【最終話】夜空に光を灯せば
目が覚め時計を見ると、5時25分だった。睡眠時間は短いものの、体は軽く、調子が良い。凪は昨日の体勢のまま寝ているままだった。僕は父さんに気づかれぬよう、今日の準備をした。僕が歯磨きをした後部屋に戻ると、凪が壁にもたれながら立っていた。
「おはよ、たっちゃん。」
凪はそうにっこり声をかけた。
僕は返答することなくリュックを持ち、玄関へと向かった。凪は僕が無視したことを気にもとめず、僕の後ろをついてくる。僕はそーっと玄関を開け、早朝の町を歩いた。多少の車の移動や、人の動きはあれどいつもよりずっと静かだった。
凪は僕の後ろから隣にひょこひょこと移動して僕の手を握った。僕の右手に体温を感じた。僕はその体温を離すことなく握り続けた。最寄り駅につく。今日と明日は長旅になりそうだ。
僕はリュックからウォークマンを取り出し、カセットテープの面を取り変える。本日1回目の作業。数日前に何十回も聞いた曲がまた始まる。
数日前と違うのは、前は孤独を感じないためだったのに対し、今はもう1人の存在から気を紛らわすために聞いている。それでも音楽じゃ…いや、全ての娯楽が凪に勝てるわけがない。
今は人がまばらで僕の隣に座ってくるようなやつはいない。右側に凪がちょこんと座り僕のことを見つめている。すると凪は僕の左耳のイヤホンをとり、凪の左耳に着けた。もう何回も聞いた曲のはずなのに、全てが新鮮に聞こえた。もしここで音楽が止まってしまったら、僕の鼓動が伝わってしまうのではないかという心配が強くなる。
凪はそれを見透かしたかのようにニッコリと微笑んだ。もう凪は普通の人間だ。他の人に見えないだけの…。今も人間と同じ体温を感じる。そして凪の匂いも。匂うだけで頭クラクラするほどの良い匂いが…。
それから僕らは長い間ずっと電車で揺られていた。そして遂に目的地に着いた。そこは僕と凪の秘密基地のある最寄り駅だ。そしてもう夜が更けた町を、秘密基地まで2人で歩く。手を優しく繋いだまま…。
満天の星の元を歩く。まるで凪と初めて会った時と同じ景色だ。今夜も月の光と星のきらめきが凪を照らしている。照らされた凪は初めて会った時より、この光景にマッチしているように見えた。この景色は凪のためにあるようだった。
秘密基地へと着く。僕達は秘密基地の目の前で充実感に浸っていた。
「ここが私たちの始まりの場所、なんだね。」
凪がそう噛み締めるように言った。
「そうだね。」
僕は同意する。
「私たち…このまま一緒にいよう。」
そう凪が僕の方へ向かって微笑んだ。
「私はたっちゃんにしか見えないけど…それでもたっちゃんが私を見てくれたら幸せなの。」
凪は優しく、だけど力強く僕に話しかける。
「私はたっちゃんから生まれたんだからたっちゃんの事は他の誰よりもわかってる。他の人にはたっちゃんの気持ちはわからないよ。」
「ねぇ、2人の世界で生きよう。」
凪は僕の目を真っ直ぐに見つめて言った。僕は直ぐ様に視線をそらした。
「ありがとう。」
そう僕は夜空を見上げながら言った。
「だけど…僕は凪とは居られない。」
「…なんで?」
今まで温かかった凪の視線が急に冷たくなるのを感じる。
「ずっと一緒にいるっていったのに。」
「ごめん。」
「嘘つき。」
「うん。」
「裏切り者。」
「そうだね。」
凪の言葉一つ一つが刺さる。自然と目線が落ちてゆく。
「そうやって切り捨てていくから1人なの。」
「だよね。」
「私以外、誰にも好かれてないくせに。」
「今はそうかもしれない。」
「私がいなかったら貴方はずっと一人ぼっちだよ。」
「それは違うかな。」
凪は僕が反論したことに目を見開いた。僕はすかさず、
「僕は変わるよ。」
と言葉を放った。
凪は視線を地面へと向けた。
「たっちゃんが変わるなら私も変われるのに…。たっちゃんの理想になれるのに…。」
「…。」
「…。」
「変わるってのは、行動・言動に移すことって、凪は言ったね。」
「…」
僕はおもむろに秘密基地のブルーシートを持ち、引き剥がした。
「やめてっ!」
僕の背中から凪の切り裂くような声が聞こえるが、聞こえないふりをして僕は次から次へと秘密基地を壊す。
「お願いっ!!!」
それでも僕の手は止まることをしなかった。元々丈夫な作りになっていなかったからか、直ぐに半壊状態へとなった。僕は手を止め、壊れた秘密基地を一心に見つめていた。僕は振り返ってこう言った。
「今までありがとう、凪。」
凪の全身が光に包まれる。凪は自身がここに留まることができないことを悟ったように見えた。そして僕に微笑みを浮かべた。それはあの吸い込まれるような目ではなく、普通の少女の優しい微笑みだった。やがて、凪は蛍のような小さな光に分解され、夜空へと向かった。夜空が先程までより美しく輝いて見えた。
その夜空を暫く眺め続けた後、夜空から背を向け歩き始めた。僕は1人で駅に向かう。今日は駅で一晩過ごそうか。もしかしたら親に連絡が行くかもしれないが、それもまたいいだろう。そんな事を考えながら夜風を切り裂くように歩み、その足はとどまることをしなかった。
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