第8話 高原のペンション

オレは聖 与世夫、四十五歳、無職。

 今日は高原のペンションに来ている。もちろん、宿泊費は払わない。節約の極意は、金をかけずに快適に過ごすこと。

 暖房を使わず、蝋燭だけで生活するのも悪くない。贅沢とは、カネを使わずに知恵を使うことだ。

 人の生死など、オレには関係ない。だが、事件が目の前で起きると、つい口を出してしまうこともある。



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私は旅行ブロガーの森川。

 高原のペンションを訪れたのは、夏の避暑も兼ねていた。

 ところが、オーナー夫妻が続けて謎の死を遂げた。

 現場はロビーや厨房ではなく、書斎や寝室。いずれも密室に見え、誰も出入りした形跡はない。



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与世夫は、ロビーで蝋燭を弄りながらボソリとつぶやいた。


「蝋燭の影で時計のズレが分かるんだよな」


 一同は怪訝な顔をするが、朝比奈刑事は目を光らせた。


「……影を利用して死亡推定時刻を偽装した? なるほど、これは重要な手がかりになる」


 与世夫の軽口が、思わぬ形で推理を助けることになった。



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捜査の結果、ペンションを乗っ取ろうとした従業員が犯人と判明。

 夫妻を殺害し、死亡推定時刻を蝋燭の光でずらすことで、アリバイを作ろうとしたのだ。

 与世夫の「蝋燭で時計のズレが分かる」という発言が、犯行の手口を特定する決め手となった。



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「……推理より節約が先に出る人間、初めて見たわ」

 朝比奈刑事は頭を抱えた。


「節約こそ、人生の推理だ。カネをかけずに物事を読み解く能力は、犯人心理の理解にもつながる」

 与世夫は肩をすくめ、のんびり言った。

 またしても、人でなしの無職が事件解決の鍵を握る結果となったのだった。

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聖与世夫は静かに死にたい〜the fie-man incident file.(連載版) たーばら @abcd01

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