2:追放先という名の実験場

 王都の喧騒が遠ざかっていくのを、わたくしは粗末な護送馬車の窓から、ただ静かに眺めていました。豪華なドレスは汚れ、手首には冷たい枷。しかし、不思議と心は穏やかでした。


 嘆き悲しむ代わりに、わたくしはあのパーティーでの出来事を、頭の中で何度も再生し、分析していました。


(あの現象の引き金(トリガー)は、規定値を超えた感情。そして、実行コマンドは、わたくしの“意志”。なるほど、実にシンプルですわね)


 数日が過ぎ、馬車が北の辺境領の入り口である、寂れた村に到着しました。護衛の騎士は、まるで汚物を捨てるかのようにわたくしを馬車から突き落とし、侮蔑の言葉と共に去っていきます。


 目の前に広がるのは、痩せこけた土地と、生気のない目をした村人たち。すべてが灰色に見える。王都とは比べ物にならない世界の「解像度の低さ」。システムの力が及んでいないのか、あるいは、完全に見捨てられているのか。


 やがて、杖をついた一人の老婆が、村の代表としておそるおそるわたくしの前に現れました。彼女は、わたくしの唯一の世話役を命じられたエララと名乗りました。


 彼女に案内されたのは、廃墟同然の古い屋敷。そして、敵意むき出しの瞳で、こう言い放ちます。


「ここに来た貴族様は、皆ひと月もせぬうちに飢え死にか病死です。…あんた様も、そうなるんでしょうな」


 屋敷には食料の備蓄が一切なく、村の畑も枯れ果て、誰もが飢えている。これが、システムが「悪役令嬢」に用意した、緩やかな死のシナリオ。結構ですわ。そのシナリオ、わたくしが根底から書き換えてさしあげます。


 わたくしは絶望せず、枯れた畑へと向かいました。そして、あの時のように意識を集中させ、世界の「情報」を読み取ろうと試みます。


 目の前に、半透明のステータスウィンドウが開きました。


《土地情報:土壌汚染度 98% (呪怨デバフ)》


 やはり。土地が死んでいるのは、自然現象ではなく、システムによる呪い(デバフ)が原因でしたのね。


「原因が分かれば、対処は容易い」


 わたくしは、その「呪怨デバフ」という文字列に意識を固定(ロックオン)します。そして、強く、明確に命令しました。


「――このデバフを、削除(デリート)する」


 足元から、淡い光の波紋が広がります。老婆が「ひっ」と息を飲むのが聞こえました。


 すると、黒く乾いていた大地がみるみるうちに潤いを取り戻し、枯れていた雑草の根元から、小さな緑の芽が息を吹き返し始めるではありませんか。


 エララが腰を抜かすのを尻目に、わたくしは再生した大地の一片を指で掬い、不敵に微笑みます。


「まずは住環境の整備からですわね。そして、この世界のバグを一つ残らず修正し、完璧なレポートを“運営”に叩きつけてさしあげます」

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