第8話 夜襲
見間違いだったらどうしよう?
ここで警告を発して何もなかったら?
少し判断に迷う。
真剣に考えて教則本の内容を思い出した。
ええと。
『違和感を感じたらすぐに知らせること。喉を搔ききられた後では何もできない』
僕は鎧に付属している笛を外すと思い切り吹き鳴らした。
夜の静寂を切り裂いて高い音が響き渡る。
「なんだ。なんだ」
「誰がどこで吹いている?」
城壁のあちこちで不審の声が上がった。
ざわめきを制して百人長の野太い声が辺りを圧する。
「手順通り、火焔球を射出しろ!」
松脂などを詰めてあり1度火を付けると爆ぜて燃え続ける火焔球が放物線を描いて地面に落ちた。
着地するといくつにも割れて広範囲を炎が照らし出す。
その明かりを受けて全身を赤茶色の装束に包んだ人影が浮かび上がった。
「くそっ。強襲に切り替えるぞ!」
「敵襲だあっ!」
敵と味方の叫び声が入り交じり、俄に辺りは騒がしくなる。
僕はねぐらから這いおりると人影が見えない部分の城壁の守りについた。
胸壁に立てかけてあったクロスボウを手にすると城壁の外に向かって構える。
鉤つきの縄を振り回している人間に向かって矢を放った。
叫び声をあげて倒れるのを確認すると胸壁に背中を預けて身を隠す。
階段のところから松明を掲げた兵士が次々と上ってくるのが見えた。
「誰だ?」
松明をかざして誰何される。
「クエルです。王国の」
「なんだ。驚かすなよ。もう城壁を越えられたかと思ったぜ」
声をかけてきた兵士は僕の手からクロスボウを取り上げると弦を足で踏んだ。
その辺りにあった矢筒から矢を取り出し装填すると外に向かって構え撃つ。
また、叫び声が上がった。
兵士が屈むと同時に今まで頭があった場所を矢が通り過ぎる。
「くそ。数が多いな。こっちのクロスボウはこれだけなのか?」
「はい。これで全部のはずです」
「10基しかないのか。こいつは厳しいな。矢もこれだけか……」
帳簿上はもっとあるはずなんだけど、現物は今あるものしかない。
それを嘆いても仕方ないので僕はうち捨てられた煉瓦を拾う。
城壁に取りつこうとしている相手を狙って煉瓦を投げた。
がっという音に続いて喚き声が響く。
「くそったれが」
狙った頭ではなく肩に当たったようだが、それでも相当な痛手を与えたらしい。
何度か繰り返すと他の兵士もやってきて、煉瓦を運んでいき投げ始める。
威力としてはクロスボウの方が高いが、連射はできない。
そして弾数という意味でも煉瓦に優位性があった。
「ちきしょう。壁を修理してやがる。手足をかける場所がねえ。梯子はどうした?」
下の方から悲鳴のような声が上がる。
近くにいた髭のおじさんが煉瓦を持たない方の手の親指をぐっと立てた。
それから煉瓦を投げる。
しばらく優勢を保っていたが敵は次から次へとやってきて切りが無い。
さらに梯子が何本も城壁に立てかけられ、それを巡る攻防が激しくなった。
じわじわと人数差が効いてくるようになる。
まず、矢が尽きた。
続いて煉瓦の数も少なくなってくる。
百人長が怒鳴った。
「白兵戦用意。城壁に上らせるな」
ちらと見下ろすとまだまだ敵は残っている。
城壁の上に侵入を許したら数に押し潰されるのは明らかだった。
どどど。
低い地響きの音を立てて襲撃者の背後から騎馬の一団がやってくる音がする。
肩に矢を受けて壁に寄りかかっていた僕よりちょっと年上の兵士が顔をしかめた。
「まだ、増援が居るのか。こいつは厳しいな」
体をよじって荒い息を吐く。
「おい、ボウズ。逃げるなら今のうちだぜ」
「そんなことはできません」
「真面目なこった。真面目なのはいいがそれだけじゃ戦場で生き残れないぜ」
「でも、ここで戦うのが僕の仕事です」
僕は腰に吊るしていた剣を抜いた。
人を斬ることができるのかというと正直なところ自信はない。
けれども口にしたようにそれが僕の仕事だし、戦わなければ生き延びることはできないということぐらいは理解している。
僕はすぐ近くの城壁に新たに立てかけられた梯子の先端を向こう側に押しやった。
片手に剣を持ったまま押したのが良くなかったらしい。
梯子が城壁と反対側に傾いただけでなく、僕が押しているのと別の脚を軸にぐるりと回転する。
手を放すタイミングを失った僕は城壁の上へと重心を戻すことができなかった。
とっさの判断で勢いよく城壁を蹴る。
このままでは城壁に沿って落下するだけだったので悪い判断ではないはずだった。
ただ、梯子はゆっくりと倒れていっている。
このままでは結局地面に叩きつけられるのは変わらなかった。
剣を捨てると両手で梯子を握り、夢中で梯子の上側の面に移動する。
梯子の横木を踏みしめて駆け降りようとした。
半分も降りないうちに梯子が地面にぶつかりそうになる。
その瞬間に思い切り横木を蹴って宙へと飛んだ。
体を丸めて着地の衝撃を和らげる。
砂まみれになりながらゴロゴロと転がった。
建物の4階ぐらいの高さから落ちたにしては悪くない着地と言えると思う。
どこも骨折していないし意識を失ってもいない。
口に入った砂を吐き出しつつ周囲の様子を窺った。
うわっ。
僕の近くには襲撃者が10人以上もいて非友好的な視線を向けてくる。
もちろん手には剣を握りしめていた。
対する僕は投げ捨ててしまったので手には何も持っていない。
「こいつから血祭りにしちまえ!」
呼びかけに応じて一斉に敵が襲い掛かってくる。
砂に足を取られながら後退しようとするが、相手の殺到してくる方が圧倒的に速かい。
もう駄目だ。
そう思った瞬間に僕と敵兵の間に遮るように真っ白な馬が駆け込んだ。
馬上の人物は槍を振るう。
白刃一閃。
その1振りで5人もの敵兵が吹き飛んだ。
さらに巧みに馬を操ると馬首を返しながら2度、3度と槍が翻る。
「クエル。こんなところで何をしているの? 剣も持たずに。本当にもうっ!」
僕の方を見もせずに銀色の鎧をまとったローフォーテン将軍が叫び声をあげた。
槍が動くたびに編み込んだ金髪が炎を受けてきらめく。
そういう場合じゃないけれど、絵になる姿だと思った。
「女だあっ。生け捕りにしろ!」
周囲の敵兵が色めき立つ。
ローフォーテン将軍は再度叫んだ。
「は・や・く! 剣を拾え! どれでもいい」
僕はその辺に倒れていた敵の1人の手から剣を奪う。
次の瞬間には斬りかかってきていた別の敵の攻撃を辛くも受け止めた。
「くっ」
押し込まれそうになるのを横に受け流して相手を斬る。
「姫様っ」
そこに味方の騎兵が走ってきて戦いに加わり、たちまちのうちに乱戦となった。
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