2
夜の路地を抜け、大通りに出る。
灯火が照らす石畳の上で、俺は三人の奴隷を鎖につないで歩いていた。
ギャルが鎖をいじりながら口を尖らせる。
「ねえねえ、マジでこの首輪ダサいんだけど。私、首輪とかキャラじゃなくない?」
俺は鼻で笑った。
「お前は元々“いじめグループの犬”だったからな。似合ってるぞ」
「はぁ!? 犬ってなに!? 私は猫っしょ!」
ギャル、テンション高いな。
だが、すぐ後ろを歩く委員長に冷たい目で見られ、しゅんと口を閉じた。
へえ、意外に委員長のほうが立場が強いのか。
委員長は眼鏡を指で押し上げながら、ため息交じりに言う。
「くだらないわね。犬だろうと猫だろうと、首輪をつけられて従っている事実は変わらないわ」
ギャルが小声で「ちょー冷て~」とぼやく。
陸上女子は笑いながら鎖をガチャガチャ鳴らす。
「ま、首輪くらいでガタガタ言うなよ」
三人の反応を見て、俺は思わず口元が緩む。
――これだ。この優越感。
教室の窓から外に机をぶん投げられるような、いじめを受けていた俺が……。
今はあいつらを鎖で繋いで引き連れている。
「……いい気分だ」
つい声に出してしまった。
委員長が鋭い視線を寄越す。
「調子に乗るのはいいけれど、資金源の算段を立てなさい。無計画では全員買い戻すどころか、この三人すら維持できないわよ」
俺は口の端を吊り上げる。
「安心しろ。お前らは俺の奴隷だ。責任をもって飼ってやる」
ギャルが目をぱちくりさせる。
「……なんか、ちょっとカッコよく聞こえたんだけど」
陸上女子が吹き出した。
「ははっ、こりゃマジでハーレムの王様だな」
女どもの言葉に俺の胸がじんわりと満たされる。
ああ、最高の感覚だ。
クラスの女が俺をちゃんと視界に入れる。
クラスの女が俺を無視しない。
クラスの女が俺にすがりつく。
「よし、じゃあまずは冒険者ギルドへ行くぞ。こういうときの定番だな。登録して依頼を回して、宿代と服代を調達するんだ」
ギャルが片眉を上げた。
「出た~、冒険者ギルドぉ~。あんた何も知らないんだねっ」
足が止まった。
「どういう意味だよ」
委員長が代わりに不機嫌そうな顔で答えた。
「あなたが想定している“冒険者ギルド”に相当する組織は、少なくともこの都市圏には存在しないわ。依頼は商会か自治組合の掲示で直接受ける。仲介は手数料が高い上に、保証がない」
陸上女子が鎖を肩に巻き直した。
「ホント、参るぜ。私ら、道場破りとか魔物退治で日銭ってのも試したんだけどさ。報酬の前払いはゼロだったし、完全成果払いだから怪我したら終わりなんだよ」
胸の中が空洞になる。
思い描いた地図が剥がれ落ちる。
「……じゃあ、お前らはどうやってここまで?」
ギャルが苦笑した。
「私ら、こっちで赤ちゃんからやり直しだったの。いわゆる家ガチャ~。身分もそう。みんな色々大変だったらしいけど、私はまだマシな方だった。漁師の小屋で塩の味しか知らない幼少期を過ごしたよね」
委員長が淡々と続ける。
「私は本屋の養子。読み書きは早くに取り戻せた……で、前世の知識を断片的に再現したの。石鹸、酵母、薬品。売れ筋も作れた」
陸上女子が石畳をつま先で蹴った。
「私は運搬と配達でやりくりした。脚は使えるからな。町の地図も頭にたたき込んだぜ」
「それで?」
委員長が眼鏡の奥で目を細める。
「みんな散らばってたけど、やっと合流したのよ。クラスメイト全員で少ない稼ぎを出し合って小さな会社を立ち上げたの。仕入れ、製造、配送、販売。前世の学園祭みたいに役割分担してね」
俺はその言葉を聞いて胸がズキリと痛む。
クラスメイト全員で一致団結して俺をいじめていたやつら。
こいつらは冒険者ギルドがないような異世界でなんとか生き抜こうとしていたんだ。
しかも、異世界でも強い絆で結ばれて。
ギャルが肩をすくめる。
「でもさ、税と関所と“地縁”がヤバいの。取引は組合通さないと潰される。うちの製品がちょっと売れたら、邪魔が入る。私ら、後ろ盾ゼロじゃん?」
陸上女子が息を吐いた。
「そこに私たちよりも先に転生してた担任が姿を見せたんだ。『保証人になる』『投資する』『販路を持ってる』って私たちの会社に近付いてきた」
あの檻の中に担任の姿はなかった……。
一気に俺の背筋が冷え込む。
「……担任は、今どこだ?」
委員長の声がさらに低くなる。
「私たちの売上と在庫、それから取引先との契約を“先生”が一括で管理する体制にした途端、帳簿の数字が動いた。売上は“手付の預り金”、債務は“連帯の覚え書”。そしてある朝、彼女は消えたわ。現金とすべての証券や保証書を持って」
ギャルが鎖を見下ろした。
「残ったのは借用書と不渡りだけ。支払い期限は短期。私ら、会社ごと潰されて、“連帯”で全員奴隷オチ。ここの布きれと靴は、その時に渡されたやつなんよ」
三人の服はやぶれた布一枚。
足元は薄い布の靴。
歩くたびに石の感触が痛そうだ。
陸上女子が肩を震わせた。
「私、走るしか取り柄なかったのにな。走っても借金からは逃げられない」
こいつらは俺をいじめるだけのどうしようもないやつらじゃなかった。
こんなにもテンプレが通用しない地獄みたいな異世界で仲間と協力して、なんとか生き抜こうとした立派なやつらだったんだ。
なら、いじめられていたのは俺に原因があるのか……?
かつていじめられていた壮絶な日々が脳裏によみがえる。
3階の教室から机を校庭にぶん投げられたあの日。
焼却炉で体育着を燃やされたあの日。
校舎の屋上から足だけをつかまれて宙吊りにされたあの日。
こいつらは本当にそんなことをするやつらだったのか?
俺には何もわからない。
だけど今、ひとつだけわかることがあった。
「つまり、俺たちのラスボスは担任教師だな」
委員長が青筋をこめかみに浮かせながら首を縦に振る。
「そうね……あのババアも私たちと同じように奴隷堕ちさせないと気がすまないわ……!」
陸上女子が満面の笑みで両手の拳を打ち鳴らす。
「顔面陥没させてから首輪付けて街中を引き回してやるぜ」
ギャルが表情を失った顔で静かにつぶやいた。
「絶対に、ぶっ殺してやる」
あっ、俺の記憶はぜんぜん間違いなんかじゃないわ。
俺は悪くねえ。
こいつらがクソなんだ。
はぁ……。
一気に現実味が戻る。
まずは今日を越える段取りだ。
俺は周囲を見渡す。
露店の明かり。
香辛料の匂い。
路地の先に木札の掲示板。
「……冒険者ギルドはない。なら、掲示板だ」
委員長がうなずく。
「市の請負板。労働、護衛、荷役、清掃。短期の実作業が並んでいるはず。報酬は低いけど即日精算の案件もある」
陸上女子が手を上げた。
「荷車でも樽でも引っ張るよ。脚は鈍ってねえ」
ギャルが袖口をつまむ。
「私、客引きとか値切りとかやる。顔はまあまあ使えるし」
委員長は短く言う。
「私は交渉と計算。それから“担任”が使った書式を洗い直すわ。痕跡はどこかに必ずある」
俺は三人の鎖を軽く引いた。
金具がジャラリと鳴る。
優越感が胸の奥で甘く転がる。
「いい心構えだ。だが首輪は外さない。お前らは俺の奴隷だ。働かせて、食わせて、守る。仕事も順番も俺が決める」
ギャルがにやっと笑う。
「うっわ、俺様ムーブ」
委員長は鼻で笑う。
「権限と責任を明確にするのは組織運営の基本よ。命令するなら、結果も出しなさい」
陸上女子は能天気に笑った。
「んじゃ行こうぜ、ボス。私らの足で金貨を拾いに」
テンプレは完全に崩壊。
ステータスもない気がする。
ていうか良く考えたら神様からスキルさえもらってなかった。
クソがよ……。
俺の手にあるアドバンテージは服従の首輪だけ。
だけど俺の頭には既に名案が浮かんでいた。
この世界にギルドはない。
それなら俺が作る。
稼げる流れ、担任に勝てる段取り、奪い返す仕組みを作り出す。
小説で読んだテンプレ異世界の知識を総動員して
俺がこのリアルな世界をテンプレ異世界にしてやるぜ
そして担任を勝者の座から引きずり下ろして、俺の前に跪かせる。
いじめを見て見ぬふりしてた一番気に食わないあの女を俺が奴隷にしてやる!
稼いで、買って、奪い返す。
それだけだ。
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