カットバック練習のやつ
雅けい
カットバック練習
「はぁっ、はあっ……こいつ、いつまで追ってくるんだ!?」
全速力で路地を駆けながら、俺はそう吐き捨てた。
「待って! 待ちなさーい!」
またあの女の声だ。
振り返ると50mは離れていない後方に、もう迫ってきている。
きっかけは些細な事だった。
俺はちょっと魔が差して、コンビニの棚にあるお菓子をポケットに入れてしまったのだ。
丁度そのタイミングで彼女に声をかけられた。
「ねぇ、君?」
俺はビクッと身体がこわばった。
その女はコンビニ店員の制服を着ていた。
まさか見られたのか?
いや、見ていなかったらわざわざ客に声を掛けたりはしない。
俺はとっさに走り出して、店を飛び出した。
そこからだ、この長い追いかけっこが始まったのは。
相手が女なら簡単に振り切れると思うじゃないか。
それが異常なまでのしつこさで、ずっと俺の後に付いて来る。
細い路地に逃げ込み、何度もあいつの視界から外れるように角を曲がっているのに、どうしても逃げ切ることができない。
俺は焦っていた。
こうなれば、大通りに出て人ごみに紛れる他はない。
まずはあの角を曲がって……
「待って! お願い止まって!!」
今までで一番の声が投げかけられた。
だが、そんなのには構ってられない。
俺は無視してその交差点に突っ込んだ。
それが最期だった。
******
私は最低賃金ぎりぎりで働いている、どこにでもいるパートのコンビニ店員だ。
以前は実業団でバレーの選手をしていたが、夢破れて退職した今は実家で親に結婚を急かされながら、こんなところでくすぶっている。
客商売だからモラルのない客の酷い部分ばかり見えてどんどん男性に幻滅していく一方。
あーあ、せめて私の好みのイケメンでも来てくれればいいんだけど。
そう思いながら商品の補充をしていた私の目の前を、驚くほど私の好みの顔をした男性客が横切った。
その横顔に私の視線が釘付けになりながら、これは神が与えたチャンスだと確信した。
これは……逆ナンするしかない!
「ねぇ、君」
私は胸を高鳴らせて、恐る恐る彼に声を掛けた。
そしたら、彼はお化けでも見たような青ざめた顔でこちらを振り向き、次の瞬間には私に背を向けて走って店を出ていった。
ちょっと、年頃の女性に対してそれは失礼過ぎるでしょ!!
こうなったら、せめて名前くらいは聞き出しておかなければ気が済まない。
「待ちなさーい!」
私は急いで彼の後を追いかけた。
逃げ切ろうったってそうはいかないんだから。
ここは私の地元で、いわばホームグラウンド。
そして腐っても私はスポーツマンだ。
しかし、彼も粘る。
どれだけ私に逆ナンされたのが嫌だったの⁉
あっ。
私は気付いた。
彼の向かっている交差点。
あそこは運送トラックが抜け道によく使っている道路だ。
飛び出したりなんかしたら、危なくてしょうがない。
「待って! お願い止まって!!」
私は全力で引き留めようと声を張った!
だけど、次の瞬間。
交差点に飛び出した彼は、ノンブレーキのトラックに跳ね飛ばされていた。
「あーあ、勿体ない……折角のイケメンがまた一人この街から消えてしまったわ」
----------
視点A:追いかけられる人→万引き犯
視点B:追いかける人→店の店員
シチュエーション
A:イケメン万引き犯人
B:面食い女性店員
A:
Bから声を掛けられて、万引きがバレたと思って店を飛び出し、道路を走って逃げる
振り返るとAが追いかけてくるので捕まらないように必死で走るが、不注意で信号無視をし車にはねられる
B:業務中、一目ぼれして逆ナンしようとAに話しかける
逃げられたので、せめて名前だけでも訊きたいと追いかける
地の利があるので、Aが交通量の多い危険な交差点に差し掛かるのを全力で止めようと声を上げる
その甲斐もむなしく、Aが車にはねられる
「ああ、また一人この世界からイケメンが消えてしまったわ……」と若干サイコな嘆き声を上げる。
カットバック練習のやつ 雅けい @miyabi_kei_ex
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。カットバック練習のやつの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます