ダミアンを壊すには

@suphuh

第1話【記憶の中の彼】

面談室の空気は、いつもより少し重かった。

コンクリートの壁。スチールの机。安物の椅子。そして…何度か見たあの顔。


まるで人を冷やすため”だけに設計された部屋だ。

それでもダミアン・ホルトは、その場をリビングルームのように使いこなしていた。

足を組み、指先でリズムを取りながら、微笑んでいた。


「ねえ、エリオット。ブルックリンに”ダフィーズ・ダイナー”ってまだあるかな?」


唐突な問いに、エリオットは視線を上げた。

手元のノートには、彼の発言を記録するためのページが開かれている。

だが、まだ何も書いていなかった。


「さあ。調べていません。」


声は無感情を装っていたが、内心では既に何かが引っかかっている。


ダミアンは微笑んだまま続ける。


「彼女がね、そこが大好きだったんだ。毎週日曜の朝は決まって、パンケーキとブラックコーヒー。俺はチリチーズオムレツを頼んで、彼女の皿からベリーを盗むのが、もう儀式みたいになってた。」


エリオットは黙っていた。


「.....彼女って?」


あえて聞いた。わかっている。この“彼女”が存在しないことを。

捜査記録に、ダミアンの過去に恋人の影は一切ない。

それでも、ダミアンは少し目を細めて笑った。懐かしさを演じるプロフエッショナルの顔だ。


「ほら、名前なんて言ったかな。ケイトだったかな。いや、ローラだったかな?.....不思議だよね、愛してたし、今も愛してるはずなのに、思い出って曖味になる。」


曖昧なのはお前の嘘のほうだ、という言葉が喉まで上がったが、飲み込んだ。

エリオットの右手が、机の下で無意識に拳を握る。


「あなたにとって彼女は、本当に”存在してた”と思ってるんですか?」


ダミアンはしばらく黙ったあと、ふっと笑った。


「君って時々、意地悪だよね、エリオット。」


「僕が今ここで誰かを愛してたって話をしてるのに、すぐに”それは事実か?”って切って捨てる。」


エリオットは何も返さない。目だけがじっと彼を見ていた。


「でも、それが君の仕事か。」


ダミアンはゆっくりと身を乗り出す。

まるで、親しみのある昔話を続けるように。


「その日もね、彼女は俺にこう言ったんだ。

”ダミアン、あなたがもし人殺しでも、私はあなたのそばにいる”って。俺は思わず”あぁ。俺も君の隣で居たい”だなんてとってつけたような言葉を使っちゃった。それでも、彼女は嬉しそうにしてたなあ。」


一瞬、エリオットのまぶたがピクリと動いた。

それを見逃すダミアンではない。


「君も、同じようなこと....言いかけたよね、先月。」


「”人を殺しても、その理由によっては私はーー”って。」


沈黙が走った。

時計の針の音が、まるで拷問のように響く。

エリオットはノートを閉じた。


ペン先が微かに震えていた。


「面談はここまでにしましょう。」


椅子を引く音が、部屋の中で不自然に大きく響く。

ドアに向かうその背に、ダミアンが柔らかい声を投げた。


「君が俺に会いに来る限り、俺は君を傷つけるだろう。」


彼のサイコパス的発言でさえ、私を気遣ったものだと錯覚してしまう。

彼は自分自身を過小評価し、卑下し、だからこそ自分自身から私を遠ざけているようにすら感じた。

エリオットは立ち止まる。振り返らずに答える。


「....君の”彼女”は、最初から死んでいた。」


ダミアンは飄々と返す。


「違うよ。彼女は”最初から存在していなかった”…のかもね。」


「でも君は、今もその幻に嫉妬してる。そんなところが、どこまでもめんどくさく感じるんだよね。」

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