第4話
それからまた春が来て、私は高校3年生になった。
受験が近くなった為、私は母に頼んで塾に通い始めた。
それで川辺君に会える時間が減ったけど、会わなければ会わないで、私の気持ちは一層強くなっていった。
ちょうどその頃、お母さんはやたら隣のおばさんと親しくするようになって、気がつくと家族ぐるみの付き合いが当然という形になってしまっていた。
ご飯を一緒に食べに行ったり、双方で家の行き来も頻繁になったりした。
そうなると、壱と会わない訳にはいかない。
それが少し憂鬱の種だったんだけど、しばらくするとその憂鬱は解消された。
驚いた事に、壱はしばらく会わない間に、妙に物分かりのいい子になっていたのだ。
少し無口になったけれど、私を困らせる事もなくなった。
流石に、小学校六年生になると、変わるものだと感心する。
お陰で、気まずい思いをしなくなって、正直私はほっとした。壱の方から話しかけて来るようにもなったので、気がつくとまた姉弟のような関係に戻っていった。
壱を、ただの隣の男の子から、ちょっと可愛い弟のように感じるようになったのも、丁度その頃だ。それは、壱がある秘密を打ち明けてくれたのがきっかけだった。
彼は、クラスの女の子が好きになって、悩んでいたようだった。それで、同じ女である私に、少女の気持ちがどうなのか教えてくれとやって来たのだ。
やんちゃな壱は、好きな女の子に意地悪する事で愛情表現をしていたらしい。けれど相手の女の子は、壱に意地悪をされていると思ったらしく、彼を避けるようになってしまったのだそう。
どうしていいか分からなくなり、SOSを求めて来たという訳だ。
「いっちゃんも、男の子なんだね」
話しを聞いた後、思わずそんな言葉が口から漏れる。壱は、馬鹿にするなと顔を真っ赤にして怒った。
別に、馬鹿にした訳じゃない。なんか、子供って知らない間に大人になるんだなって、深い感慨を味わっていたのだ。
私は、隣から壱を見ていたようで、本当は全然見ていなかった。こんな子供でも、色々と悩み、傷つき、生きる為に足掻いているのだなって。
それを知って、私は壱を前よりも身近に感じる事ができた。
私はにやりと笑って、壱の肩に手を回す。それから、しみじみと頷いた。
壱が恋した事は、ちょっと驚きでもあったけれど、それ以上に嬉しかった。なんというか、今まで全然接点のなかった彼と、同じ舞台に立って話せる・・・みたいな。
息子とようやく酒が飲めるようになった、父親のような気分かしら?
けれど壱は、私のそんな態度がおかしかったらしく、ゲラゲラと笑い転げた。
・・・・・まあ、いいや。
遊んであげなくて、ごめんね。私はそう言う代わりに、川辺君の話しをしてあげた。
照れ臭かったけど、壱が話してくれたのだから、私も話さない訳にはいかない。
そう思って話し出すと、壱はやけに大人ぶった態度で聞いていた。それがなんだか可愛くて、私はちょっと笑いそうになってしまった。
その後、今度は壱が初恋の少女の話を、もう少しだけ詳しく話してくれた。
「西村愛って言うんだ。すげぇかわいくてさ、クラスでは一番じゃねぇかな。絵も上手いし、凄く楽しそうに笑うんだ。なんか、見てるだけでドキドキしちゃって・・・・・」
はにかみながら話す壱は、驚くくらい男の子だった。
きっと本当に、愛ちゃんが好きなんだろう。
私は、壱の背中をバシンと叩いて、頑張れとエールを送った。
これから彼は、もっと大人になって、もっと色々な事を知る。それこそ、苦しい思いをするかもしれない。
でも、頑張れ。私がついてるから、思う存分壱らしく生きればいい。
そんな、暖かい思い。
私は、ようやく壱の姉さんになれたような気がした。
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