よろず屋へ舞い込んだ依頼が、改造人間の少女を育てることだった

五十嵐テオ

よろず屋へ舞い込んだ依頼が、改造人間の少女を育てることだった




初めましての人は初めましてだろう。

俺は個人で『萬屋よろずや』を経営している、鎌浦 弥白かまうらみしろという。


……早速だが、とあるビルの一室に招かれて、明らかにやからな人相の黒服スキンヘッド達に囲まれたことはないだろうか?

もしあるならば、今からでもここから抜け出せるような対処法を教えてほしい。


「オイ!!聞いてんのかぁ!!??」


「は、はい!」




――――――

―――――――

 時は遡り……

―――――――

――――――




「店長?依頼、入ってるよ?」


「プリズミー……」


某日、久々の休日を事務所のソファで堪能していると、店員アルバイト宮浜みやはま アカリから新しい仕事が来ていると報告を受ける。


『萬屋』とは……俺が経営しているご近所密着型の何でも屋だ。

ボランティアのゴミ拾いに駆けつけたり(有償)、治安の悪いこの街の自警団的な立ち位置をやらせていただいている……と言うのは表の顔。

創業当時から、関わりのある組織や個人から、様々な“裏”稼業を請け負っている。

多少腕が立つことで少し有名になり始め、近頃依頼が増えている。

こんな仕事が国家から公認を受けている稼業な訳はないが、大々的に捕まることもないだろう。

治安の最悪なこの街を守っているのは、複雑なパワーバランスによるものだからだ。

……もちろん、そのパワーバランスの中には警察組織も含まれている。

そのため、彼らも大きく動けないのだろう。


そんな街だからこそ、今日もからの依頼が舞い込んでくる。


「はい、これが依頼と資料」


「せっかくの休みなのに仕事の資料を読まなきゃいけないなんてなぁ……」


そうゴチりながらも、封筒に入った依頼内容と添付資料を確認する。


「怪しいなぁ……」


『依頼内容は書類に書けないため現地で伝える』『指定してあるオフィスビルの一室に一人で来い』……この内容を一目見て素直に行きたいと思う人類がいるのだろうか。


「この依頼は流石にパスかなぁ……」


そう決めかけながらも依頼内容を流し見ていく。秘密を遵守する旨のバカ長い契約書を一通り読み終えてもその考えは変わることはない。


「……前金で2000万円!?」


依頼内容の最後に前払いで2000万円を確約すると書いてある。達成報酬は書かれていないが、それはこの後の話し合いで決めるのだろうか。

いずれにせよ、達成報酬もとてつもない金額になることが予測できる。


「よし、今すぐ行ってくる」


「あれ、さっきから散々『怪しい〜』だの『パスかな〜』だの言ってたのに行くの?」


「知ってるか?人間金がないと生きていけないんだよ」


「金に釣られたわけ……骨は拾ってやるからね」


「ま、どうにかするよ」


そう言い残して事務所を出る。


足取りは軽く、弾んでいた。




――――――

―――――――

 ◆ ◇ ◆

―――――――

――――――




(で、今に至ると……)


改めて周囲を確認すると、スキンヘッドで黒いスーツのゴツい男達が20名ほど、かなり広いビルの応接室のような場所で自分を囲んでいる。

何で囲まれているのか、そもそもこちらは依頼で来ただけなのに、どうしてこんな目に遭っているのか。


(腕の一本は覚悟しないといけないか……)


「おい、テメェらぁ……!」


応接室の奥の方からドスの効いた低い声が響く。


「信頼のおける大事な客人だって言ったよなぁ……?それがどうしてこんな様になってやがる?」


「あ、アニキ、これはこいつがどれ程出来んのか試そうとしただけで……」


「喚くなうるせえ。丁重に扱えって言っただろ?それを守れてねえ時点で社会人失格なんだよテメエらはよぉ!!!」


応接室の奥から歩いてきたのは、体格の大きな袴を纏っている男。髪の毛は白髪でそこそこ年老いていることを物語っている。

最も注目すべきは額の真ん中に大きく刻まれた傷だろう、その古傷は男が名の知れた武者であることを示す十分な証拠となっている。


「なんだ、あんたの差金かよ……」


「ふふふ、手紙で十分ビビらせたつもりだったが……ここでこんな扱いを受けるたぁ、お前さんも運が悪いな」


……そう、彼は言わずと知れた知り合いで、名は安城 桜仁あんじょうおうじん

親戚のおじさん程度の信頼度だが、今日はどうしてこんなところにいるのだろうか。

今は警察組織と軍部組織の両方で重要なポストに就いていたはずだが……。


「なんでこんなとこで油売ってるんだよ……」


「クックック、もっともだな」


安城は笑いながら向かいのソファにどっしりと座り込んで、呼び出した理由の説明を始める。


「さて、今回頼みたいことだが、ちいとばかし厄介な代物だ。」


「ほう……じいさんがそんなこと言うなんて珍しいな。それで?どんだけ面倒臭い依頼を頼みたいんだ?」



安城は少し悩んだそぶりを見せながら話を続ける。


「口頭で説明するより、見てもらった方が早いな。ちょっと


”……?

そういった安城はビルのオフィスのさらに奥の方、社員用休憩室のあたりまで向かって誰かに呼びかける。

安城が戻ってくる後ろに小柄な人影が見えるが、安城の体が大きすぎて全体像を捉えることはできない。


「すまんな、ちょっと緊張して隠れてるみたいだ。……こいつが、今回頼みたい仕事だ」


安城の陰から出てきたのは、小学生低学年くらいの少女。

髪の色は銀に近い色で、目の色は無機質な灰色だ。


「まさか、誘拐……?」


「あぁ……、あながち間違いでもないな」


こちらの茶化しに対して、何か含みのあるような言い方をする安城。


「あながち……とは?」


「……まあどうせ話すつもりだった事情だから言うが、ここから先は機密事項だ。これを他人に話したりするなら、いくらお前といえど執行の対象になる。聞く覚悟はあるな?」


「アカリに事情を話すくらいは許してもらえるか?」


「……まあ、それくらいならどうにかしてやろう。萬屋の店員が言いふらすようならお前にも処罰が下るがな」


「了解だ。……それじゃ話してくれよ、その“事情”とやらを」


安城が少女を連れてソファに再び腰かけ、意を決したように話し出す。


「まず、この前我が国の特殊部隊が秘密裏に研究しているというとある国の施設に潜入、破壊を行ったことを知っているか?」


「……噂として聞いたことならな。ガルシアの話だろう?」


この国、『天神』は海に浮かぶ列島を領土とした武装国家だ。

これといった国家間の問題を抱えている訳ではないが、強大な武力を誇る国家として主要6国家に属している。

最近は国内の動乱の鎮圧などに武力の大半を注いでいるため国家と喧嘩を売るほどの余力はないはずだ。


対して、先ほども話に出てきた『ガルシア』は2つの海を跨いだ先にある科学技術の発展している国家だ。

現代の科学技術の二足先の科学技術を擁していると言う噂が立っているが、真偽は不明だ。

こちらも主要6国家に所属している国の一つだ。


最近、ガルシアの公にされていない研究施設が襲撃された……という噂が立っていたが、それは本当だったのか。


「……まあ、どこの国とは言わないが非人道的な研究をしているという報告が入ってな。公的な施設ではないからあちら側も対応が難しく、我が国が攻撃したこともおそらく分かっていないだろう」


安城の反応は暗に件の相手国がガルシアであることを物語っている。


「それで、こいつが研究対象の『改造人間』の最新モデル……と奴らは言っていたな。……全く、反吐が出る」


「なるほど、経緯はわかった」


大体の事情は理解できた。

この国がガルシアの非人道的な実験を容認せず、秘密裏に処分しようとした訳だろう。


「で、俺に依頼したい仕事はなんだ?部隊の穴埋め?治安維持により一層力を入れさせる?」


「……そのどれも採用したいが……、今回はどれとも違うな。今回依頼したいのは、こいつ……自己紹介くらいしたらどうだ?」


「名前は捨てられた……。好きに呼んで……」


「……と言う感じで、名前のないこのガキを任せたい。もちろん養育費も報酬金とは別で支払う」


生きる気力を失っているような少女の世話が今回の依頼……?


「え、普通に困るが?」


「ここまで機密事項を聞いたんだ、まさか断るなんてことないよなぁ……?」


「聞かせたのはどっちだよ!……うちは生活スペース少ないぞ?」


「そういうことなら、もっと良いとこに引っ越しさせてやるが?」


チッ、埒があかない……!

いっそのこと潔く受け入れてしまったほうが楽だろうか。


そんなことで思考を巡らせて飲み込んだ答えは……。


「……養育費と俺の生活費も込みで別に支払え。それで、飲み込んでやる。……で、報酬額は?」


「月300万でどうだ?」


「まあいいだろう」


突きつけられた要求にまだ納得はいかないが、渋々受け入れる。

ほ、報酬に釣られた訳じゃないんだからねッ!


「それと、引越しは要らん。あそこで近所の依頼を受けてるんだ。変に動かしたら依頼しにくくなるだろ?」


「……クク、変わらんな、大した日銭も稼げている訳じゃないだろ?」


「それでも、だな。俺たちを必要としている奴らがいるんだ」


「ま、それもそうだな。……今回こんな依頼を出すことになった経緯だが、大々的に国で保護することができないからだ。研究施設を国が襲ったことが発覚すれば大規模な戦争が起こる可能性が高い。それはこちらとしても、相手方としても願ってはいないだろう。……だから、今回は政府の上層部で国とも多少関わりが深いお前をスケープゴートにする案が上がってしまった。俺としては反対して国の問題だけで抑えたかったんだが……、政府も一枚岩じゃないってことだ。くれぐれも気をつけてくれ。……外からも、内からも」


今まで危ない橋を渡り続けてきたツケが回ってきたのだろうか……?

国のお偉いさんから、実質2つの国家が俺の生命の危険を脅かそうとしているという宣告を受ける日が来るとは……。


「せいぜい生き延びるだけだな。……そんで、そいつを引き取ればいいんだな?」


「ああ、任せた。ついでに、この国の文化も教えてやってくれると助かる」


「ったく、保護者扱いかよ。……ほら、行くぞ」




喋る様子を見せない無気力な少女を連れてとりあえずビルを出る。

少女は話す気概こそ見せないものの、連れて歩くなどの行動には素直に応じている。

ビルから出た信号待ちの間で、少女との話題を探してみる……。


「……そうだ、施設あっちで呼ばれてた名前とかはないのか?いつまでも『お前』とか呼んでられないんだが」


「……あっちでは、“シュヴァルツ”と呼ばれてた。実験番号みたいなものらしい」


「実験番号か……まあ考えるのも面倒くさいし今からお前は『クロ』だ」


何も考え付かず咄嗟に出た名前を少女に告げる。


「名前……私は、クロ?……ふふっ、じゃあ、おじさんの名前は?」


「おじっ……!?……弥白みしろだ、それに俺はまだおじさんではない!まだ28歳だ!」


「あははっ……!」


「……ともあれ、気に入ってくれたみたいで何よりだ。……ほら、信号も青に変わった、行くぞ」


……と、さっさと家に帰るために放った何気ない一言。

そんな一言に反応してクロは歩みを止める。


「青……?あの色は日本ならグリーンって言われるはず……、ガルシアでも緑信号って言ってた」


「あー、それはだな……」


……困った。

俺は信号の専門家じゃないし、雑学が多いわけでもない。


「……?どうして?」


これは、面倒臭いガキを任されたかもな……。




――――――

―――――――

 ◆ ◇ ◆

―――――――

――――――




あれから40分ほど。

……普段なら20分ほど歩けば到着する距離だったが、知らない文化やモノにクロが質問をしてきて、それに答えながら進んでいるとかなりの時間がかかってしまった。


「ただいまー……ほら、ここが今日からお前の家だ。まだ慣れないことも多いかもしれないが、分からないことはアカリに聞け」


「アカリ……?誰?」


「ほら、今あっちから猛スピードで走ってくる……って早いなオイ!」


帰ってきてから間も無く、アカリが猛スピードで走ってくる。

ったく、自分が帰ってきたことには微塵の興味も示していなかったのに、クロを見た瞬間走って来やがった。


「店長!何この子!?めっちゃ可愛いじゃん!もしかして攫ってきた!?」


「うるさいうるさい、ちょっとは休ませろ。こっちは色々あって疲れてるんだ」


「そりゃ気になるでしょ、うちの店長が幼女趣味の誘拐犯だったらすぐに通報しなきゃいけないし!」


「……とまあ、こんな感じで騒がしいやつだが、クロが頼めば話を聞いてくれるだろ。多分」


「うん、よろしく、アカリ」


「キャー!!めっちゃ可愛い〜!!……で、結局この子は何なの?」


蛇口で水を汲みながらさっきまでの話をアカリに伝える。

それを聞いたアカリは、笑ったり怒ったり泣いたりしていたが、俺が輩に絡まれたところで爆笑していたのは許しがたい。


「な〜るほどねぇ……クロも拾われたようなもんか。……ああ見えて店長は困ってる人放って置けないから。アタシもそんな店長によくしてもらってる1人。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


アカリはクロに向けて何やら俺の話をしている。

確かによく『人を殺してそうな顔』とは言われているが……その印象の付け方はどうなんだ……?


「そういえば、アタシが拾われた時も結構幼女だったような……やっぱり店長はロリコッ「てめえ飯抜くぞ?」……は〜い」


人のことをロリコン呼ばわりするやつは放っておき、クロを連れて萬屋の設備の説明をする。


「2階が主に生活スペース……となっているが、最近じゃ寝る以外に使ってないな。基本は一階の不定期開業のバー兼萬屋で過ごしてる。トイレは奥の方で、台所はバーカウンターの内側にある。風呂はトイレの反対側だ」


「私はトイレの必要はない。ついでに言うとご飯を食べなくても暮らしていける……」


「そ、そうか……だが、飯は食え。生きる活力にもなるし……な?」


淡々とそう言われると少し言い返しづらい。

確かに改造人間ともなると普通の人間に必要な動作が要らなくなってくるのだろうか。


「そうだよ、クロ?店長のご飯は何より美味しいんだから!食べなきゃ損だって!」


「……分かった、食べる」


少し怪訝そうな顔をしながらも渋々了承してくれるクロ。

ここで暮らし始めてからずっと料理を続けてきたし、褒められる腕前にはなってきている。


「……しばらくはここでの暮らしに慣れてもらうことになるだろう、こんな変な場所でも慣れれば案外楽しいもんだぞ?」


……軽く励ましの言葉を贈り、料理の準備を始める。

色々と疲れているだろうし、少しでも喜んでもらえるといいな。




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 ◆ ◇ ◆

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クロを家に招いてから4日ほどが経ち、ここでの暮らしにもしばらく慣れさせた後。


「店長、クロの洋服買いに行かないと!私のお下がりだけで過ごすのもかわいそうじゃない?」


「確かに、ピンク一色の洋服だけだとかわいそうだな」


「ピンク色しかない訳じゃないけどね!?」


なるほど……最近はアカリの幼少期に買った洋服を着させていたが、ピンクだけなのもいささかどうだろうか。

それに、あまり雰囲気と合っていないような感じもしてきた。


「なるほど、じゃあクロと一緒に買いに行ってやれ。俺は安城の爺さんに定期報告だ」


「へー、大変だね」


「“みしろ”は一緒に来ない……?」


……ここ数日の変化といえば、クロが名前でしっかりと呼んでくれるようになったことだろうか。

ご飯を作ったりなんだりで、多少懐いてくれているらしい。

ここでの暮らしに慣れてくれて嬉しい限りだ。


「今日は無理だな。また今度行ける時に一緒に行こうか」


「じゃあ、私たちだけで行こっか?」


「……うん、よろしく、アカリ」


「行ってらっしゃい。気を付けろよ」


ショッピングに出かけた2人を見送りながら、自分も先日行ったきりのビルへ向かう準備を整える。


「さて、行くか」


足取りは重い。




――――――

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 ◆ ◇ ◆

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「あいつの最近の様子はどうだ?」


「とりあえず、“クロ”と名付けた。いつまでもお前呼ばわりは不便だったしな」


「ほう、クロ……か。お前の名前とは真逆だな!」


「うっせえ……」


ビルへ着いてこの間の応接室のような場所まで通される。

今日はクロの暮らしの様子はどうか聞くための近況報告会のような軽い物だが、このジジイといると疲れるため気乗りしない。


「家に着くまでもこっちの文化について質問攻めだったよ。何でも疑問が尽きないらしい」


「ふはは、元気で活発な証拠じゃないか」


「おかげでこっちは更に疲れたっつの」


「それで、家での様子はどうなんだ?」


「変わらずだな。テレビでもつけておけば質問は飛んでくるし、おかげでこっちも余計な知識が増えたよ」


「ククク、お前がタジタジなところは珍しいなあ!」


「最近はこっちの食文化も気に入ってるみたいだ。あっちではどんな飯を食わされてたんだか……」


「お前の飯を食わせるのもお前に頼んだ理由の一つだしなぁ……もっと腹一杯食わさせてやれよ?」


「3人分ともなると大変なんだよこっちも。……っと?」


他愛のないような会話でクロの様子を伝えていると、アカリから電話がかかってくる。

あいつは今クロとショッピング中だが……?


『どうした?何かあったか?』


『大変!クロがどっか行っちゃった!』


『……!!……状況は!?』


『ショッピングセンターからの帰り道、人混みの中で逸れたのかも……!』


『……本当に逸れただけなら良いが……、こっちでもちょっと確認してみる……!』


急いで電話を切って、安城に一つの確認をする。


「中央通りの辺りで誘拐事件とか起きてないか?」


「ほう……どうして?」


「その辺りでクロが行方不明だ。そんな聞き返し方するってことは心当たりがあるんだろ?」


何か知っていることがありそうな安城に問い詰める。

まあ、警察内部の情報だろうしおいそれと話されても困るが。


「……まあ、そういうことなら話さないわけにはいかないな。確かに、あの辺りで最近子供を狙った誘拐事件が起きている。時間帯的にも確かに人の多いこの時間に多発している。俺がこの辺まで来ていたのも相手が大型から中型の組織の可能性が高く、もう少しで突入作戦を行うから……という理由もあるな」


なるほど、クロのことを任せるためだけにここに来ているわけじゃなかったか。

重要な役職についているだけ、いくつかの理由がないと遠出なんてできないだろうからな。


「……その言い振りなら、拠点の位置はわかってるんだな?」


「もちろん……だが、どうするつもりだ?」


「……俺が潰しに行く」


「……ククッ、俺の楽しみの一つだったんだがなぁ……?ま、今回は特別だ。ここで実績でも作れば反対してた奴らにもアピールはできるだろ。その代わり、一般人の目につくようにはやるな。それだけが今回の条件、簡単だろ?」


安城から位置情報のデータを貰い、早速そこに向かう準備を始める。


「まあ、やるだけやるさ。契約不履行になるわけにもいかないしな」


何より、うちの家族に手を出した罪は重いぞ、小悪党ども……?




――――――

―――――――

 ◆ ◇ ◆

―――――――

――――――




「さて、ここか」


中央通りから少し路地を進んだ先にあるビル群の中の一つ。

グレーに染まったコンクリートの風貌はその他大勢のビルと比べても少し暗く見えている。

人影は全く無く、侵入は簡単そうだ。


「……やるか」


ガラス製の扉を通り抜け、周囲に敵がいないかを確認。

右奥側の階段の方では喋り声が聞こえる。

会話の内容までは聞こえないが、いることさえわかればそれで十分。


(数はおそらく2人。周りにバレることなく殺れるな)


『後始末が面倒臭いからあまり殺さないでほしいが、やむを得ない場合なら射殺を許可しよう』


ビルを出ていく前に言われた安城の言葉を思い出す。


「……チッ、面倒くさい」


サプレッサー付きの銃を階段近くの男に発砲する。

狙いは足。

機動力を奪い、反撃を許さないようにするためだ。


「ぐっ……!?」


「ど、どうした……?」


狙い通り足に命中させ、男は崩れ落ちていく。

階段上に居た男が反応して降ってこようとするが、その頃には下の男を気絶させて降りて来ている男を迎え撃つ準備が整う。


「なんっ……!」


男が姿を露わにした瞬間に手のひらと太ももへ銃を撃つ。

至近距離で外す訳もなく確実に命中させ、男を行動不能へと陥らせる。


「死にたくなかったら答えろ。誘拐した子供たちはどこに隠している……?」


「ヒッ……!」


銃口を向けながら男へ尋問を開始する。

時間がないため早く答えてほしい物だが、腕の一本は覚悟してもらいたいな。


「言う!言うから!命だけは……!」


「わかったなら早く言いやがれ!!」


「5階の会議室に集めてる!!良い感じの広さの部屋があそこしかなかったんだ……!」


思ったよりも早く喋ってくれたみたいだ。

想像よりも命が惜しいらしい。

殺すつもりはハナからないがそんなことは知る由もないだろうしな。


用済みな男は手早く気絶させ、上階へと向かっていく。




階段を登って最初に敵の位置を特定しようとする。

 

(右奥の部屋に1人と左手前に2人。思ったよりも臨戦隊形になるのが早い)


「後ろから襲われたりしたらたまらん。一階層づつクリアリングしていくか」


まずは左手前から。

ドアを大きく開け、転がりながら部屋へと侵入する。


「うわっ、なんだ……こいつ……!」


「怯むな、撃て!」


敵の男女が銃を撃ってこようとするが少し遅い。

それぞれの右肩と左肩を撃ち抜いて銃を撃てないようにする。


「な、何だお前……!」


右奥の部屋に隠れていた男も騒ぎの音を聞きつけこちらへ向かって来ているようだ。

ドアの影から拳銃だけを出し、三発ほど乱射する。

あたりどころが悪くなければ死んではいないはずだ。


(これで2階も制圧……)


手当たり次第に敵を倒しながら3階、4階……と進んでいく。


……そして、5階へと辿り着く。


(一番奥が会議室か。まだ上にも人がいそうだが……安全確保が先だな)


一番奥の部屋に十数人の子供達が居るようだ。

おそらくあの中に攫われた子供とクロが居る。


部屋の入り口に見張りも立っていないが、どれだけザルな警備なのだろうか。

中で監視している敵を警戒しながら扉に体を近づける。


「ちょっと待ってて……」


「怖いよ……」


などの言葉が内側から聞こえるが、大人の声は聞こえない。


「……行くか」


ドアを大きく開き、先ほどと同じ要領でクリアリング。

幸い監視員はいない……いや、床で伸びている……?


「ガキども、大丈夫か?」


「みしろ……?なんで……?」


「お前が急にいなくなったって聞いたからな、安城から情報を聞いて飛んできた」


周囲の子供達にざわめきと動揺が走る。


「それで、こいつは誰がやった?見た通り誰も拘束されてなさそうだが?」


「……私が倒した。拘束ごと引きちぎってそのまま殴って……」


なるほど……。

納得と言えば納得だ。

つい忘れてしまいそうになるがクロは改造人間、つまり『人造兵器』の一種だ。

武器の一つがなくたって1人を倒すくらいは訳ないだろう。


「……よくここの子供を守った」


「うん……。みしろ、怪我はない……?」


「俺は何ともない、むしろこいつらの方が心配だが」


クロと軽く情報交換したのち、子供達全員が動けるかを確認する。


「……おい!!会議室にいるのはわかっている!!両手をあげて出てこい!!」


……全員の安全を確認していた矢先、恐らく上から降りて来たのであろう男たちが拡声器のようなものを使ってこちらへ語りかけてくる。


「……多いな」


声だけ聞いた分でも、恐らく十人弱は居るだろう。

面倒だ……。


「……来るんじゃないぞ?少なくとも子供に見せて良いような場面にはならない」


「……ついていかせて。……私もみしろの手伝い、やりたい」


「駄目だ……!危険すぎる!」


「……行かせてっ!」


……ここ数日でクロが一番強く意見を発した。

なぜだろう、こんな血生臭い仕事の見学だなんて。

……もっと稼ぎも良い簡単な仕事もたくさんあるだろうに……。


「一回だけだ。それで考え直せ」


「……わかった!」


クロを後ろに連れ、両手をあげながら扉をくぐる。


「……チッ、手間をかけさせやがってよぉ!!部下を殺して回ってたのはてめえだな!?」


「……正確には殺してはいないがな」


「ごちゃごちゃうるせえ!!」


リーダー格の男はでっぷりと太っていて、大きめの拳銃を構えながら叫んでいる。

背後にいる男たちも後ろで手を組みながら警戒している様子だ。


「ぶっ殺す……!」


「奇遇だな。俺も同じ考えだ」


相手からの殺害予告。

敵の人数の方が明らかに多い。

これなら安城の言う『やむを得ない状況』に該当するだろう。


(まずは1人)


挙げていた手をすぐに戻して銃を取り、リーダー格の男(名前は知らん)の頭を撃ち抜く。

続いて3発、4発と控えの男に向けて銃を撃ち、その全てを頭に直撃させる。


「大人数で襲いかかってきた自分たちを恨むんだな……」


控えの高身長な男が即座に反応して銃を撃つが、姿勢を低くしながらスライディングして弾を躱す。

照準を合わせ直している男に向けて返しの銃弾を放ち更に一人を殺し切る。


(銃を持ってないような奴らもいるな。……このまま殴り合うのも手だろうか)


銃を持っている敵を優先的に狙いつつ、集団戦に向けて陣形を変えていく。


「……銃持ちは全員死んだな。あとは……」


「おらぁあ!!」


叫びながら手を振りかぶる男を軽くいなしながら、首に指刀をぶち込む。


避ける、殴る、避ける、殴る……。

こうして戦っていくうちに周囲の敵はどんどんと減っていく。


「……チッ、埒が開かん!固まって一斉に突っ込むぞ!!」


1人ずつ来るだけでは順番に倒されるだけだと悟ったのか、大きく陣形を変えて残りの3人で同時に攻撃しようとしている。


(それがもっと早く実行できていれば可能性はあっただろうに……気付くのが遅かったな)


木っ端の三人程度が集まったところで烏合の衆であることに変わりはない。


(動きもお粗末だ……)


囲んで殴ってこようとする男たちから半歩身を引き、共倒れを起こさせる。

残った1人に対しては、下に転がっている男を投げて視線を隠しながら姿勢を低くして足をかける。

バランスを崩した男をそのまま殴打して気絶させる。


(こいつらの動きを抑制するなら、腕の一本でも折っておいた方がいいな)


ゴキッ……!!


「「「うぐああああ!!」」」


男たちは大きな悲鳴を上げるが、それを全く気にせず周囲を見渡し残っている人物を確認する。


「これで全部か……。案外呆気なかったな」


「……すごい」


クロから感嘆の声が上がり、後ろからの視線を感じるが、今は感傷に浸っている場合ではない。


「クロ、子供達の保護と確認。終わったらすぐにここを出るぞ。下では警察が待ってる」


倒した組織の軍団員たちはそのまま警察に任せてしまおう。


「動ける奴は自分で歩いて下に降りろ!!動けん奴は俺が背負う!」


大声で子供達に呼び掛ければ動ける子供たちは我先にと下に駆け降り、警察の保護を受けようと必死だ。


(動けないのは……3人か、俺1人じゃ厳しいが……)


気絶した男たちがいつ目を覚ますかもわからない状況のため、すぐに移動させることが望ましいが、一度に3人は運ぶことができない。


「私も、手伝う……!」


「クロ、お前もさっさと降りろ!ここも安全とは言えない!!」


「……みしろも、私を助けに来てくれた……。会ったばっかりなのに……、私のこと、何も話してないのに……!だから、私も助けたい……!!」


……そんな事気にしなくたっていい、という言葉は、不思議と口から出なかった。


「……ありがとな」


「……朝飯前」


その後は特に大きな問題もなく、施設外で待っていた安城率いる突撃部隊の面々に子供達を任せる。

幸い、少し入り組んだところにあるビルだったこともあり周囲で大きな騒ぎには至っていないようだ。


「子供たちは全員無事のようだ。行方不明者リストに載っていた全員ともう少しの人数がいるようだがな」


「そうか。……すまん、大体は殺さず無力化したが、10人ほどに囲まれ仕方なく数名を射殺した。後片付けで面倒をかけることになった」


「10人!?よく無傷で帰って来たなぁ……?やっぱりうちの部隊に入らないか?給金は保証するぞ?」


「何度も断って来ただろ……俺はこの街が好きなんだ。そして、この街を少しでも守れる今の状況が一番楽しい。……ま、息抜きに旅行とかはするがな」


安城と合流し、中の状況を軽く話す。

安城は俺の戦闘力を買って度々スカウトしてくれているが、俺はそれを毎回断っている。

理由は色々あるが……まだ語るべきことでもないだろう。


「……くはは!まあ、今回もご苦労だったな。同じような時は頼んだぞ?」


そう言い残してビルへ入っていく安城。

少し気になる単語が聞こえたが……?


「”また”……?ってあいつ、この状況まで想定して……!?とんだ狸ジジイだ……!」


恐ろしい可能性に辿り着いてしまったが、あのジジイがそういうやつなのは今に始まったことでもない。

“また”、何かが起こるのだろうか……。


「おじちゃん!」


すると、大きな声で語りかけてきた子供が1人。

その子供の後ろには複数人の子供たちが集まっている。


「お、おじ……、いやなんでもない。どうしたガキども?」


「そ、その……助けてくれて、ありがとう!!」


「あたしも、もう無理かと思った……!」


「ぼ、ぼくも!!」


「……そうか、無事で良かったな」


さっき助けた子供達が総出で感謝を伝えに来たようだ。

断じておじさんではないが、礼儀正しい子供達だ。

おじさんではないが!!


「ほら、あっちで家に帰してくれるぞ。さっさと行け」


「うん!!」


部隊員の方へ誘導してやると素直にはけていく子供達。

俺の子供時代はあんなに素直じゃなかったなぁ……、最近の子供達はすごい。


子供たちが全員いなくなり、残ったのは俺とクロだけ。


「さて、帰るか」


「……ねえ、みしろ……、みしろの苗字って何?」


「どうしたんだ?今まで気にしてこなかったのに」


またいつもの疑問かとも思ったが、俺の名前を聞いて来た時に気にしなかったということは、最近気になるようになったのだろう。

どんな心境の変化が起きたのだろうか。


「……あそこに連れて行かれた時に、自己紹介する話になったの。……その時に『苗字は?』って聞かれて……私はみしろの家族じゃないのかなって……」


余計な心配をさせて心細くさせてしまったのだろうか。

可愛い心配をしているクロがどうしようもなく愛おしく思い、ぎゅっと抱きしめる。


「……大丈夫だ。お前は俺たちの家族で、『鎌浦クロ』。何かあったら迷うことなく助けを呼べ。絶対に助けてやるからな」


抱きしめられたことに驚いたのだろうか、一瞬体を強張らせたが、次の瞬間にはクロの瞳から涙が溢れ出す。


「うんっ……!」




数分ほど泣きじゃくる幼女を抱きしめる変質者になっていたが、泣き止んで少し恥ずかしがるクロと家に帰る。


「……家族ってことは、みしろはパパ?」


「パパッ……!?」


この生活はまだまだ続いていきそうだ。

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よろず屋へ舞い込んだ依頼が、改造人間の少女を育てることだった 五十嵐テオ @aruteo_thize

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