第9話 謎の少年
「アイリーン。クエルを頼む」
ローフォーテン将軍はそう言い残すと敵の密集しているところに馬で突っ込んでいく。
突っ込んだ先では狼狽の声がした。
戦いのこの段階ともなれば群れているのは梯子のところである。
城壁を越えようとしているところに後ろから攻撃されることとなった。
「どこから現れた?」
慌てふためくうちに瞬く間に襲撃者の数が減る。
もう少しで城壁に取りつこうとしていた兵士を乗せていた梯子が叩き壊されてバラバラになった。
てっぺん付近にいた者も含めて敵兵が地面に落下し砂ぼこりを巻き上げる。
ぐえ、というような声を出して動かなくなった。
2つほど同じような状況の梯子を潰すと敵兵の間に厭戦気分が広がり始める。
敵兵を蹴散らしながらローフォーテン将軍はアイリーンさんのところ、つまり僕の近くに戻ってきた。
兜の代わりも兼ねていると思われるサークレットの下の目は僕のことを凝視している。
脇から挑んできた敵兵を一顧だにせず槍で突き刺した。
表情は硬く、なんだかとても不機嫌そうである。
戦場で武器も持たずにうろちょろしていた僕のことを半ば呆れ、半ば怒っているのかもしれない。
叱責の声に備えて僕は身構えた。
近くにいたアイリーンさんがジェスチャーをするとローフォーテン将軍はフイと視線を外す。
「残敵を掃討する。己の愚かしさを骨身に染みこませてやれ。ただし、無理はするなよ。追いつめられれば鼠も猫を噛む」
大声で指示を与えると馬首を巡らせて敵兵の群れに向かっていった。
「聞いたわよね? 無茶はしちゃだめよ」
アイリーンさんは騎士の1人に僕の監視を言いつけるとローフォーテン将軍の後を追いかける。
「勝ったぞお!」
城壁の上から百人長の叫び声が響いた。
それに応えるように歓声が上がる。
襲撃してきた連中は見るからに慌てていた。
大勢で攻めているつもりが挟み討ちにされた形になっている。
浮き足だった敵兵は梯子を滑り落ちると逃走を図り始めた。
僕のところへも数名が走ってくる。
「退路の正面に立つのは避けてください」
騎士に命じられて僕は必死な表情で駆けてくる連中の進路を空けた。
その内の1人が急に進路を変えて僕の方へと向かってくる。
「助けて! 僕も王国民なんだ」
敵意がないということを示すように剣を投げ捨てた。
星明かりの下なのではっきりとは分からないが僕よりも年下のように見える。
「あ、23番。てめえ」
剣を投げ捨てた少年のすぐ近くにいた男がその脇から斬ろうとした。
ぱっと砂を蹴って飛び出すと僕はその刃先に剣を差し出す。
相手の動きは鈍くギリギリのところで刃を止めることができた。
剣と剣が噛みあいそのまま力比べをする横で少年の顔が驚きから喜びへと変わる。
しゃがみ込むと砂を掴んで僕の相手の顔に投げつけた。
怯んだ隙にぐっと相手を押しのけ僕は素早く剣を振る。
刃が上手く首筋に当たった。
適当に拾った剣は鋭い切れ味を示してばっと血が噴き出す。
なおも向かってくる相手の剣を弾くともう1度深く斬り下げた。
今度の1撃は致命傷となる。
倒れて砂を掴んだまま動かなくなった。
「クエル殿!」
敵兵の退き道を空けるため離れた側に寄っていた騎士が悲鳴のような声をあげる。
馬を駆って僕の方に近づいてくると目を怒らせて槍を構えた。
「降参。降参してます」
少年は叫ぶが効果がないと見てとると僕の背後に隠れる。
「ねえ、お兄さんも王国兵でしょ。オレのこと味方だと言ってよ。オレ、あいつらに捕まって無理やり従わさせられたんだ」
「本当のことを言っているか分かりません。クエル殿。離れてください。危険性は排除します」
「ね、信じてよ。オレ、ネール村のシモン。名簿と比べれば分かるだろ?」
シモンは僕に抱きついて離れようとしない。
騎士の目が細くなった。
僅かに僕から出ている部分を正確に槍で突けるか計算をしているようである。
「ちょっと待って。落ちついてよ。ほら、まだ敵がやってきてる」
僕が走ってくる一団を指さすと騎士は唸り声を上げた。
「そこを動かないでください」
騎士は僕らとその一団の間に馬を入れて大きく槍を振り回す。
一団は走る方向を変えた。
馬は逸るように前脚をかき、騎士も追撃できないことを悔しそうにしている。
僕のお守りをさせてしまって申し訳なかった。
とりあえず当面の危機は去ったと判断したのかシモンは僕にしがみついた手を緩める。
脇の下から頭を突き出すと首を捻って僕を見上げた。
「さっきも言ったけどオレの名はシモンね。お兄さんの名はクエルでいいんだよね? で、なんで帝国の騎士が護衛してるのさ? 新兵に支給される装備をつけているのに」
「それは僕が聞きたいよ。まあ、現時点で唯一の王国駐留軍だからかな」
「ふーん。やっぱりそうなんだ」
「やっぱりってどういうこと?」
「王国側の駐屯地はがら空きになるって連絡があって攻め込んだみたいなんだよね。だから抵抗された時点で話が違うってなっていて」
「そうなのか」
そんな会話をしている間にも戦闘は続いている。
しかし、組織だった戦いは既に終わり、帝国騎兵が敗残兵を追いかけて一方的に始末する展開になっていた。
僕に張りついている騎兵もほっとした顔をしている。
さすがにもうシモンを突き刺そうという気は無いようだった。
僕はあることに気がつく。
「ねえ、シモン。他に無理やり戦わさせられている人はいないの?」
「さあ、どうだろ。いるかもしんないけどオレは分からないや。他人の心配をする余裕は無かったし」
逃げても無駄ということでそこここで武器を捨てて投降する者が出始めていた。
「いやあ、オレは運が良かったよ。偶々逃げていく方向に王国の兵装をしたクエルがいてさ。しかも、お人好しだしね。もし、僕が騙すつもりだったらどうしたの?」
「え?」
変な声を出すとシモンは慌てて弁解する。
「例えばの話だよ」
それから、こちらに聞き耳を立てている騎士にもアピールした。
「オレは正真正銘の王国兵だからね。クエルと一緒の」
そこに砂煙を巻き上げながら2頭の馬がやってくる。
「おい、それは誰だ? いや、待て。クエル、怪我をしたの?」
ローフォーテン将軍は切羽詰まった声を出した。
「返り血を浴びただけです」
「そうか。しかし、大人しくしていろと言ったはずだが」
「すいません。敵が迫ってくるので仕方なく」
「何をしていた?」
これは僕ではなく騎士への呼びかけである。
「将軍申し訳ありません。クエル殿は急にその少年を助けようとしたので介入が間に合いませんでした」
「で、お前はなんだ? クエルから離れろ」
僕に抱きついて隠れようとしているシモンに冷たい声をかけた。
「やだよ。そしたらオレを刺すんだろ」
僕はシモンの素性を説明する。
「分かったからクエルから離れろ。今すぐに」
ローフォーテン将軍からの圧が強まった。
僕に向けられているわけではないはずなのに空気がピリピリする。
シモンが離れると将軍は騎士に新たな命令を与えた。
「そのシモンという少年を拘束しろ。素性を確認して本人の弁通りなら良し。さもなくば他の捕虜と一緒にまとめておけ」
騎士は直ちに命令を実行する。
「ちょっとオレは嘘を言ってないって」
「黙らないと口も塞ぐぞ」
その脅しにシモンは口を噤んだ。
僕の方に目線で助けを求める。
「兵舎の名簿を調べるの僕も手伝うよ」
騎士はローフォーテン将軍の方に顔を向けた。
「クエル殿の保護はいかがしますか?」
「その任は解く」
「はっ」
シモンが連行されるのを見送りながら僕も兵舎の方に歩き出そうとする。
「まだ完全に安全になったわけではない。勝手にちょろちょろするな」
眉を寄せた将軍に行く手を遮られてしまった。
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