【第参話】花火に反射する君は

3日後、僕は友達に誘われた夏祭りに訪れていた。クラスの男6人グループである。もちろん僕が提案した訳でなく、他のメンバーが誘い、多くの参加者がいたため、その誘いに乗っただけである。僕にとってはその男6人に加えて女の子が1人いるのだが…。


僕らは集合場所で落ち合ったあと、射的をしたり、くじを引いたりして遊んだ。その時に気づいたのだが、凪は人はおろか、物にも触れられない。凪がいるところに人が通れば、凪の体を通り抜けていく。僕は、それが凪の存在を否定しているようで複雑な気分になり、できるだけ、凪に人を近づけないようにした。


途中に通りがかったりんご飴の店で、凪は僕にこれが食べたいとねだってきた。僕が買っても君は幻覚だから食べれないだろうと言ったが、幻覚だからこそ、買わなくても想像するだけで良いらしい。


凪の言う通りに、りんご飴を食べている凪を想像したらポンッという音と共に、凪の右手にりんご飴が現れた。凪はおいしそうにほおばっていた。6歳の時、僕と一緒に柿を食べた凪は、変わらないままそこにあった。


全員集合してから1時間半余りのことだろうか。クラスメートの1人がそろそろ花火の場所を取らないかと言った。19:30から始まるので、約30分後くらいだ。もう良さげな場所は既に取られていたが、そこそこと言った場所なら今からでも取れるだろう。僕達は移動することになった。


場所はとれたものの、かなりの人混みだった。人混みが嫌いな僕にとっては地獄というほかないだろう。だけどそれを悟られないように必死に笑顔を浮かべた。待ち時間では皆それぞれ、やれなんで男同士で花火なんてやら、来年は念願の彼女やらと口々に言いあっている。彼らの顔は文句を垂れているようで、楽しいという気持ちが抑えられていないようだった。


帰りたい。


ずっとその言葉が僕の頭でこだましていた。僕のこの気持ちは、ずっとこいつらにはわからなくて、そしてまたずっと、こうした事が繰り返されるんだ。


そんな気持ちで心がいっぱいになり、何気なく顔を下に視線を向けると、凪が僕を真顔で見つめていた。


「凪…。」


僕は自然と凪の名前を声に出した。祭りの騒がしさでクラスメートには恐らく聞こえていないだろう。凪は僕に向かってこう言った。


「何も変わってない。」


と。どういう意味だろうか。僕に何をしろというのだろうか。凪はそれ以上、何も言わなかった。


僕はこれからずっと、自分が嫌な事をして、自分を閉じ込めていく人生なのだろうか。


嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。


僕はクラスメートの1人に、


「ごめん、トイレ行ってくる。」


そう伝え、颯爽とその場を離れていった。大勢の人をかき分け出ていった。しばらくするとだんだん人の密度が減っていき、やっとのことで人混みから脱した。1人になった後は暑い夜風が心地よく感じた。


「変われたね。」


凪は僕にこう呟いた。凪は僕に向かって微笑んでいる。傍からみたら(実際に凪の姿は他人に見えないけど)僕達は兄妹に見えるのだろうか。もし凪が僕と同じ人間のように成長できたら…。


パンッ


その音に驚き振り返った。花火が始まったらしい。人々から歓声があがる。僕は小さくしか見えない所にいたが、それでも十分に綺麗と思わせる程だった。


凪は人の背で見えないだろう。僕が凪に触れたらおぶって見せれるのに、と、凪に視線を向けたが、視線の先には凪の顔がなく少し膨らんだ胸があった。少し目線を上げると、先ほどより大人びた凪の顔があった。


「綺麗だね。」


凪は笑顔を向けた。僕は声が出なかった。凪は先程まで初めて会った時とおなじ、6歳の見た目をしていた。しかし、背がぐんと伸びて、年齢にして10歳ほどの見た目になっていた。僕と見た目だけなら4つ違い。それでも心臓の鼓動を早めるには十分なものだった。


「凪、その、見た目、どうして…」


僕はうまく文を紡げずにいたが、どうやら何を言いたいかが伝わったらしい。


「これはたっちゃんが変わったからだよ。だから私はたっちゃんの理想の姿に寄ったんだよ。」

「そんなこと…」

「出来るんだよ、私ならね。もしたっちゃんが望み、変わるなら、私ももっとたっちゃんの理想に変われる。」


そう言い、凪は微笑んだ。凪の微笑みは昔から何かを見透かしたような、けれども見られたのが嫌ではないような不思議な気持ちにさせられる。さらに肉体が成長したことによって、凪以外の何かを見られないほど、その姿に見惚れてしまいそうになる。


「僕が変われば…」


そうぼそりと呟いた。その声は凪も気づいていないようだった。

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