、女の子らしいその服装は、雫の透き通るような美しさを、より一層引き立てていた。


​「わ、その服……! すっごく可愛い! やっぱり、すごく似合うね!」


 私が素直な感想を口にすると、雫は少しだけ恥ずかしそうに俯き、小さな声で呟いた。


​「……茜が、似合うと言ったから」


 ​その仕草に、私の心臓が、またしてもきゅん、と鳴った。


(いかんいかん、プロデューサーがアイドルに見惚れてどうする!)


 ​私は慌てて思考を修正する。


(そっか……! 今日の光ちゃんとのデートのために、一番の勝負服を着てきたんだな! 私が選んだ服を、光ちゃんへのアピールに使ってくれるなんて……健気すぎるぞ、雫!)


​ 私が一人で感動していると、そこに太陽のような声が割り込んできた。


「お待たせしましたーっ! 茜せんぱーい!」


 ​声のした方を向くと、そこにはぶんぶんと手を振りながら駆け寄ってくる、光ちゃんの姿があった。

 光ちゃんも制服ではなく、白いブラウスに元気な黄色のショートパンツという、彼女らしい活動的な私服を着こなしている。


​「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」


「ううん、私たちも今来たとこだよ」


 ​光ちゃんは、私の姿を見るなり、ぱあっと顔を輝かせた。


「わー! 今日の茜先輩、すっごく可愛いです! 普段の制服も素敵ですけど、私服はもっと最高です! え、もしかして天使ですか!?」


「天使ではないかな!」


 ​全力で褒めちぎってくる光ちゃんの勢いに、私が苦笑いでツッコミを入れる。

 すると、光ちゃんはくるりと雫の方へ向き直った。


​「雫先輩も、今日の服、可愛いですねー。すごく、似合ってますよー」


 うわ、光ちゃん、何でそこ棒読みなの?


「……そう。あなたも、茜に可愛いとでも言われたいの?」


「えへへー、バレましたか? 茜先輩、今日の私、どうですか!?」


 ​バチチッ、と二人と私の間で、見えない火花が散った気がした。


(うわー! 始まった! 恋のライバル同士の牽制合戦だ!)


 ​私の脳内では、二人はお互いを意識して、最高にオシャレしてきたことになっていた。


(青春だなー! 甘酸っぱいなー!)


 私は一人、にこにこと二人の様子を見守る。

 

 ​そんなこんなで、私たちは目的のクレープ屋さんに到着した。

 休日の人気店だけあって、店の前にはすでに行列ができている。


​「うわー、いっぱい種類があって迷いますねー!」


「本当だ。どれも美味しそう……」


​ メニューを眺めながら三者三様に悩む。

 やがて、私は一つのクレープに心を決めた。


「よし、私は王道の、いちごチョコバナナクリームにしようかな!」


 ​私がそう言った瞬間だった。


「「じゃあ、私もそれで!」」


 雫と光ちゃんの声が完璧にハモった。

 ​え?と私が二人を見ると、光ちゃんは「先輩と同じのが食べたかったんです!」と笑顔を輝かせ、雫は「……茜と同じものが、一番美味しい」と真顔で頷いている。


​(な、なるほどー!)


 私の思考回路が、またしても完璧な答えを導き出した。


(好きな人と同じものを食べたい……! 恋する乙女の、基本の『き』だ! わかる、わかるよ、その気持ち!)


 ​私は二人の健気な恋心に、再び胸を熱くするのだった。

 結局、三人で同じいちごチョコバナナクリームのクレープを買い、近くの公園のベンチで食べることにした。


​「んー、美味しい!」


 もちもちの生地と甘いクリーム、そしてフルーツの酸味。最高の組み合わせだ。

 私が夢中でクレープを頬張っていると、不意に、隣に座る二人が同時に、ぴたっ、と動きを止めた。


​「……茜、ついてる」


「先輩、クリーム、ついてますよ!」


 ​雫と光ちゃんが、全く同じタイミングで、私の口元を指さした。

 そして、これまた全く同じタイミングで、雫はポケットから取り出した真っ白なハンカチを、光ちゃんはクレープについてきた紙ナプキンを、すっ、と私の口元に差し出してきたのだ。


​「「…………」」


 ​二人の手が空中で静止する。


 右からは、雫のハンカチ。


 左からは、光ちゃんの紙ナプキン。


 ​私は、その二つの手と、二人の真剣な顔を交互に見比べ、完全に固まってしまった。


​「え、えっと……これは、その……」


 ​気まずい沈黙が公園に流れる。

 私の脳内BGMは、すでに『仁義なき戦い』のテーマに切り替わっていた。

 敏腕プロデューサーの私でも、この修羅場をどう乗り切ればいいのか、全く見当もつかないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る