第2話
翌朝、悠人は頭の包帯を巻き直しながら、前夜の配信アーカイブを早送りで見返していた。コメント欄には「雲すぎて逆に面白い」「笑いすぎて腰痛い」と照りが並ぶ一方で、「頑張れ」「次は期待してる」と温かい言葉も増え始めていた。登録者数は一晩で倍に増え、わずかながら広告収益も入っていた。「この調子でいけばアルバイトのシフトを減らせるかもしれない…」そんな淡い希望を胸に、悠人はコンビニで買った包帯と安いアタッチメントでスマホの固定具を強化し、二日目のダンジョン配信に備えた。
玄関を出ると、近所の子どもたちが「あ、あの配信のお兄ちゃんだ!」と手を振ってくる。恥ずかしさと嬉しさが入り混じる中、悠人は思い切り手を振り返し、地下鉄に乗り込んだ。東京湾のダンジョン入口には昨日よりも多くの冒険者とカメラマンが集まっており、電光掲示板には今日のランキングが表示されている。自分の名前が最下位から少し上に上がっているのを確認し、やる気が湧いてきた。「第2回目のリアルダンジョン実況、スタートします!」と配信を開始すると、コメント欄には昨日の視聴者たちが早速集まり、「今日は死ぬなよ」「罠に気をつけて」「カメラアングル大事」と矢継ぎ早に書き込まれた。
階段を下りて第一層に入ると、見慣れたスライムたちが這い回っていた。前回は近づきすぎて身体中がヌルヌルになった苦い記憶があるため、今回は視聴者の助言通り遠くから塩を撒いて通路を作り、スライムを避けて進んだ。天井の裂け目から石が落ちる罠には、コメント欄の「上を突けば止まる」「その模様は罠の合図」といった具体的な指示が飛び交い、半信半疑で剣の柄で天井を突くとガチャンという音とともに仕掛けが止まった。視聴者からは「おお!」「ナイス回避」と歓声が上がる。悠人は「やっぱりコメントは命綱だ…」と改めて実感した。
やがて小部屋に辿り着くと、中央には古びた祭壇と朽ちかけた宝箱が置かれていた。コメント欄は一気にざわつき、「開けるべき」「ぜったい罠」「視聴者アンケートだ!」と意見が割れた。悠人はスマホアプリの機能で簡易アンケートを作成し、「宝箱を開ける?開けない?」と視聴者に投票してもらった。結果は開けるが圧勝。覚悟を決めて蓋を開けると、中には古びた本と小さな指輪が入っていた。本の表紙には「投擲術入門」と書かれている。ページをめくると、石や短剣を投げる際のフォームや呼吸法が図入りで解説されており、最後のページには「読むだけでスキルを習得できます」と書かれていた。「マジかよ…ゲームみたいだ」と思いながら読み終えると、本は光となって体に吸収され、頭の中に投擲の感覚が流れ込んできた。指輪をはめると、小さく輝いて体が軽くなる。「これがスキルアイテムか」と呟き、コメント欄を見ると「神回確定!」「指輪は装備して!」と盛り上がっている。
試しに床に転がっていた小石を拾い、遠くの木製の柱に向かって投げると、視界に投げる軌道がラインとして表示され、小石は狙い通りに柱の中心に当たって突き刺さった。「おおお!」と悠人が叫ぶと、コメント欄も「かっこいい!」「もう最弱じゃない」と大騒ぎだ。丁度その時、通路の奥からゴブリンの群れが現れた。緑色の小さな身体に錆びた短剣を持ち、不気味な笑い声を上げながらこちらに迫ってくる。悠人は慌てて剣を構えるが、視聴者から「投げナイフでいける!」「頭を狙え!」と次々に指示が飛んできた。リュックから投げナイフを取り出し、投擲術の軌道表示に従ってゴブリンの額を狙って投げると、一撃で仕留めることができた。続いて2体目、3体目と次々にナイフを投げ、スキルの効果でほとんど外すことなく倒していく。その様子を見た視聴者は「強すぎw」「覚醒したな」とコメントし、同時に広告バナーをクリックする音がアプリに記録されている。悠人は、投擲術の感覚を掴みながらゴブリンたちを一掃すると、思わず「このスキル最高だ…」と笑った。
戦闘が終わり、奥の部屋へ進むと壁に奇妙な紋様が刻まれており、先へ進む分岐が二つに分かれていた。コメント欄は「右は宝がある」「左は安全」「どっち行く?」と再び意見が割れた。悠人は再びアンケートを実施し、多数決で左の通路を選んだ。進んだ先には宿屋のような休憩ポイントがあり、安全にログアウトできる魔方陣が描かれていた。床に座り込み、悠人は息を整えながら視聴者に語りかけた。「今日はここまでにします。この投擲術でだいぶ戦えるようになったけど、まだまだ慎重に行かないと死んじゃうからね。次回はさらに下層に挑戦します!」コメント欄には「神回だった」「絶対見る」「ナイスファイト」と温かいメッセージが溢れ、スパチャや広告収益の通知が鳴り止まなかった。
ダンジョンを後にした悠人は、地上に戻ると夜空を見上げた。涼しい風が汗ばんだ身体を通り抜け、月が静かに光っている。スマホの配信アナリティクスを見ると、視聴者数は初回の三倍近くに増え、広告収益も予想以上に伸びていた。もちろんアンチコメントも増えているが、それ以上に応援してくれる声がある。「もっと強くなって、いつかこのダンジョンを攻略してみせる。皆と一緒に」と呟き、悠人は拳を握りしめた。夜の街へと歩き出す彼の背中を、スマホの画面越しに見守る視聴者たちがいた.
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