3:禁断のデベロッパーツール

「あ、悪魔様…? それとも、女神様…?」


 腰を抜かした老婆――エララが、震える声で呟きました。遠巻きに見ていた村人たちも、恐怖と期待が混じった目で地面にひれ伏しています。


 わたくしは彼らを一瞥し、ため息を一つ。


「わたくしは神でも悪魔でもありません。言うなれば…システムの不具合を修正する、ただの“デバッガー”ですわ」


 村人たちには意味が分からないでしょう。しかし、その超然とした態度が、逆に彼らの畏怖を深めたようでした。


 わたくしはエララに手を差し伸べて立たせます。


「感傷に浸っている暇はありません。わたくしには人手が必要です。まずは現状を正確に報告なさい」


 彼女からの報告は、絶望的なものでした。土地は蘇ったものの、肝心の作物の種はとうの昔に食い尽くし、農具はすべて錆びつき、村の井戸も枯れかけている、と。


「土地があっても、我々には何もできねえんです」


 エララは、再び希望を失いかけていました。


「物理的に“無い”ものは生成できませんわね…今のわたくしには」


 わたくしは動じず、別の解決策を探し始めます。村の周辺を歩き、今度はより広範囲に、深く、世界の「情報」を探査しました。


 意識が、村外れの小さな洞窟に向けられます。他の場所とは明らかに違う、異質な情報。ウィンドウを開くと、そこにはこう表示されていました。


《アセット:未実装ダンジョン【始まりの揺り籠】》


 瞬時に理解しました。これは、ゲームで言うところの「没データ」。開発者が用意したものの、最終的にゲーム内には配置されなかったリソースの塊。本来、誰一人としてアクセスできるはずがない、禁断の領域です。


 わたくしはエララと数人の村人を連れて、その洞窟へ向かいました。入り口は、巨大な一枚岩で完全に塞がれています。


 わたくしが岩に手を触れると、新たなウィンドウが表示されました。


《アクセスが制限されています。認証キー:【ベータテスターID】が必要です》


「認証? 笑わせますわね」


 わたくしは不敵に笑います。


「エラーは、その存在自体を消去(デリート)すればいいだけの話です」


 わたくしは《アクセスが制限されています》という一行そのものに意識を集中させ、命令しました。


「――この行を、削除しなさい」


 一瞬、岩が映像ノイズのように激しく点滅します。そして、まるで幻だったかのように、すぅっと透明になって消え失せました。洞窟の奥へと続く道が現れます。


 息を飲む村人たちの前、洞窟の中には信じがたい光景が広がっていました。


 山と積まれた、新品の農具。麻袋に詰められた、発芽寸前の良質な種籾。そして、奥からは清らかな水の流れる音が聞こえます。すべてがシステムの備品【System Item】としてタグ付けされていました。


 わたくしは、完璧な状態のクワを一本手に取り、その重みを確かめます。


「どうやら“運営”は、ゴミの収集も満足にできないようですわね。結構。彼らの怠慢が、我々の糧となる。――さあ、開拓の時間ですわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る