第15話
エイベルとエリザベスは王立学校に通う年になった。
学業を優先して良いことになり、エリザベスは城への勤務は卒業まで免除され、公爵家から毎日学校に通うことになったが、護衛の仕事は継続扱いになっていた。
学校ではエイベルには同い年の護衛モーガンがつくことになっている。男女は別の教室なのに自分が護衛として必要なのか、エリザベスは疑問に思っていたが、そこで新たな役割が与えられた。
王に呼び出され、向かった部屋には義父であるシーウェル公爵もいた。公爵は王に目で合図した後、エリザベスにこう告げた。
「おまえにはエイベル殿下の婚約者候補になってもらう」
「こ、ここ、こんやくしゃ、こうほぉ?」
王を前にして、エリザベスは思いっきり顔を歪めていた。不敬罪に問われても文句の言えない態度だ。
エイベルの婚約者候補と言えばパトリシアを見ればわかるように容姿端麗、成績優秀、才徳兼備、品行方正、完璧な上位貴族の令嬢が選ばれ、それでも「候補」止まりなお役目だ。何を血迷ったか、とエリザベスは反論しようとしたが、あまりの事にうまく言葉にならなかった。
「学校の中にも婚約者候補の令嬢が何人かいる。そうでない令嬢もまた殿下と交流できる機会を逃さないだろう。おまえが婚約者候補の一人となり、学校で令嬢達の行き過ぎた行動があれば牽制してもらいたい」
そう言われたものの、…どうやって?
エリザベスは頭を悩ませた。
曰く、学校では学生の剣の持ち込みは許されていないが、剣に代わり「公爵令嬢」という肩書きが武器になる。
この国の公爵家は五家。エリザベスの在学期間に公爵家の生徒はエリザベスただ一人だ。エリザベスに面と向かって逆らえる者はエイベル以外におらず、牽制するには最適任、というのが王と公爵の見解だ。
エイベルの護衛担当のモーガンは格闘技の腕は確かだが、女性に力業を仕掛けることはできず、王子を守ろうと伸ばした手が令嬢の肩に触れ、嵐のようなクレームを受けるとタジタジになっている。あれでは簡単に押し切られてしまうだろう。
モーガンの不出来をエリザベスが補わなければいけないのか。いまいち納得いかなかったが、同僚と言えばその通りで、要人の安全を確保するにはチームワークが大切だと日頃から繰り返し言われているところだ。
しかし、だからといって何故「婚約者候補」にならなければいけないのか。護衛で充分ではないのか。どうにも納得いかないものの、既に決定事項となっている。エリザベスにはままならないことだらけだ。
家の侍女達が毎日張り切って装い立てたこともあって、学校でのエリザベスはそれなりに王子の婚約者候補にでもなりそうな令嬢っぽく見えた。
婚約者候補として昼休みは極力同席し、王子相手に果敢にアタックしてくる女生徒からエイベルを守った。エリザベスは口はうまい方ではないが、鋭い目つきで睨むだけで充分効果があり、それでも効かない時は王子と令嬢の間に立ち、距離を取るよう圧力をかけた。手紙や貢ぎ物を本人の見ている前で検閲し、大半は手渡されることなく却下。飲食物は王城に送るよう指導し、貴金属などの高価な物は学校持込禁止のため教師に預けると言えば、持って来る者はいなくなった。
エリザベスが忠実に任務を果たそうとすればするほど、周囲はエリザベスを嫉妬深い婚約者候補だと思い込むようになっていた。
公爵令嬢に面と向かって嫌がらせできる者はいなかったが、地味な嫌がらせには事欠かなかった。何せ自身には護衛も侍女もつけていないのだから。
自分が受けた嫌がらせと思われる事項は自分では手を出さず、発生した日時、場所、氏名または相手の特徴、内容を記録し、証拠が残っていればそれも添えて学校に報告した。エリザベスの名前で提出された報告は公爵家からのクレームであり、学校側の対応も早く、やがて嫌がらせは収まった。
城で護衛をしていたエリザベスと公爵令嬢エリザベスは同一人物だとわかっているはずなのに、周りは護衛のエリザベスはごまかしで今のこの姿こそが本性だと思い込み、それを吹聴する者がいる。そのおかげでエリザベスにはなかなか打ち解けられる友達ができなかった。たくさんの友達に囲まれた学校生活を夢見ていたエリザベスは、この損な役回りを恨まずにはいられなかった。
エイベルは婚約者候補の令嬢としてめかし込むようになったエリザベスを見て、所詮そんなものだろうと割り切っていたが、外見は令嬢になっても中身は護衛のエリザベスのままだった。自分に媚びるところはなく、婚約者候補は役と心得、ライバル令嬢への対応は身辺警護に物品検査、あくまで業務だ。周りに警戒すべき人がいなくなるとふにゃっと顔を緩ませ、「王子って仕事も大変ですね」とねぎらってくる。
互いの学校生活のことを話題にすることもあったが、特徴を捉えた某教師のものまねは絶妙で、モーガンも大絶賛だ。
熊殺しの珍獣はめかし込んでも変わらなかった。
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