第10話 すべての始まり



 この事件は少年院大量脱走未遂事件と合わさり、世界へ広まった。どうやら犯人は「なんとなく」で友を殺す、サイコパスらしい。


 事件の犯人である僕はSNSで晒され、炎上して、大盛り上がりだったらしい。インターネットに接続する手段のない僕は知ることができなかった。




 僕はまた、同じ少年院の、同じ部屋に入れられた。


 今知ったのだが、この少年院は絶海の孤島にあるらしく、誰も脱出できなかったらしい。俺はまるで何もなかったかのように部屋に戻る。


 僕の部屋にはカーテンで仕切られた、二つの居住スペースがある。カーテンの向こう側には誰もいない。




 朝になるといつも通り作業に出かける。


 淡々とした作業。でもそれを「つまらないね」と言い合える友はもういない。


 一言もしゃべらずに作業場をあとにする。




 授業はいつもより一層つまらなかった。


 聞こうとしても何言っているのか分からない。俺は諦めて顔を伏せる。


 その時、寝息の音が聞こえたような気がしてふと横を見る。誰もいない。


 僕は大きなため息をついてまた顔を伏せる。




 部屋に帰ると僕は寝っ転がる。糸電話に声をかけてみる。返事は返ってこない。諦めて天井を見上げて目を閉じる。




 そうこうしているうちに一週間がたった。長い一週間だった。



 その日の朝、ドアをノックする音が部屋に鳴り響く。


「ほら、着いたぞ」


 看守の声がすると、おもむろにドアが開かれた。


 少女が入ってくる。見覚えのある顔だった。




 僕は黒川さんに一つお願いをした。


「お前が殴った少女は入院しているらしい。でも意識を取り戻したらまた少年院にいれられるそうだ。記憶障害があるそうだがいつ記憶を取り戻してもおかしくない。本当にいいのか?」


「はい」




 記憶がない恐ろしさを僕は知っている。その時君が僕に優しくしてくれたおかげで、今の僕がある。お礼を一つも言えていない。


 そういえば僕の名前を君にまだ伝えていなかった。



「僕は光。君の名前は?」



 梨央は僕と初めて会った時と同じように警戒しているようだった。でも何気ない様子で一言ポロっとつぶやく。



「……いい名前だね」



 あぁ。君と同じようにふるまいたかったのに。涙が止まらない。


 風花は死んでしまったからもう償いも感謝もできない。でも、梨央。君はまだ生きている。まだ、やり直せるチャンスがある。


 生きていてくれてありがとう。






 これが僕の物語の醜くて冴えない結末だ。


 結局最初と変わらないんじゃないかって?


 確かにランキングも変わらなかったし、事件の真相も広められなかったし、仕返しもできていないし、ただ梨央を傷つけただけだ。



 バットエンドかもしれない。現実、そんなうまいようにはいかない。



 でも、完全なバットエンドとはまた違う気がする。


 僕は首にぶら下がった蝶のネックレスを見る。風花からの最初で最後のプレゼント。


 これのおかげで、昔の僕と変わろうと思える。もう二度と、こんな後悔はしたくない。


 きっと僕なら変われる。そう信じられる。




 風花は遺言を残してくれていたらしい。クマのぬいぐるみと一緒に置いてあったそうだ。


 きっと僕とショッピングモールに行く前か、後か。それくらいに書いたのだろう。








 光へ


 この手紙が読まれているということは私はもうこの世にはいないかもしれません。でも、どんな結末でも君と一緒に生きれてよかった。


 私は天皇家の生まれながらのランキング上位者で、憎まれた。蔑まれた。本当に苦しい毎日だった。


 そんな生活に、光を照らしてくれたのは君だ。君との会話は一生の宝だった。






 でも心残りもある。



 光。君は私を必死に幸せにしようとしてくれた。不幸の因子をすべて排除しようとした。


 でもさ、そんなことをして傷ついていく光を見るのが苦しかった。



 君は当たり前のことに気づいてくれなかった。私は君と話せるだけで、もう十分幸せだったんだよ。



 看護師さんに少し虐められたって、天皇家の人に虐げられたって、光がいれば何も苦しくなかった。


 でも光は自ら私から離れていった。罪を重ねてもうそろそろ少年院行きだ。


 だからさ、気づいてほしかった。あなたが私といて幸せだったように、私もあなたといて幸せだったんだよ。


 もうそんなことをして、女の子を悲しませないでね。


 私がいなくなっても、私にとらわれずに誰かの”光”でいて。





 最後に、全世界に向けて。



 世界に認められない者たちへ。



 今を生きるのがつらく、不安で、投げ捨てたくなるかもしれません。


 私は安易に「あなたを信じる」なんていうことができません。あなたのことを何も知らないから。




 それでも、自分を信じて生きて。あなたを信じてくれるのがあなた自身だけであっても。


 そうしていれば、きっと君を支えてくれる人物が現れる。


 君は一人じゃないと胸を張って言える時が来ると思う。


 ランキングがすべてじゃない。あなたの未来はランキングが決めるんじゃない。あなた自身が決めることだ。


 いつかあなたの努力が報われますように。


 この世界に愛をこめて。    風花

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