三叉路の母親探し

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三叉路の母親探し

「三叉路の母親探し」



昔々、とあるところのとある村、一人の男がいました。


毎日、日が昇るとともに畑へ出て、日の暮れるまで黙々と作物の世話をする。その正直で誠実な働きぶりとは裏腹に、男の暮らしは貧しく、畑は痩せ、家は風が吹き抜けるほど質素なものでした。


​ある日の夕暮れ、男の家の戸を叩く者がいました。戸を開けると、そこに立っていたのは顔を隠すように深く笠をかぶり、疲れ切った様子の女でした。


​女は言葉を多く語らず、ただ腕の中の赤子を差し出します。そして、消え入るような声で「この子には父親がいません。ですが、あなた様のような正直な方に育てていただきたく……」と告げると、男が何か言う間もなく、夕闇に溶けるように姿を消してしまいます。


男は困り果ててしまいました。ただでさえ貧乏なのに赤子を育てる余裕などありません。

ですが、無力で一人ぼっちな赤子を見ているうちに情が湧き、育てることを決意しました。


しかし、そう決めたものの貧乏ゆえに暇がありません。日々の仕事に追われ、男には赤子を育てることができませんでした。村の者を頼ろうにも、貧乏ゆえにわずかなお礼しかできず、誰も男の頼みを聞いてくれません。

男は途方に暮れました。


そんな男が暮らす村の外れには、村人から鬼だと恐れられ、疎まれ、隠れるように暮らしている、とても醜い醜女が住んでいました。


噂に聞く姿に恐怖を覚えながらも、他に頼るあてのない男は、仕方がなくこの醜女の家を尋ねました。


醜女を一目見た男は驚きます。艶のないごわついた髪にひどく痩せこけた体、でこぼこの岩のような顔に鋭く釣り上がった目。開いた口からは牙のように尖った歯が見えました。


男は鬼ともつかぬ姿にたじろきました。しかし、一人ぼっちの赤子をこのままにはできません。男は心の中に湧き出る恐怖を押さえつけ、醜女を強く見据えました。


「よく来たね。まあお上がり」


しゃがれた声をしているが、意外にも人当たりのいい醜女。話してみると、噂とは違い案外穏やかで面倒見のいいことがわかります。男の状況を聞くと、少しの野菜と引き換えに赤子の面倒をみることを喜んで引き受けてくれました。






それからというもの、男が畑仕事に出る間、赤子は醜女の家で過ごすようになりました。昼間は醜女の膝の上で眠り、目覚めれば醜女が歌う子守唄をじっと聞いています。


男が畑から帰ると、醜女はにこやかに赤子を男に渡し、その日にあったことを嬉しそうに報告しました。そうして、男が畑でとれたわずかな野菜を置いていく。貧しいながらも、三人の間には、温かく、穏やかな時間が流れていました。


そんな風に、貧乏な男と赤子と醜女の交流は数年続いたのです。


やがて言葉を覚えた子供が男に言いました。


「おっかぁが欲しい」


子供の願いを叶えたいが、貧乏な男には嫁のあてなどありません。

困った男は醜女に相談しました。


「どうすれば嫁が来るだろう」


すると醜女は鞠を取り出し、男に渡します。


「ここから真っ直ぐ進むと道が三叉に分かれる。そこでこの鞠を転がし、転がった方向へ進みなさい。そうして最初に会った女がおまえの嫁になる」


男は醜女に礼を言い、子供を預けると、早速鞠を手に歩き出しました。


やがて三叉の分かれ道に差し掛かり、鞠を転がすと一つの道に転がっていきます。

その道を進むと1人の美しい女に出会いました。

男が子供の母親を探していることを話すと女は「喜んであなたに付いていきましょう」と言いました。


喜んだ男は美しい女を連れ、村への道をゆきます。

道すがら男が自分の暮らしや仕事についての話をすると、美しい女は顔を曇らせ、「汗水たらして働くような暮らしは耐えられない」と言い来た道を引き返してしまいました。


醜女がくれたせっかくの機会を不意にしてしまった。

そう落ち込んだ男が醜女の家に戻り事の次第を話すと、醜女は今度は糸巻きを取り出し男に手渡します。


男が再び三叉の分かれ道でそれを転がし、道を進むと今度は働き者の女に出会いました。

男が子供の母親を探していることを話すと、働き者の女は「喜んであなたに付いていきましょう」と言います。

しかし、やはり帰る道すがら、「見ず知らずの子供の世話に時間を取られたくない」と言い来た道を引き返してしまいました。


二度までも失敗してしまい、落ち込んだ男が再び醜女の家に戻り事の次第を話すと、醜女は悩んだ末コマを取り出し男に手渡します。


男が再び三叉の分かれ道でそれを転がし、道を進むと今度は子供好きの女に出会いました。

男が子供の母親を探していることを話すと子供好きの女は「喜んであなたに付いていきましょう」と言いました。

しかし、帰る道すがら男がこれ以上子供を持つつもりはないと話すと、「自分の子供を持てないのなら意味がない」と言い来た道を引き返してしまいました。


三度も失敗し、一人になった男はすっかり気落ちして醜女の家に戻りました。

もうさすがの醜女も協力してくれないかもしれない……そう落ち込みながら事の次第を話すと、話を聞いた醜女は泣き出してしまいます。


「私にはもうこれ以上どうすることもできない。おまえたちの助けになりたいのに、力になれない」


すると子供が心配げに醜女の膝に抱きつきました。


「おっかぁ」


はっとした男は目の前の女をまじまじと見ます。

そのとき、男の脳裏にこれまでの温かい日々が蘇りました。


「あぁ、君だったのか」


静かな、言葉がこぼれ落ちました。

こうして、子供の母親はとうに、そして確かに見つかったのです。



三叉路の母親探し おしまい

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