第29話
最終学年になり、そろそろ卒業後のことを考えなければいけなくなってきた。
当然ながら、女子修道院の護衛は既に別の人が雇われていた。エリザベスの意向に合った募集など滅多になく、絶好のタイミングを逃してしまったことになる。学生の間は保留にしてもらえた婚約者選定もいつまでも見逃してもらえる訳ではない。やはりあの時修道院に駆け込めばよかったのだろうかと振り返ることもあったが、あの後、素のままで過ごした学校生活で話せるようになった人は多く、たくさんの思い出ができた。学校をやめなくてよかったと心から思っている。
「まあ、王城に勤めて結婚相手を見つけるというなら、もうしばらく待ってもいいだろう。王城で行儀見習いをしたとなれば箔がつく。だが、二年だ。二年経っても相手が見つからないなら、こちらで相手を用意する」
「行儀見習い」という言葉は、公爵はエリザベスが侍女になることを想定していたのかもしれないが、王城で務めるなら護衛以外にない。エリザベスは一度はやめた王城の護衛を目指して他の学生達と一緒に試験を受け、紅一点、二位の成績で合格した。
合格証を持って行くと、公爵はちょっと息を強く吐き出したが、約束を無効にはされなかった。
王城の護衛は元々働いていたところであり、同僚も大半が知り合いで気心が知れている。しかも今度は第一王子専属ではなく、女性騎士として王妃や王弟妃、王弟の公女や来賓の警護が中心だ。
「やっぱりエリザベスはここに来るべきだったのよ!」
かつてエリザベスが憧れを抱いていた先輩方も温かく迎えてくれ、自分の希望にかなった仕事にやりがいを感じていた。
何度でもアタックするようなことを言いながら、エイベルからは在学中も今でも結婚どころかお付き合いをほのめかされることもなかった。
公爵との約束もあるので、勝手に相手を決められたくなければ二年以内に自力で結婚相手を見つけなければいけない。自分の結婚相手になってもいいと思える人はどんな人だろうか、真面目に考えてみた。
自分より強い人? 別に守られたいと思っている訳じゃないし、負けず嫌いな性分から強い人には恋心よりライバル心が沸き、打ちのめしたくなる。力で押すゴリラタイプはどちらかというと苦手だ。
博識な人? 物知りな人には感心するが、口が立つ人とは昔から相性が悪い。理詰めにされると委縮して、自分の考えがまとまらなくなる。頭の回転が緩やかな自分に合わせてくれるような人なら嬉しい。
お金持ち? 義父のおかげで今のところ生活には苦労していない。自分の稼ぎもあるし、王城で働けなくなるようなことがあれば公爵家を抜けて平民に戻ってもやっていく自信はある。
爵位も興味ないし、公爵家は義兄が継ぐから継承問題もない。
改めて考えてみると、結婚する必要はないのでは?
いっそ仕事に生きるのも悪くはない。剣の腕を鍛えておけば、父のようにどこかの商家の用心棒になってでも食べていける。あの義父がそれを許すとは思えないが、学校を卒業した今、いつまでも義父の世話になる必要はないのだ。
一方でエイベルも無策ではなかった。
王族なら独り身でいることは許されないと言われようと、王太子候補ではないことを逆手にとり、新しい婚約者を受け入れたブライアンや既に子供のいる王弟を引き合いに出して、後継者づくりは他の人に任せればいいと父王や宰相が勧める縁談を全て断っていた。王や宰相も最有力候補の某公爵令嬢がまだ残っていることに期待をかけながらも、一度破談した相手だけに強固に縁を持つこともできずヤキモキしていた。
エイベルだって、初めはエリザベスを手に入れようとガンガンに攻めていくつもりだった。
王子を守るために婚約者役を演じていた頃とは違い、気取ったところがなく、お人好しで、なんやかんや言って面倒見がいいエリザベスは、すぐに友達も増えて学校生活を楽しんでいた。それに水を差すのも気が引け、結局はほぼ見守り体勢から抜け出せなかったが、周りの男への牽制は手抜かりなかった。
もう二度とすることはないと思っていた勉強会は、二人きりになることはなかったが、人数を増やして復活し、身分で忖度せず意見をぶつけてくるエリザベスとの話し合いに熱くなり、手ごたえと充実感を感じた。気がつけば「殿下」ではなく「エイベル」と呼ばれていることもあったが、気づかないふりをして呼ばれる名を受け入れた。
卒業後は王城に勤めるようハンドリングはしたが、ずっとやりたかったという女性騎士の仕事を自力でつかんだ。自分のそばにいないのは寂しくはあったが、目の届く所で生き生きと仕事に取り組んでいる姿を見ていると、エリザベスの選択は正しかったと思えた。それ故にかつて自分専属の護衛を父王から命じられた時に反対してやればよかったと、矛盾する後悔を抱いた。
学校を卒業後、エイベルは国内外の各地に精力的に視察に出かけた。他国の制度や法律を学び、自国の農産物を売り込み、他国の新しい技術を自国に導入できないか議論を重ねた。
視察の旅には、予定が合えばエリザベスを「護衛」の一人として同行させた。
時には視察の場で意見を求め、互いの意見がかみ合わないことは納得するまで話し合って出した結論は大抵うまくいき、ユニークな施策を実現していった。その範疇はもはや護衛ではなかったが、誰も突っ込むことはなかった。
王城勤務から二年が過ぎる直前に、エリザベスは「婚約を目標にしたおつきあい」という謎の妥協点でエイベルからの告白を受け入れ、恋人になることを承諾した。
公爵が定めた二年の年限もあったが、それ以上に誰よりも話が合い、仕事であっても感謝の言葉を忘れず、頑張ったことを認めてくれる。城内の女性騎士や侍女が男性に侮られることなく仕事しやすい環境を整えてくれたのもエイベルの助力によるところが大きい。そんな積み重ねがエリザベスのエイベルへの評価を変えていった。
旅先の古城で夕日の沈む海を前にした告白は、エリザベスの乙女心をくすぐった。旅の記念としてもらった指輪は自分の指にぴったりで、この日のために準備されたものだと気付いた。世間的にはプロポーズのシチュエーションだが、恋人として認められただけでもエイベルは満足だった。王子と両想いになり、公認の仲となれば、事実上婚約者になったも同然なのだから。
学校を卒業してから五年の月日が経ち、王は後継者をエイベルに決めた。
それに反対したのはエリザベスただ一人。
来月に挙式を控えたこの時期の発表に策略を感じ、王と公爵から王太子妃になる覚悟を促されてなお、王太子専属でもいいから護衛のままがいいとだだをこねた。
誰の目から見てもそれは無理だろう、というわがままに、エイベルは笑いながら問いかけた。
「誰かを守るのも、国を守るのもそんなに違うものじゃないらしいよ。昔大切な人からそう言われたのが忘れられなくてね。…リズはどう思う?」
結婚後、エリザベスは王太子妃兼王太子筆頭護衛官の肩書を持ち続け、その名に恥じず王太子妃、後には王妃としての職務を果たしながらエイベルを守り続けた。
やらかし王子の世話係 河辺 螢 @hotaru_at_riverside
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