第12話 かくて聖女は落ちていく
肩で息をする。
さっきまで散々に暴れてやったせいか、周囲は酷い状態だった。
背の高い燭台が倒されて近くのカーテンが焦げ、藤花によって手近な陶器で殴られた侍女が、少し離れた場所で手当を受けている。
怒りを露わにしている恋人らしい騎士に睨まれたが、鼻で笑ってやれば激昂し、飛びかかろうとしたのを他の騎士たちに止められている状態だ。
その藤花も騎士により拘束されているが。
どさくさに紛れて頬を殴った騎士は後で呪ってやると思いながら、そっぽを向いて近づく足音を待つ。
「聖女トーカよ、選ぶとよい。
この世界に残り、王都から離れた地にある塔の中で幽閉される道を選ぶのか」
目の前の気に食わない顔の主が持つ、この国がクローズアップされた地図に✕が付けられている。
そこは王都から大分離れた場所で、過去に勉強した知識や過去の経験から、馬車で二週間間かかる場所だと知っていた。
「もしくは元の世界に帰るのか。
二つに一つだ」
サルキアは澄ました表情に、侮蔑を浮かべた瞳でこちらを見ている。
相変わらず顔だけはキラキラしくて鬱陶しいと、藤花は怒りに歪んだ顔を隠すことなく睨みつけた。
聞いた話では、過去に藤花がイヴリンに奇跡を起こしたことで、サルキアは王族であり続けることが許されず、藤花の後始末が終わったら臣籍降下とやらをするらしい。
ざまあみろだ。
「犯した罪が無くなることはないが、同時に元聖女として起こした奇跡も無かったとはならない。
本来ならば神の奇跡を私欲で扱った罪として死を求めるところだが、多くの民を救った功績から、幽閉か帰還かを選ばせるようにと陛下は仰られた」
「勝手なことばっかり。
あんた達が私を召喚したくせに、利用するだけ利用して、手に余るようになったらポイ。
ほんと、勝手な話よね」
吐き捨てるように言えば、藤花の世界では滅多に見ることのないだろう紫の瞳が眇められた。
「ああ、利用したことは認めよう。
けれど、忘れるな。お前を召喚した際に、聖女という立場を望まぬならば帰すことも可能だと、確かに我々は言い、お前は自分でここにいることを選んだのだ」
サルキアの唇が皮肉気に吊り上がる。
「ならば、利用したのはお互い様だ。
こちらは最大限にもてなしたし、できる限りの望みも叶えてきた。
代々の聖女達は慎み深かったというのに。聖女らしからぬ我儘も、全て奇跡があればこそと許してきた。
それを当たり前のように享受していた、そんな貴様に言われる筋合いも無い」
冷たさと厳しさの増した声は容赦などない。
「こうして話を伸ばしたところで、貴様に与えられた選択肢は変わらない。
狭い鳥籠で波風立たぬ生活を死ぬまで送るか、一度は捨てた故郷に今更のこのこと戻るか。
どちらがより不幸であるかは知らないが、好きに選ぶとよい」
「……最低野郎」
思えば、会った時からサルキアが嫌いだった。
立場、地位、容姿と全て持ち合わせていた。
彼を見ていると、元の世界にいたクラスで一番発言力のあったグループにいた、一人の男子を思い出す。
別に由緒正しい家の子ってわけではなかったが、父親はIT系会社の社長で、母親は昔読モだったらしい。
別にサルキアみたいな外見をしているわけではなかったが、自分に自信があって、命令するのに慣れていて、自分とは違う人間だった。
それを思い出して嫌いだった。
そして、藤花と同じグループだった男子の一人が、結構ロイスに似ていた。
勿論、外見は全く似ていなかったが、ちょっとした気遣いができるところとか、クラスで一番可愛い女子が頼み事をしても、藤花が掃除当番を頼んでも、嫌な顔をしないいい人だった。
それだけだった。
最初は親切だなって思うだけで、そこから話すようになって。
グループ内で考えてもバランスが取れていると思った。
不相応だとフラれることはなさそうで、でも周囲から馬鹿にされることもなく。
ちょうどいい。
それなのにフラれた。
好きな人がいるって、藤花達のいるグループよりも格下の、暗そうな女子ばっかりのグループにいる可愛くない子だ。
意味が分からなかった。
これだけ気を遣えるのだから、そういったことも空気を読んでくれると思ったのに。
学校に行くのが嫌だ。
彼はわざわざ言いふらすタイプじゃないと思うけど、誰か見ていたかもしれない。
そんなことになったら何を言われるかわからないし、もしかしたらグループから外されるかもしれない。
今はまだ二学期の半ば。ここでぼっちになんてなりたくない。
「元聖女トーカ・ミヤノ。もう一度聞く。
幽閉か、帰還か。決められないなら私が選ぼう」
思考の泡を割るようにして、サルキアの声が響く。
嫌な思い出に背中に汗が伝う。
あれからもう八年。藤花はもう大人だ。
もう学校に行く必要もないから、クラスの誰かと会うこともない。
きっと帰ってきた娘に両親は喜んでくれるだろう。
暫くはゆっくりして、大検でも取って就職したら人生に間に合うはず。
そういえば、観ていたドラマも途中だった。
平凡な女の子がアイドルになった幼馴染と再会して恋に落ちるという、典型的なシンデレラストーリー。
そう、平凡な女の子が特別になれる物語。
「帰るわ」
口にすれば簡単で、どうして最初からそう言わなかったのだと不思議になるぐらいだ。
そうだ。帰ってしまえば、こんな場所にいなくて済む。
元々生まれた世界でもなく、頼まれたから聖女としていてあげただけで、ここに残る義務などないのだから。
さっさと追い返すぞという声が上がる中で拘束から解き放たれ、背中を殴られたかのような衝撃で押し出される。
たたらを踏みながら魔法陣の中へと入り、振り返ってみれば、誰もが軽蔑と怒りに満ちた顔で見ていた。
この悪女が、と誰が言ったのだろうか。
儀式を執り行う神官達の呪い詞が部屋を占拠していく中で、よく響いた声は誰にも咎められない。
魔法陣が輝き始める。
ここに呼ばれた時と全く同じだ。
これが最後だと察し、藤花は口を開いた。
「元聖女としてここに最後の奇跡を」
大きく息を吸い込む。
「こんな世界、消えてしまえ!」
その途端、青い線が軌跡のように視界を走る。
少し落ち着いた青色。
それは糸だった。
それはロイスの色だった。
床から突き出すように現れる糸が視界を塗り潰していく。
これは奇跡だ。
あの女の、イヴリン・ブライアウッドが藤花から奪った奇跡。
「あんのクソ女!
死んでし」
言葉の切れ端を残し、宮野藤花は聖女であった世界から消失した。
** *
「藤花、そろそろ出てきて一緒にお話ししましょう。
あなたの為の大事な話なんだから」
今日もノックと共に、ドアの向こうから話しかけてくる母親が鬱陶しい。
「何があたしのためよ。
どうせ、いつものようにハロワに行くか、バイトの面接を受けなさいって話でしょ。
今イベント周回で忙しいから放っておいて!」
最後は大声を上げてドアを蹴りつけてやれば、ヒッという悲鳴と共に母親の気配が消えていった。
「こちとら世界を救うのに忙しいってのに、本当、邪魔しないでよね」
もう一度ドアを蹴ってからベッドに戻る。
枕元に転がっているのは充電されているスマホで、画面には最近配信を始めたソシャゲが映されたままだ。
藤花が気に入って使用しているキャラクターは聖女。
元聖女である藤花にピッタリので、サポート役には地味な魔術師を使っている。
ベージュの薄い髪と青い瞳。このキャラクターは聖女に救われて恋に落ちているという、一番お気に入りのキャラクターだった。
ゲームらしく物語は壮大で、いくつもの大きな障害を仲間たちと乗り越えていく。
「やっぱりファンタジーはこうじゃないと。
ただ祈るだけなんて地味だったのよね」
ベッドで転がりながらスマホの画面を眺めて呟く。
宮野藤花、24歳。
絶賛ニート中だった。
藤花が帰ってきたときにいたのは、自分の部屋だった。
あまりにも変わらないままの状態に呆然と眺めていたら、二階から声がすると確認しに来た母親に発見された。
泣いて喜ぶ母親と、急いで帰ってきたらしい父親と妹の驚いた顔。
藤花の幸せの絶頂期は、ここから一か月程度だっただろう。
他の世界にいたなんてファンタジーな話、誰も信じることがないばかりか、頭がおかしいと病院に連れて行かれるだけ。
だから何も覚えていないと言い張ることにした。
実際、移り変わる流行どころか、この世界での教養や、当たり前の常識といったものが藤花にはない。
中学の時に召喚されたからか、遠方への土地勘も無いので、何を言われてもピンとこないから嘘を疑われることもない。
問題は喜びが薄れ始めた頃に浮上した。
「何、これ?」
藤花に差し出されたのは、通信制の高校や職業訓練のパンフレットといったものだ。
「ほら、今のままじゃあ藤花の将来が困るでしょう?」
眉を下げながら笑みを作る母親と対照的に、眉間に皺を寄せているのは父親と妹だった。
「来年の春には卒業する美桜を見て、何も思わないのか。
今まで何をしていたのかはわからないが、時間が戻ることはない。
早い内に動き出さないと、お前は中学校も通い切らずに卒業だけした、将来性の無い人間だとしか見られないんだぞ」
またかと、藤花はゲンナリとする気持ちを隠すことは出来ず、表情にありありと浮かべた。
「その話、聞き飽きた。
あたしに記憶が無いから、仕方ないじゃない。
好きで記憶喪失になったわけでもないし、学校に通わなかったわけじゃない」
それに異世界では学園に通っていた。
学んで得た知識が大分異なるので使うことはないが、勉強はしていたのだ。
まるで努力していないと言われているようで、腹が立つ。
「中卒の姉がいるから恥ずかしいとか言いたいわけ?
事情を知らない人間に何を言われても、あたしは別に痛くも痒くもないし。
そうやって学歴差別している人間の方が恥ずかしいと思うけど」
藤花が言ってやれば、父親の顔が一層険しくなり、それを見た妹が口を開いた。
「中卒の姉が恥ずかしいんじゃなくて、何も知らないことを言い訳にして、何もしないままのお姉ちゃんが恥ずかしいのよ」
妹に言われて、羞恥で頬が熱くなる。
別に何もしていなかったわけじゃない。
異世界に召喚されて聖女になり、人々の為に奇跡を起こしていた。
それだって立派な努力だ。
そう言い返したいが、頭がおかしいと思われたくなくて、何も言えずに黙り込むしかない。
口の中で怨嗟の言葉を転がしながら妹を睨みつける。
ここが聖女となった世界だったら、真っ先に奇跡で存在を消してやったのに。
「いいか、藤花。昨今ニートなんてものが存在しているが、我が家ではそんな人間を養える経済力などない。
成人しているのだから、いつまでも子ども気分で遊んでいないで、まだ親にお金がある内に学校に通うか仕事に就くかしなさい」
は、という声が思わず口から広がっていく。
何で戻ってきたばかりの藤花が働かないといけないのだ。
「なんで?まだ二人共働いているし、来年からは美桜だって働くわけでしょ?
だったら三人分の給料で大丈夫じゃん」
藤花の返した言葉に父親は驚いた顔をし、すぐに表情を戻して藤花を見据える。
「何をまた勝手なことを。
美桜がずっとこの家に居るわけじゃない。結婚するかもしれないし、結婚しなくても仕事の関係で家を出る可能性がある。
私達だって仕事を永遠にできるわけじゃない。」
「あ、美桜が家を出るなら、私がこの家をもらうね。
死ぬ前に遺言書をちゃんと作るか、美桜は遺産放棄するように約束してくれたらいいよ」
「藤花、あなたって子は」
母親が絶句したようだったが、当然の権利を言っているだけだ。
藤花は学校を卒業できなかったから、仕事に就けないのも仕方がないのだ。
だから、可哀そうな藤花の為に家族が助ける義務があるし、一人の人間として最低限の生活の保証されるべきである。
「どうして、そんなことを言うようになったの。
昔のあなたは家の手伝いもしてくれる、普通の子だったのに」
母親の言葉が妙に苛立つ。
藤花は普通なんかじゃない。元聖女という偉大な立場だったのだ。
そこら辺にいるような人達と一緒にされたくない。
何より、平凡の塊である母親に言われるのが煩わしい。
「そんなこと言われるなら、ここに帰ってくるんじゃなかった!
どうせ私のことなんて邪魔だと思っているでしょ!」
こうやって大声を上げれば、母親が狼狽えてご機嫌をとろうとする。
時間を空けて冷静になったら話し合いましょうと母親が言って、数日間は自由になるのだ。
ついでに部屋に籠ってしまえば、心配した母親が部屋の前に料理を置いてくれる。
面倒なのは、ここのところ頻繁に話し合いをしようとすることか。
今日も同じような話から始まり、変わらない話題を経て、藤花がキレて怒鳴ればいいだけだ。
明日は遊んでいるソシャゲのイベント最終日である。
とりあえず、ありったけの石を溶かして周回させていたお陰で、攻略の目処が立っているから早く部屋に戻りたい。
このイベントが終わったら、サポートの魔術師が聖女に告白するという情報をネットで発見したのだから。
だというのに、今日に限って母親は何も言わずに藤花を見ていた。
そだけではなく、父親も妹も、誰もが冷めた顔で見ている。
「18万9千円。
藤花、この金額が何かわかるか?」
唐突に言われた金額に藤花は困惑しながらも首を横に振る。
盛大な溜息をついた父親が口を開いた。
「お前がゲームに使い込んだ金額だ」
「それが何よ」
大した額じゃないと言い足せば、父親が浮かべていた怒りは消えて、代わりに呆れた表情へと変わっていく。
「その金額は、もしお前が運良く好条件の職場で働いたとして、最初に得られる給料と同じか、それ以上だ」
何が言いたいかわからず、ふうん、とだけ返す。
「でも、お父さんもお母さんも働いているし、美桜だって働くんでしょ?
だったらこれぐらいのお金を使っても問題ないじゃん」
訳わからないことを言ってもどうしようもないから、早く解放してほしい。
藤花の頭の中は、ゲームのイベント完走後にあるという告白に占められていて、家族が言うことなんてどうでもいいのだから。
「さっきも言ったが、家族だからといって、何もしないお前の為に働くわけじゃない。
だが、仮に三人の稼ぎからお金を出すとする。そうしたら私達も美桜もささやかな贅沢すらできなくなる。
お前はそれをどう思うんだ?」
聞かれて首を傾げる。
「お金が無いなら節約すればいいだけでしょ。
どうして、お金が無いことを私に言うわけ?」
暫くの間、誰もが無言だった。
三人は藤花を見つめて、まるで言葉を待っているようだったが、藤花としては家族と話す体力をゲームに回したい。
「わかった。お前は現実を見ることを止めて、ただただ自分の都合良く生きたいだけなんだな。
もういい。部屋に戻りなさい」
「なんだ。言い返せないなら、最初から言わないでよね。
私、世界を救うのに忙しいのに」
文句を言いながらリビングを出ようとして、藤花は思い出したように今いたリビングを覗き込んだ。
「お母さん、明日でいいから課金用のカード買っておいて。
すぐに新イベントくるから準備しておかないと」
藤花が言った途端、母親が泣き崩れる。
それを視界の端に入れながら、情緒不安定って怖いよねと藤花は部屋へと戻っていった。
** *
その日は唐突に訪れた。
イベントを無事に完走したけれど、魔法使いが聖女に思いを伝えるという噂はガセだった。
新しいイベントは藤花が使うキャラクターに関連したものではない。
ベッドから手の届く物に八つ当たりをしていたら、ノックもなくドアノブがガチャガチャと回される。
どうせウッカリしている母親が、ノックもせずに開けようとしたのだろう。
怒鳴りつけてやろうと扉を開いた瞬間、全く知らない男達がいるのを確認し、思わず後ろへと下がる。
「やあ、藤花ちゃん。
大きくなったけど、昔と変わらないねえ」
中年の男性がニコニコとしながら言い、その声にどことなく覚えがある気がする。
「あんた達、誰?」
警戒心を剥き出しにして問いかければ、一瞬ピタリと動きを止めたものの、誰もがまたニコニコしながら部屋に入ってきた。
その姿は異様だった。
ここで気づいたが、男性だけではなく奥さんらしい中年の女性達もいる。
「まあ、長らく会っておらんもんねえ。藤花ちゃんのお父さんのお母さん、お祖母ちゃんの実家だと言えば、わかるやろか。
ほんの小さい頃に一度遊びに来たことあるけんどね」
田舎にある山の上の家だと言われて、朧気ながら幼い頃に知らない家を訪れた記憶を引っ張り出す。
藤花が考え込んでいる間に、女性が持ってきたらしいボストンバッグの口を開きながら、藤花のクローゼットを開ける。
「ちょっと!何してんのよ!」
藤花が慌てて止めようとするも、他の人達に止められてしまい、その間にもどんどんと服がバッグに入れられていく。
他の女性は下着の引き出しを開けて、男性がいるにも関わらず、「可愛らしいの持っているのね」と言いながら、同じようにバッグへとしまっていく。
藤花の「止めて!」という言葉が聞こえないかのようだ。
「ああ、宮野さん」
ふと誰かが口にした苗字に、藤花がドアの方を見れば、そこには父親がいた。
父親が来訪者に頭を下げる。
「山上さん。急な連絡にも関わらず、ご足労頂いてありがとうございます」
「いやいや、うちは人手がいつだって足らんもんでなあ。
こうやって若いお嬢さんがお手伝いしてくれるならば、町と役場のもんも喜ぶでしょうな」
彼らの会話から何となく察して、藤花の顔色が悪くなっていく。
「お父さん」
恐る恐る声をかければ、表情の無い顔が藤花を見る。
「藤花、あれから母さんや美桜とも話し合ってな」
続きが怖くて耳を塞ぎたくなる。
けれど、親戚を名乗る人が出口を塞ぎ、逃げることもままならない。
「お前がこのまま金食い虫でいるようなら、いつか美桜が独り立ちするときに迷惑をかけそうだと意見が一致した。
私達がいる間はまだいいが、死んだら美桜が一人でお前の面倒を見なければならなくなる」
語る声はどこまでも淡々として、背筋が薄ら寒くなるものだ。
「山上さんの家で働くのに、学歴は気にしなくていいと言ってくれている。
さらに年相応の教養だって躾けてくれると言ってくれた。
藤花、お前はお金を稼ぐ苦労を体験し、生きていけるようになってこい」
嫌だと言おうとした藤花の肩に、がっしりとした手が置かれる。
振り返れば、親戚らしい男が笑顔を崩すことなく立っており、そのまま藤花の肩がグッと抱かれた。
「さあ、藤花ちゃん。おじさん達と出発しようか。
なあに、藤花ちゃんが働き者のしっかりしたお嬢さんになったら、お休みの日は街に連れて行ってあげるし、なんだったら町の若いのを紹介してあげよう。
何の心配もいらんよ」
足を踏ん張って抵抗するも、いとも容易く身体を引き摺られていく。
「嫌だ!お父さん!ちゃんと学校行くから!
この家さえくれたら、美桜に寄生しないから!」
必死に身を捩って父親へと振り返るも、何の反応を示さない背中は姿を消し、家の中にいるはずだろう母親も姿を見せない。
瞬く間にワゴンへと乗せられ、古臭いボストンバッグを持った女性達に挟まれて、どこかも知らない場所へと向かって車は走り出す。
それから暫くして、藤花が住んでいた家にあった表札は取り外され、空き家になっていた。
彼らの引っ越しは唐突であり、近隣の人々は彼らがどこに行ったかは知らされていない。
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