第109話 ナザリータ・ザナル・クリスタリア


 はじまりの里コーネリアル。

 魔法誕生の地である。


 最強クラスの魔法使いイルレもグルガガムのエアリー姫も、今回はじめて訪れた。

 魔導士村の隣の里であるのだが、魔導士村で生まれ育ったイルレも、コーネリアルの内情はほとんど知らない。

 とても、閉鎖的な魔法誕生の里である。


 ところで、魔導士村と異世界中に名が知られているイルレの出身地であるが、村であったのは遠い昔のことで、今では魔法都市アムルルや関所の街ラデアのような、人工の多い街として栄えている。

 旅人から見れば「どこが、村なんだ?」という声が聞こえてきそうなように、コーネリアルも里とは呼ばれているが、同じく遠い昔のことで、今は中央にコーネリアル城が建つ城下町である。



「皆さん! コーネリアル城への入城許可証を門番に見せてきましたよ」

 笑顔で手を振りながら城門から駆けて来るのは、チームエアリーの一員で竜騎士の帝国ゴールドミッドルからやってきた竜騎士りゅうきしユーナである。


「ご苦労だぞ、ユーナ」

 荷馬車の中から顔を出して彼女をねぎらう聖剣士リヴァイア。

「ありがとうございます。ティファシア殿」

 馬車を操縦している御者ぎょしゃ役のシルヴィは、手綱を握りながら一礼をする。


「あの、残念なことに……城の中へ荷馬車を入れることは認められませんでした。なので、チームエアリーは徒歩で入城することになります」

「……と、竜族りゅうぞくのユーナが言っていますが。公女姫はグルガガムの姫――エアリー姫さまを歩かせることは、あたいは反対です」

 荷馬車の床に片膝をつけて、魔法使いイルレは自分の判断を姫に仰いだ。

「イルレちゃん、いいじゃない。ボクもずっと荷馬車に揺られ続けて、そろそろ歩きたいなって思っていたところだし」


「……御意ぎょい

 深々と頭を下げた傍遣いイルレは、それからスッと立ち上がると、

「おい、ユーナ。もうひとつ頼みたいが、この荷馬車を停める馬小屋を探してきてくれ」

「ユーナちゃん。お願いしますね」

 

 最強クラスの魔法使いからの頼みは、即ち強制だと思い、身体を硬直させて緊張したのも束の間。

 グルガガムの姫から「お願いしますね」と笑顔で頼まれたものだから、後者への好印象がまさったのか、

「は、はい。わかりました!」

 笑顔で駆け出して行った竜騎士ユーナである。


 しかし、数歩駆けてから立ち止まってしまう。

 竜騎士ユーナが、急ぎ振り返ると、

「あの、皆さん! コーネリアル城の中ではナザリータさんという上級メイドが、案内係として同行してもらうことになるそうです」

 すると、荷馬車から顔を出したエアリーが、

「ナザリータ……さん? ユーナちゃん。今、そう言ったよね?」

「はい! ナザリータです!」

 そう大声で伝えると姫たちに一礼してから、再び駆け出して行った。


「幽閉されてコーネリアルに匿われたボクの双子の妹を案じて、コーネリアルに行ったんだっけ。……懐かしいな」

 荷馬車の床に座って、遠い目をして空を見上げるエアリーである。

 

 その隣に座っている魔法使いイルレに、

「……なんだ、イルレ? そんな苦虫を噛んだような顔をして」

 聖剣士リヴァイアが、エアリーの判断に不服そうな魔法使いイルレの気持ちに気が付いた。

「姫への忠誠心は案外、お前の弱点なのかもしれないな……」

「リ、リヴァイア……。それは、言わんといてーや!」

 図星……。

 姫の前であからさまに、自分の弱みを見抜かれてしまったものだから、慌てて手に持っている杖で自分の顔を隠してしまった。


「ところで、エアリー。その案内役の上級メイド――ナザリータという人物を、知っているのか?」

「ええ、聖剣士さま。恐らく、ボクがよく知っているナザリータさんだと思います」

「だから、リヴァイア! エアリー姫さまと敬称をつけーや!」

 杖の横から顔を見せるなり、血相を変えて怒り出した魔法使いイルレ。

「……ああ、すまんぞ」

 聖剣士リヴァイアからすれば、敵国の姫として教わってきたサロニアム側にとって彼女は、単なる暗殺対象の女子に過ぎない。

 それが、縁あってチームエアリーのメンバーとして、仲間として集まっている。

 敵国の姫として認識する期間のほうが、圧倒的にリヴァイアにとっては長かった。


「ほんま……、エアリーと呼び捨てしたり、エアリー姫とさん付けせーへんかったり、あんた、何様や?」

「これ以上、公女姫を侮辱するのであれば、あたいの杖から黒魔法を発動せなあかんことになる!」

 魔法使いイルレが聖剣士に警告――。

 そうしたら――、

「イルレちゃん、ボクはべつにいいよ。聖剣士さまだったら」

 と、あっさり敵国サロニアム側の英雄の暴言を許した、寛容なるお姫さま。


「……御意です」

 不服極まりないけれど、エアリー姫さまのお言葉は魔法使いイルレには絶対――。

 渋い表情でこらえながら、姫の傍遣そばつかいが頭を下げた。

「この……し、死ねない英雄め」

 捨て台詞を、小声で荷馬車の床に吐き捨てる。




       *




「グルガガム城の聖血なる公女姫――エアリー・ティナ・クリスタリアさま。お久しぶりです。エアリー姫さま」

「久しいですね。ナザリータ!」


 上級メイド――ナザリータは、「そうですね!」と言ってから微笑む。

 そして、両手でスカートの裾を指で摘まんで、姫にカーテシーで挨拶をして敬意を示した。


「なんや、ナザリータやったんか。上級メイドでナザリータと聞いたから、もしかしたらと思ってたんや」

 魔法使いイルレも知っているナザリータだった。

 そうわかると、イルレは杖で頭を掻いて緊張を自ら解す。


「あら? 青紫色のツインテールがお似合いの、傍遣いのイルレ・アム・キールルさん。……そうですか。今も姫さまの護衛を……ありがとうございます」

 ナザリータは、魔法使いイルレに深くお辞儀をして感謝の気持ちを見せる。

 顔を上げた上級メイドは、

「改めまして。あたしはナザリータ・ザナル・クリスタリアと申します」

 と、チームエアリーの皆に自己紹介をするのだった。


 メイド服の定番――黒のドレスにフリルの付いた白いエプロン姿を着て、頭にはカチューシャを飾る。

 背中まで伸びる、ストレートの金髪ロングヘアーが特徴的だ。

 姿勢もよくて礼儀正しく応対をする、メイドのお手本のような女性である。


「クリスタリア? ナザリータさんも、苗字がリヴァイアと同じクリスタリアなんですね」

 上級騎士フラヤが一早く気が付いたのは、ナザリータが聖剣士リヴァイアと同じ苗字であることだった。

「ええ……。あたしは、エアリー姫さまとは遠戚関係ですから」

「そうなんだよ、フラヤさん。祖先を辿ると、ボクとナザリータは同じ家柄に辿り着くんだ」

 懐かしい仲間と再会できたからか、とても嬉しそうに微笑んでいるエアリー。


「リヴァイアも……エアリー姫さまとは親戚の間柄だったっけ」

「ああ、その通りだ。我のクリスタリア家は、代々この聖剣を預かり受け継いできたんだ」

 腰に提げている聖剣エクスカリバーを見つめるリヴァイア。

「聖剣士リヴァイアの親戚が、グルガガムのエアリー姫さまで、その遠戚がこの上級メイドのナザリータさんか……。あんたはやっぱり木組みの街カズース生まれだってことが、よくわかる関係だな」


「聖剣士さま……。カズースでお生まれになったのですか?」

 グルガガムの姫であるからして、隣の街の名を聞いて反応するのは必然だろう。

「公女姫! 恐れながら、これも軍事機密なのですが……。サロニアムの英雄――聖剣士リヴァイアの故郷がカズースであることは事実で、しかし、これはここだけの話として納めてください」

 敵国サロニアムの英雄――聖剣士が、実はグルガガムと関係がありルーツであることを知ったエアリー。


「エアリー姫さま、その件については、リヴァイア自らが……いずれ教えてくれるでしょう」

「フラヤ、我もそうしたいと思っている……」


 盟友同士の二人がお互いの顔を見て頷くと、

「エアリー姫さま? 今、このかたのことを『聖剣士』と呼ばれましたか?」

「そうだよ! 聖剣士リヴァイアさま。ラスボスのオメガオーディンを封印したサロニアムの英雄なんだから」

 端的に説明してくれたエアリーの顔を、驚いた目で見つめている上級メイドのナザリータが、「あたしも存じている……聖剣士が、あたしの目の前に?」と、今度は丸い目でリヴァイアの顔を、全身を、そして聖剣エクスカリバーを興味深く見るのだった。


「リヴァイア! あんたは、やはりサロニアムの英雄だな。サロニアム第7騎士団長のあたしから、礼を言う」

「こら、ちゃかすでないぞ……」

 照れ笑う聖剣士に、肘で突きながら「あんた、グルガガム側でも有名人だな!」と盟友を持ち上げる上級騎士フラヤ。


 すると――。


「その甲冑と青色のマントは……サロニアム騎士団の女騎士ですか?」

「そうですよ、ナザリータさん。そして、あたしの後ろに立っている男騎士が、リヴァイアの部下の」

「はじめまして……。私は、シルヴィ・ア・ライヴと申します」

 

 シルヴィが一歩前へ出て、フラヤの隣に立つ。

 その二人の後ろに、リヴァイアが立った。


 そして、三人はしばらく直立をする。

 サロニアム騎士団のトップであるフラヤの「ともに戦い戦死した、サロニアム帝領ていりょう墓地の戦友へ!」との号令で、

「我が戦友へささぐ」

 シルヴィが腰から、はがねの剣をさやごと手に取り、胸の前へと直立させてかかげる。

 

 同じく、上級騎士フラヤも腰に提げているラグナロクを鞘ごと手に取ると、

「我が戦友へ捧ぐ」

 と、胸の前へ持ってくると直立に持ち直し、戦死した同士に哀悼の意を捧げたのである。


 その儀式は捧げ銃のように、その銃を剣へと変えた弔意の儀式である。

 自分たちが正真正銘のサロニアム騎士団であることを、上級メイドに見せたのだった。


 それがら、しばらくして聖剣士リヴァイアが、

「……」

 二人の後ろで、無言のまま静かに右手を顔の横まで上げて啓礼をする。


「あの? エアリー姫さま、サロニアムは敵国で……、あの……どのようなご事情なのでしょうか?」

「ナザリータ……。ボクが結成したチームエアリーの仲間だよ」

 そうあっけらかんと回答してから、微笑むグルガガムの姫。

「仲間って……あの? サロニアムは敵国ですが?」


「ナザリータ、ちと事情があってな……。わけあって敵国の騎士団二人と聖剣士とで、チームを結成することになったんや」

 杖で自分の頬を掻く魔法使いイルレ。

「イルレさん……。あの、仰ってる意味が理解できません」

「それと、このユーナもメンバーや」

「……はあ?」

 魔法使いイルレに紹介されると、竜騎士ユーナは「はじめまして、ユーナ・ティファシアです」と軽く自己紹介した。


「あ、あたいも……。最初は理解できひんかったけど、まあ、サロニアムの戦力が加わっていることで。チームエアリーは最強やで。聖血なる公女姫のガードには最適の面子やで」

 と、本音はどうかわからないが、エアリー姫の手前、魔法使いイルレはチームエアリーをベタ褒めするのだった。


「敵国とチームを組んで、最強……。だ、大丈夫なのですか?」

 仲間割れしたら最悪な結果になるだろうと、再び目を丸くしたままの上級メイド――ナザリータの頭の中の混乱はしばらく続くのだった。





 続く


 この物語は、フィクションです。


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