常冬の山(と真夏のカニ)
春嵐
0年
目が覚めた。しぬと思っていたので、目が覚めたという事実そのものに、
「起きたか」
男の人。同じぐらいの歳?
「服は剥がしたが、緊急措置だから訴えられても困る」
たしかに。満仲は、着ている服が違うことに今更気付いた。
「わたし、これ、ピンチですか?」
「腕は動くか?」
指を。絡められる。
ピンチかもしれない。
「指を動かしてみろ。ゆっくりでいい」
どきどきする。手が。絡まっていて。
あっ指は動く。普通に。
「よし。凍傷の心配はないな」
見知らぬ男の人の、手が、離れる。暖かかった手が、ちょっと、さみしくなる。
「俺は
自己紹介。
「満仲好子です」
「学生か」
「まぁ、はい」
修学旅行中だった。抜け出して。そして。ここにいる。
「しにたかったのか?」
いきなり。
「まぁ、答えたくないならそれはそれでいい。しぬのはちょっと待っとけ」
風後さんが、席を立つ。普通の、一軒家のリビングみたいな、パッと見た感じは、常冬の雪山にはありえないような、そんな場所。暖かい。
「ほら。食え」
カレー。
「いただきます」
あっ辛い。辛いです。
「暖かいだろ」
「いや、ちょっ、辛い」
「落ち着いて、慣れるまで水を飲め」
あ。うわ。美味しい。辛さが喉から拡散して全身に回っていくみたい。すごい。
「しにたいか?」
「え、ごめんなさいおかわり」
「よし。いっぱいあるぞ。食え食え」
カレー。ひとしきり食べきった。美味しかった。満足感がすごい。辛味が、後に残らない。爽やかさすら感じる。
「あ、あの」
「いや、俺は人とあんまり喋ったことないから、質疑応答は少し難しいかもしれない」
なにその謙遜。いや謙遜じゃなくて言い訳?
「お歳は?」
「歳?」
「あっ年齢。わたしは17です。成人済み」
世界が冬に包まれてから、成人年齢は15まで引き下がった。
「俺は21」
4つ上か。
「ってことは、冬以外を知ってるんですか?」
「ほんの少しだけな」
「いいなぁ」
そこで、いったん会話ストップ。矢継ぎ早に浴びせかけない方式。
今から15年ぐらい前。世界が冬に包まれて、世界は数年だけ混乱して、そして冬のまま元に戻った。冬が続くだけで、あんまり何かがおかしくなったということもない。食べ物などは、効率化だかで15年前の数倍に増えたらしい。リアル暖衣飽食の時代。
「なぜ、ここに?」
答えにくい質問だったので、少し内容を変更。
「ここは、どこですか?」
「8合観測所」
「観測所。何を観測してるんですか?」
「山」
そういえば、事前学習で言ってたっけ。ここは昔、山だったとか。雪が積もって固まって、山じゃなくて小高い丘みたいになってるけど。
「おひとりですか?」
「ひとり」
おひとりさまね。
「もしかして、女のひとに耐性無いですか?」
「女というか、他者に耐性がない」
「緊張する、とか?」
「いや」
急に、近寄ってこられて。手を握られる。
「え」
なんとなく。分かる。というか、伝わってくる。何か。よくわかんないけど。感情が。
「感情伝播体質というらしい。ふれあうと、感情を繋ぎ合わせることができる」
「え、すご」
握られた手が、離れる。
「だから、ここに逃げてきた」
「逃げてきた?」
「怪しげな組織とか、宗教とか。そういうやつから」
「あぁ」
感情を繋ぎ合わせられるから、擬似的にトランス的な。
「他人と喋るのも、数年振りだ」
「わたしと真逆だ」
あ。自分のこと喋るか。
「わたしのことを喋ります」
顔が良くて、それが原因で家でも学校でもくそみたいなことにしかならなかったこと。それがいやで、修学旅行に紛れてしのうと思ったこと。簡潔に喋った。
「顔が良いと、不幸なのか」
「ええ。特に世界が冬に染まってからは」
そういえば、風後さんも。顔はめちゃくちゃ良い。知らず知らずのうちに不幸だったのかも。
「通信端末で、連絡してもいいか?」
「わたしのことを?」
「あぁ」
また、あのくそみたいな環境に戻されるのか。
また。手が繋がれる。
「そのままで、いやだったらいやだと思ってくれ。伝わるから」
え。待って待って。むずい。
「俺です。いえ。兆候はありません。それではなくて、女をひとり、はい。保護しました」
こわいこわいこわい。
「自殺しそこねたと言ってます。俺にください」
え。わたしが。あなたに。
「大丈夫です。凍傷一歩手前で埋まってましたから。俺が何かしなければ死んでます。危険性はないと思います。はい。はい。わかりました。では」
通信が終わった。
「なんとかなるぞ。しばらくここにいろよ」
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